第226話:結果

弾け飛ぶライゼルさん。

マズい!

そう思ったのと同時に、身体が動いた。

私は、謁見の間の壁に向かって飛ばされたライゼルさんと部屋の壁の間に入り、ライゼルさんを受け止めた。

一瞬で腕と脚を『龍人化』させ、一歩の踏み込みで移動し、強化された肉体でライゼルさんの勢いを殺して受けとめた。


弾き飛ばされたライゼルさんを受け止めると同時に、『龍人化』を解く。近くにいた貴族や騎士には見られたかもしれないけど、しっかり認識する時間は無かったはずだ。


飛ばされたライゼルさん、そしてそれを受け止めた私を見て、ハールさんやゾンダル子爵、後ろの貴族連中は言葉を失っている。

近衛騎士だけは、私が動いたのと同じか少し遅れて、構えを深くしていたのが見えたが、それも一部だ。

ただ唯一、ダンさんだけは面白げに私の方を見ていた。ダンさんの実力は知らないけど、私の動きが見えたんだろうか?



あれほど大きな戦闘音が鳴り響いていたのが嘘のように、静まりかえった謁見の間。最初に沈黙を破ったのは、ゾンダル子爵だった。


「な、何が起こった!? どうして、クルセイル大公がライゼルを掴んでおる!?」


と叫ぶゾンダル子爵。驚きすぎてなのか、私への敬称も忘れてしまっている。

そのことにマーカスとジョナスが怒り、ゾンダル子爵を睨みつけている。

私はライゼルさんの背中辺りを支えていたが、それをゆっくりと床に下ろす。

そして、


「何って、うちのゴーレムが彼を制圧しただけでしょ。腹を殴り飛ばして。盾しか持ってなかったゴーレムが、あんたのとこの最強騎士とやらを倒したの。いい?」


騎士ゴーレムの横っ腹がライゼルさんに切られたときは、正直焦った。さすがにいかれたとは思わなかったけど、結構しっかり作っていたはずの装甲が一部とはいえ破壊されたのだから驚いた。


すでに戦闘行動を終了している騎士ゴーレムは、ジョナスがダメージを確認している。見た感じダメージレベル1かダメージレベル2かな?

騎士ゴーレムの運用を開始してから、戦闘に参加しダメージを負った騎士ゴーレムは、戦闘終了後若しくは任務終了後、4段階のダメージレベルに分類され、私やドランドの元へ送られる。


ダメージレベル1は、継続が戦闘できる程度の軽い損傷の場合。それか、武具の損傷のみ。この場合は、そのまま使用を継続するかドランドが武器の修復を行う。

ダメージレベル2は、近いうちに戦闘不能になると予測される場合。時間が無ければそのまま使用するが、私の手に余裕があれば修理する。最近では、簡単な修理はカイトやポーラ、キアラも手伝えるようになったし、ドランドもできるようになった。ドランドは、鍛冶の際などに簡単な魔法を使っていたが、それが最近はゴーレムの修復ができる程度に魔法の能力が上がっている。

ダメージレベル3は、戦闘不能状態になった場合。戦闘不能なほどに破壊された場合でも、自力歩行が可能であったり、騎士たちに余裕があって領都や砦まで移送されたりして、私の元に帰ってくれば修理することができる。場合によっては、修理するより新しく作った方が早い場合もあるので、その時は魔石を取り外して、新しく作る。

そして、ダメージレベル4。完全に破壊された場合だ。胴体が砕け散ったり、魔石が破壊されたりして、最早動かなくなった場合になる。この場合は、修理はしない、というかできないので、新しく作ることになる。出先でこうなった場合には、魔石だけ回収するように頼んである。胴体は簡単に作れるが、魔石は結構面倒くさい。なので、最低限魔石の回収だけ指示してあるのだ。



私の問いかけに、泡を食っていたゾンダル子爵だったが、


「そ、そんな。ライゼルは、プラチナランクの、最強の・・・。ライゼル、貴様手を抜いたのか!」


と、パニクってライゼルさんを糾弾し始めるゾンダル子爵。

そんなゾンダル子爵の様子は滑稽で、思わず笑ってしまった。


それを見て、こちらを睨みつけるゾンダル子爵。

「おーい、私、大公だよ?」と煽ってみようかとも思ったが止めておく。


ただし、


「いや、部下を責めるとか器小さくない? そもそも、あなたが自信満々に投入したんでしょ。それに、どう見てもライゼルさんは全力だったよ? 私のゴーレムが、手を抜いた攻撃で傷つけられるとでもいいたいの?」


と、思ったことを素直に聞いてみる。

器が小さいってのは、ただの感想だが、後半部分は本音だ。見た感じ、ライゼルさんは全力だった。魔力の流れを見る限り、『身体強化』かそれに似たものを最大限に発動し、魔法も織り交ぜていた。剣を振るう速度も、騎士ゴーレムを惑わす動きも、本気だったとしか思えない。


近衛騎士による応急措置を受けているライゼルさんを見ながらそう思う。そういえば、『アマジュの実』の魔法薬でも渡してあげようか。まあ、見た感じ命に関わりそうな怪我では無いので、後でもいいか。この場で渡すと説明するのが面倒だし。


私の言葉を聞いて、顔を真っ赤にするゾンダル子爵。けど、いいんだろうか。私に食ってかかるのはともかく、この場は国王の前だよ?


「止めぬかゾンダル子爵。見苦しいぞ」


ほーら。

ハールさんから苦言を呈され、バツが悪そうに、


「も、申し訳ありません陛下」


形だけの謝罪をするゾンダル子爵。こいつ本当に大丈夫か?

6人の高位貴族はもちろん、後ろの貴族連中や近衛騎士からもかなり冷たい視線を向けられているゾンダル子爵。

もし、ゾンダル子爵の思惑通りに私に勝っていれば、国王の誤った判断を諫めた男として、称賛されたのかもしれない。いや、この場での無礼、それも結構酷い振る舞いだったことを考えると、それを差し引きしても罰は免れないと思うけどね。


しかし私が勝ち、騎士ゴーレムの性能が証明された今、強硬な姿勢を貫くのは意味不明だ。まだ策があるのか、引くに引けないだけなのか・・・



そんな中、ライゼルさんが目を覚ました。

治療していた近衛騎士に礼を言ってるのを見て、ゾンダル子爵が何か言おうとしたとき、


「そこの騎士、ライゼルと言ったか?」


先にハールさんが問いかけた。

ハールさんが話し始めた以上、誰も口を挟むことなどできない。いや、多分私はできるけど、そんなことはしない。というか、ハールさんが何を言おうとしているのか気になるし。


「は、はい。仰せのとおりにございます」


急いで姿勢を正して平伏し、返事をするライゼルさん。

先ほどは場が場だけに、言葉を発することは無かったが、国王に問われれば、返すしか無い。

基本的に、貴族でなければ国王の問いかけに直答はできない。国王が問いかけ、部下の貴族がそれを平民に問いかける。平民はその貴族に対し返答し、それを貴族が国王に伝える。

バカバカしいほど手間だと思うが、そういう仕来りらしい。


だが、国王が直接話しかけてくれば、それに答えるのは問題ない。むしろ、国王が直接問いかけたのに返事をしないのは、それ自体が不敬になる。大変面倒だ。


ライゼルさんが答えたのを見て、


「ではライゼルよ。クルセイル大公領のゴーレムと戦った感想を話してみよ。ゾンダル子爵に遠慮することなく、感じたままを話すのだ」


そう言われたライゼルは、戸惑いながらも


「承知、いたしました」


と言って、説明を始めた。

その内容は、簡単に言えば全力で挑んで、歯が立たなかったというもの。これまで数え切れないほどの魔獣・魔物を屠ってきた攻撃が、盾に受け止められ、装甲に傷を付けることしかできなかった。

そして騎士ゴーレムの反撃。最初は直線的な動きしかしないと思ったが、一度見せたフェイントは二度は通じず、反対に騎士ゴーレムにフェイントを返された。攻撃も防御も並の魔獣・魔物より上で、その知能は騎士レベル。それが、彼の感想だった。


ライゼルさんの説明は、私の説明が正しいことを端的に示していた。

そのため、満足そうなハールさんと恨めしそうにライゼルさんを睨むゾンダル子爵。


そして、


「よかろう。ライゼルよ、ご苦労であった。まだ傷が癒えぬであろう。王城内で治療を受けよ」


そう指示を出し、ライゼルさんを下がらせる。

まだ完全には状況が飲み込めない様子のライゼルさんが出て行くのを見送ってから、


「ゾンダル子爵。これで分かったか?」


と問いかけるハールさん。


「は、はい」

「うむ。コトハ殿のゴーレムの性能を示す良い機会だと思い許可したが、これが結果だ。そもそもな、貴様、この場をどこだと考えておる?」

「・・・」

「コトハ殿のところのゴーレムの性能を知りたがる貴族は多いであろうと思った故に、貴様を咎めるのは後回しにしていたが、子爵ごときが何を考えておるのだ?」

「それは・・・」

「到底、許すことはできぬな。コトハ殿、此奴の処遇は任せてもらえるか?」

「緩い処分だったら、私が殺すかもよ?」

「分かっておる。拘束しろ!」


そう指示を出し、近衛騎士に目で合図を出す。

すると近衛騎士数名が、ゾンダル子爵に近づき、剣を抜いた。

何か言おうとしていたゾンダル子爵はそれを見て硬直し、その場にへたり込む。

そんなゾンダル子爵の両脇を近衛騎士が抱え、引きずるようにして謁見の間の外へと連れ出した。


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