第208話:多種族国家と宗教

魔法についての本は、私が思っていたよりも内容が薄かった。

魔法の原理に関する本は、その分厚さに比して内容が無かったのだ。簡単に言えば、「魔力を持つ者が呪文を唱えれば魔法が発動する」、これだけだ。ちょろっと、魔力の操作に関する内容やイメージについてなんかも書かれていたが、とにかく呪文。どうすれば綺麗に呪文を詠唱できるかの説明があったりしたが、そんなの意味が無いと思うんだけど・・・


だが、少し考えたことがある。魔法はイメージによって発動する。強くイメージを込めて魔力を流し、魔素に指示を出すことでイメージした事象を生じさせる。これは間違いないと思う。私だけでなく、カイトにポーラ、キアラ、そして『人間』であるフォブスたちですらこの方法で魔法が使えている。それに、バイズ公爵領の魔法師団でもこの方法を取り入れたそうで、魔法の威力が向上したと聞いた覚えがある。


一方で、呪文により魔法が発動することもまた事実だ。最初は、イメージを補うものとして、呪文を詠唱しているのだと思っていた。しかし、この本によれば呪文を詠唱することだけで、魔法が発動するように読めた。


試しに、


「『炎よ、我に力を与え給え。ファイヤーボール!』」


と、呪文を詠唱してみた。

呪文に発動する魔法の名前が入っているので完全にイメージを排除できたとは思えないが、いつもとは違って発射イメージや発射後の動きなんかを考えることなく、極力心を無にして単に呪文を読み上げたつもりだった。


その結果、


『火球(ファイヤーボール)』が右の手の平から放たれた。


慌ててそれを消滅させる。


「あ、っぶな・・・。今のは間違いなく『火球』、だよね・・・。イメージを強めたつもりはないし・・・。うーん、呪文はイメージを補うものではないってこと?」



それからいろいろ試してみたが、やはり呪文を読み上げることで魔法が発動できた。基本的に最後に発動する魔法の名前が入っているので、完全にイメージを排することはできない。しかし、普段は手の平に火の玉を作り、それを真っ直ぐ発射するなどと詳細にイメージする必要があるのに比べて、発動の難易度は格段に低いと思われる。この方法でも、さすがに使い慣れた魔法は流れる様に発動できるけどね。


一方で、威力や精度に関してはこれまで通りにイメージを核にして発動する魔法に分があった。もちろん、魔力の消費量は同じくらいにしてある。

それに、『火球』や『風刃』などの放出系の魔法は、呪文の詠唱によって発射した後に細かく操作をすることはできなかった。私が普段使っている魔法は、一度にたくさんは無理だが、1つ1つを狙って放てば、発射後もある程度コントロールできる。仮に外してもある程度はコントロールして別の相手に命中させたり、反転させて再度狙ったりもできるのだ。

この2つが呪文を詠唱するか無詠唱でイメージに頼って放つかの大きな違いなのだろう。


まあ、違いはあるにせよ、呪文を詠唱するだけで魔法を放つことができるのは間違いない。もちろん、ある程度の魔力は必要だが。

それに、この本に書かれている魔法は、『火魔法』『水魔法』といった具合に、分類されていた。私たちが身に付けている魔法や、『鑑定』により見ることができる魔法の分類と同じだ。ただ、『闇魔法』という分類は無かったが。


今更だが『ステータス』や『鑑定』によって見ることのできる魔法の分類をしているのは誰なんだろう。この本の分類は、おそらく『ステータス』や『鑑定』の分類を参考にしたのだろう。

そもそも『鑑定』によって開示される情報は誰目線の情報なんだろうか。私目線でないことは間違いない。初見で『アマジュの実』や出会った魔獣の情報を開示してくれたし、カイトたちの能力も知ることができた。では『鑑定』対象の目線なのかと言われればおそらくそれも違う。『アマジュの実』の自我を観念できるかはともかく、カイトたちは自分の能力について知らなかったわけだし。


「神様、とか?」

「・・・コトハ様?」


思わず出た呟きに、横にいたマーカスが反応した。

さっきから魔法を撃ち出してはすぐに消している私のことを不思議そうに見ていたのだが、せっかくだし聞いてみよう。


「マーカス。聞いてもいい?」

「はい。もちろんです」

「神様っていうかさ、宗教とかってどんな感じなの?」

「宗教ですか。・・・この国、というか旧ラシアール王国では宗教や教会は他国に比べて勢力が弱いですね・・・。私も生まれてこの方、教会に行ったのは自分や部下のスキルを調べるときだけですしね」

「そうなんだ」


確かに、地球でいう中世ヨーロッパのような社会であることを考えると、宗教や教会勢力といったものをまるで見ない。話に出たのも、カイトのことを『鑑定』したときくらい・・・かな?


「一応、教会とかはあるの?」

「はい。一応はそれぞれ祀っている神や信仰している宗教はありますが、それには拘らず広く礼拝に来る者を受け入れています。そのため、それぞれの信仰する神に祈りを捧げる場、としての側面が強いですね。そうでもしないと、領主による補助を受けられませんから」

「そうなんだ。人によって信じる神が違うのは種族が多いから?」

「仰るとおりにございます。『人間』や『エルフ』、『ドワーフ』に『魔族』で祀っている神が違います。また、その影響を受けてどの種族もメインで信仰する神以外にも崇めている神が多くいます。また、種族を超えての婚姻も珍しくはありませんから、その子どもの信じる神も流動的。これが何世代にも渡って続いた結果、大まかな括りとしては種族ごとですが、それ以上に多くの神を祀っている状態になりました。その結果、特定の神を祀るような教会を作っても、維持できるだけの信徒はおらず、幅広く受け入れるのが一般的となっているのです」


なるほどねー。

一応メインとなる神がいて宗教があるけど、教会を維持するために仕方なく誰でも受け入れてる感じか。というか、それ以前にそんな宗教の成り立ちだから、他の宗教にも寛容なんだろうな。

教会の維持っていう世俗的な面と元々の宗教観が合わさって、そんな教会の形態になったんだろう。


「となると、教会や宗教が政治に食い込んだりってことはないわけね」

「あり得ないと思います。教会がそれだけの力を持つことは無理だと思いますので。また貴族も祀る神や信仰する宗教はまちまち、バイズ公爵家のように全く縁が無いことも珍しくはありませんので」


そうすると、『鑑定』は神様目線っていうのは難しい?

いや、そうじゃないな。そもそも、今の時代にみんなが祀っている神様が実在するかなんて分からない。というか、今の成り立ちを聞くかぎりではどれも存在しないような気がするし。


「他の国ではどう? 多くの国で信仰されている宗教とかあるの?」

「そうですなー・・・・・・。カーラルド王国やジャームル王国を含め、大陸の北側や西側にある国々は多種族国家が多いです。故に、程度はともかくどこも似たような状況でしょう。南側にある『ディルディリス王国』では、国民の大半が『魔族』です。しかし、『魔族』とは、様々な種族の総体を指しますので、同じく宗教的統一はなされていないと聞き及んでおります。まあ、こればっかりは交流が乏しく噂レベルですが」

「じゃあ、特に目立っている宗教はないんだ」

「いえ、2つほど。まずは大陸の最西端に位置する『ベルティア聖王国』という国です。この国は、『人間』が多く住むのですが、ベルティア教という宗教を国教と定めています。成り立ちについて詳しくは分かりませんが、ベルティア教を信仰する『人間』が土地を切り開いて建国したと言われています」

「宗教スタートってことね。その国では、他の宗教は排斥されるの?」

「いえ。他宗教への差別などはないと言われております。ですが、国と教会が一体化しており、身分もそれによると聞いております」

「教会のトップが国のトップってことね・・・。2つ目は?」

「ダーバルド帝国です。あの国が国教と定めているのはバルド教。『人間』至上主義を掲げ、『人間』以外の種族を魔獣・魔物に等しい存在などと蔑む宗教です。あの国の考え方そのものですな」

「うっわぁー・・・」


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