第186話:一番強い人

挨拶が終わり、今回のことで再びお礼を言われた後はお互いの領のことを紹介しあった。

ギブスさんたちからは当然のようにゴーレムやホムラたちについての質問が飛んできた。ただ、これに関しては用意していた、というか砦でやっている紹介や売り文句を言うにとどめておいた。


「そういえば、ギブスさんのところからは誰も来なかったね」

「ああ、はい。森を抜けて、というのは危険過ぎるため考えてはいませんでしたが、砦に使者を送る予定はありました」

「そうなんだ。入れ違いになっちゃった?」

「いえ。最近、領内がゴタゴタしておりまして。その対応に人員を割いた結果、クルセイル大公領へ向かわせることのできる人員が足りなく・・・・・・。申し訳ありません」

「いやいやいや。謝られても困るっていうか、そっちのが大事でしょ。・・・・・・けど、ゴタゴタって?」

「そ、それは・・・」

「あ、そうだよね。部外者が聞くもんじゃないよね」

「い、いえ。そういうわけでは。お恥ずかしい話なのですが、ここのところ魔獣・魔物による被害が多発しているのです」

「今回のゼット村みたいな?」

「はい。あそこまでの被害は初めてでしたが、商隊が襲われたり、新人冒険者向けの場所で強い魔物が現れて冒険者が襲われたりなど。その対応に苦慮しておりまして・・・」


それから話を聞いてみると、思ったよりもサイル伯爵領が置かれた状況は逼迫していた。

突如としてゴブリンやオークを筆頭に魔物が多く出現し、商隊や冒険者を襲いだした。個々の被害は少ないが、領規模でみればかなりの被害が出ていた。そして魔獣や魔物の増加に歯止めがかからず、毎日山ほどの被害が報告されているらしい。そのせいで、商隊や冒険者がサイル伯爵領を訪れることを忌避し始めているとか。



「クルセイル大公殿下」


サイル伯爵領の置かれた厳しい状況について説明がされ、空気が重くなったところで、サイル伯爵の長男のロッドさんが立ち上がり、私の方を向いた。


「なに?」

「どうか、お力添えを願えないでしょうか」

「え?」

「止めんかロッド!」


ロッドさんのいきなりのお願いに、ギブスさんが怒鳴り声を上げた。

私はなんのことか理解できていないのだが・・・


「しかし、父上。このままでは我が領に更なる不幸が起こるのは確実。武勇で名をはせるクルセイル大公殿下や、クルセイル大公領の騎士団の皆様に手を貸していただくしか・・・」

「仮にそうであったとしてもそれを頼むのは私の役目だ! それ以前に、コトハ様方には既に多大なお力添えをしていただいた。その上でさらに頼むなど・・・」

「そ、それはそうですが・・・」

「お止めなさい! ギブスもロッドも、お客様の前で恥ずかしい!」


ギブスさんとロッドさんの口論を止めたのは、ギブスさんの妻であるマインさんだった。見た目はおっとりした雰囲気のお淑やかそうなザ・淑女、って感じなのに、その声には無意識に姿勢を正してしまうような迫力があった。


「クルセイル大公殿下。夫と息子の無礼をお許しください」

「い、いえ。それと、私のことは、コトハって呼んでもらって・・・」

「あら? いいのですか? でしたらコトハ様と呼ばせていただきますわね」

「は、はい」


・・・・・・なんだろう、この感じ。なんか、私が怒られたわけじゃないのに、萎縮してしまう。

これが生まれつきの貴族女性の迫力なんだろうか?

・・・でも、ミシェルさんはこんな感じじゃなかったような気がするけどなぁー


「それでコトハ様。ひとまずこの場はお開きにして、お茶でもいかがですか?」

「お茶、ですか?」

「ええ。私とサーシャ、コトハ様でお茶会ですわ。カイト様やポーラ様も少しお疲れのようですし」

「わ、分かりました。カイト、5人で先に休ませてもらいな」

「うん」


メイドさんの案内でカイトたちが部屋から退出した。


「ギブス、ロッド。あなたたちは頭を冷やしてきなさい。トームもです」

「お、俺も?」

「当然でしょう。私が止める前にあなたが止めるのが道理でしょう。それをバカみたいにあたふたしながら見ているだけなど・・・・・・、なんと恥ずかしい」

「い、いや。あれを止めるのは母上にしか・・・」

「黙りなさい」

「はい」


なんというかまぁー・・・・・・

お母さんって強いね。いや、トームさんは次男だから、ロッドさんが伯爵家を継いだらロッドさんを補佐する立場になるわけだもんね。あそこで止めに入るかはともかく、ロッドさんを諫める立場になるんだから、ってことかなぁー・・・

とりあえず、マインさんがサイル伯爵家で一番強いのは間違いない。


「それではコトハ様、サーシャ、参りましょうか」

「は、はい」

「はい、お母様」



 ♢ ♢ ♢



お茶会自体は楽しいものだった。

怖かったマインさんも穏やかな雰囲気だったし、サーシャさんはなんか存在自体が癒やしになる。ギブスさんは私とサーシャさんが似ているとか言ってたけど、全くそんな気はしない。


私は日本にいたときの見た目を引き継いでいるので、黒髪に黒目だ。身長は高い方かな。それに比べてサーシャさんは金髪に青い目。身長は同じくらいだけど、その体付きはなんというか、とても女性的? いや、はっきり言えば胸がでかい。私もマウントを取られない程度にはある方だし、コンプレックスを感じたことは無かったけど・・・、にしてもでかい。

声が似ているのかは分からないけど、客観的に見て、私とサーシャさんは似ていないと評されるのが普通だと思う。近いのは年齢と身長だけ。なのにあんな反応をしたギブスさんは、やはりこじらせている気がする。


話の内容はさっきの謝罪から始まり、ほとんどが私とサーシャさんの話。どうやらマインさんは私とサーシャさんに仲良くなってほしいらしい。というのも、サーシャさんには近しい年齢の友だちが少ないんだとか。


最初はアーマスさんから聞いていた話やレーノから注意を促されたことで、サーシャさんと仲良くなるようにし、その後息子さんの誰かとくっつけようとでも考えているのかと勘ぐったが、恥ずかしい勘違いだった。

・・・いや、その思惑があるのか現時点では分からないけどね?

ただ、マインさんが私とサーシャさんが仲良くなることを望んでいること、サーシャさんに仲の良い友だちがいないことは事実だった。


サーシャさんは19歳。親同士が仲の良い家では、少し年上だったり、年下だったりと女の子もいるが、同年代はいないらしい。

多くの場合、貴族令嬢が最優先で考えるのは結婚のことだ。そのために、幼いうちから様々な知識や技能を身に付け、自分の価値を高めていく。もちろん前提として家柄や貴族における力関係があるのも事実だが、似たような条件の令嬢同士であれば、自分自身の価値が結果を左右する。


実のところ、こういったケースはそれなりにあるらしい。

貴族の子どもは、8歳を過ぎると、各貴族が開くパーティーに参加し始める。いわゆる「社交界デビュー」というやつだ。その前段階として、高位貴族の令嬢ではそのことを示し、自身をお披露目するデビュタントと呼ばれるお披露目会が開催されることもあるとか。


その後は、多くのパーティーに参加することで、同年代の令嬢間で仲良くなり、同じく同年代の貴族家の男子とお近づきになる。はなから許嫁が決まっているケースを除いて、最終的には、親同士がお見合いを勧めたり、候補を提示したりしていく。特に後者の場合では、このパーティーでの印象などが、選択を左右することが多いらしい。また親同士で決めてきた見合いの話を拒否し、自分の出会った令嬢との結婚を望む男子もいるんだとか。


この点、サーシャさんには許嫁がいる。ギブスさんと親交の深い伯爵家の三男で、なんと現在はバイズ公爵領で働いているとのこと。三男ということは家を継ぐことはないため、令嬢の結婚相手としては魅力が低いらしいのだが、幼馴染み同士であり、かつ、娘第一主義のギブスさんが認めたということもあって、早々と決まったらしい。というか、ギブスさんは嫁に出すことを最後まで反対していたらしいが、先ほどのようにマインさんに怒られ、よく知っているその伯爵家の三男であれば、と渋々応じたらしい。


そのため、サーシャさんは早々と令嬢たちの戦いからは離脱していた。また、パーティー自体も雰囲気が嫌いであったらしく、あまり参加していなかったとのこと。その結果、ギブスさんと親交の深い貴族の子女とは仲良くなるものの、それ以外の貴族令嬢と接する機会があまりなく、同年代の友人がいないそうなのだ。


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