第147話:貴族的常識

アーマスさんの懸念は分かる。

内乱が収まり、新国家が無事に軌道に乗り、記念の式典が執り行われる。そんな御目出度い場で、最高位の貴族が下位の貴族を殺める。出鼻を挫くにはこれ以上無い大事件になる。


となると、事前に策を講じたいというのは分かるが・・・


「相談したいとは言ってもさ・・・・・・。まさか私に、私やカイトたちの婚約者を今すぐ決めろとか言わないでしょ?」

「無論だ。それほど愚かなつもりはない」


だよね。というか、この問題って私が大人になって、適当にその場をいなせれば解決するんだろうね。笑顔で誤魔化す、言質を取られないようにするってやつだ。

ただ、私のことならいざ知らず、カイトとポーラを自分の地位を高める駒としか見ていないような発言を、ギラギラした貴族にされた場合に理性的にその場をやり過ごせるかと言われれば、全く自信が無い。「殺すかも」は大袈裟だとしても、殴り飛ばすくらいはやる気がする。大事件という意味では、殺そうが殴り飛ばそうが同じだよね・・・



ではどうするのか。アーマスさんの提案はシンプルだった。私の方針を、アーマスさんを通じて公表してはどうかというものだ。


「・・・つまり?」

「コトハ殿は、カイト殿とポーラ殿の相手については、本人に決めさせるのだろう?」

「もちろん。よほど変な人なら相談するかもだけど、基本的に2人が決めた相手に文句を言う気は無いよ」

「うむ。それを公表というか、今後私に接触してくる貴族に伝えることを許してもらいたい」

「・・・・・・えっと」

「要するに、コトハ殿にいくら自分の子どもを売り込んでも無意味だと伝える。むしろ、コトハ殿が政略結婚に否定的であることも伝える。そうすれば、ほとんどの貴族はコトハ殿にその話をしてはこないだろう。自らコトハ殿の考えと反する行動をするわけで、婚姻の話に限らず、クルセイル大公と真っ向から対立する意思表示に他ならないからな」

「・・・・・・なるほど。でも、カイトやポーラに声をかけ始めるんじゃ?」

「それは無いだろう。基本的に、政略結婚は親・・・というか、当主同士が決めるものだ。自分の子に意見を聞くことはあっても、相手の子に意見を聞いたり、自分の子を売り込むことなど、まずあり得ない。それこそ、貴族の常識に反する行動だ」

「なるほど・・・。でも、子どもに自分を売り込ませたりは?」

「それはあるだろう。だが、せいぜい一般的なアピールにとどまり、当主同士がするような政治全開の話にはならない」

「・・・・・・気になる相手に売り込むだけってことね。それなら、まあ・・・」


気になる相手に積極的に声を掛けたり、アピールしたりすることは、別に誰でもやるだろう。いや、その実質は、親からの指示であったり、自分の出世のためなんだろうけど・・・

少なくとも、本人に選ばせてあげたいという私の最も譲れないところは守られている。

仮にそんなアピールをしてくる相手を2人が選んだとすれば、私はそれを応援するだけだ。2人が決めたのを一方的にひっくり返すのは、どんな事情があれ私が嫌悪する貴族の政略結婚と本質的に変わらなくなってしまう。



私が迷っている間にもアーマスさんの話は続く。


「今回の式典に関して言えば、貴族が自由に動き回り、話をする機会はなるべく設けない予定だ。つまりコトハ殿は、私やハール、コトハ殿の考えを理解している高位貴族の近くにいることになる。なので、コトハ殿の考えを知ってもなお、コトハ殿に政略結婚を持ちかけにいくような馬鹿が近づく機会は少ないだろう。式典以外の場であれば、好きに始末してくれればいい」

「・・・・・・いいの? 貴族的には正しいことを持ちかけただけで、同じ貴族の私が手を出しても」

「望ましいかどうかで言えば話は別だが、問題があるかで言えば、問題ない。コトハ殿は大公だ。国王に次ぐ地位であり、その国王ですら命令権を有しない。そんな存在に真っ向から喧嘩を売るのだ。処されても、貴族的常識に照らして問題は無い」

「・・・そんなもんなんだ。でもさ、それで言うと、そもそも私にそんな話をするのは貴族的常識に照らしていいの?」

「本来はおかしいことだな。例えば、子爵位の貴族が公爵である私に、自分の娘を私の孫のフォブスの結婚相手にどうかと、一方的に売り込むことなど、まずあり得ない」

「じゃあ・・・」

「・・・・・・そこは、そうだな。はっきり言えば、コトハ殿を舐めているのだろう。『たまたま高い戦闘能力を持っていたため、国に囲われただけの小娘』とでも思っているのだろう」


・・・・・・・・・・・・わお。そこまではっきり言われると、さすがに言葉を失うよ?

いや、そう思われているんだろうな、とは思ってたけど。



「・・・・・・本当にはっきり言うね」

「父上、さすがに失礼です」

「・・・す、すまん」

「別に気にしてないけどさー」

「ただ、な。言い訳では無いのだが、私にコトハ殿たちの婚姻関連の話をしに来た下位貴族の中には、先ほどの発言では生ぬるいのでは?と思えるような雰囲気の貴族が数人おってな・・・。その馬鹿が、何をしでかすのかが恐ろしくて仕方ないのだ・・・」

「そのような馬鹿には、貴族位を与えなければ良いのではないですか?」

「そうは言うがな、ラムス。これまで明らかな問題を起こしていない貴族を、『馬鹿だから』という理由で排除はできぬよ。さすがに派閥の高位貴族が乗り込んでくるわ」

「だからコトハ殿に無礼を働き、自滅するのを待つと?」

「・・・・・・意地の悪い言い方をせんでくれ。最低限、小さな領地の運営はできるようだから、大人しくしてくれていればそれでいいのだ。仮に馬鹿をするとしても、式典外で頼みたいだけだ・・・」


もうアーマスさんの本音が止まらない。ラムスさんが私に気を使ってか、アーマスさんを諫めているけど、どんどん問題発言が出てくる。

いや、別に私は気にしていない。アーマスさんは国の安定や式典の成功を最優先にした上で、私が少しでも不快な思いをしないように気に掛けてくれているわけだ。昨日少し聞いたかぎりでは、王都での仕事は激務らしく、ストレスも溜まっているのだろう。



「まあ、ラムスさん。私は全く気にしてないんで。というか、アーマスさんに同情してるくらいなので。とりあえず私も短気は起こさないように気を付けておきます」

「ありがとうございます」

「感謝する。私は古い貴族的常識の中で生まれ育ったが、自分の子どもや孫たちにそれを強制したいとは思わない。幸か不幸か爵位も公爵位になったわけで、ある程度は自由にできるしな・・・」


このタイミングで言うのは少しずるい気もするが、これも事実だろう。現にラムスさんとミシェルさんは、いわゆる政略結婚では無い。いや、幼少期から仲の良い貴族同士であったアーマスさんとハールさんに連れられて一緒に過ごす機会の多かった2人が自然とくっついただけで、実質は政略結婚かもしれないけど・・・

それにフォブス君やノリス君にも婚約者はいない。急いで探している様子もないし、もう少し大きくなってから本人に決めさせるのだろうか・・・?



「だが、貴族的常識で貴族社会が動いているのもまた事実だ。それをいきなり覆すことは難しいだろう。この手の話は、無理矢理変えようとすると大きな反発を招き、不必要な混乱を生むからな。少なくとも国を割るような話では無い。しかし、だ。コトハ殿の真意に気づき、それに反する行動を避けられないような馬鹿が、この国の貴族で居続けることが望ましいとも思わない」

「要するに、それでも私に近づく馬鹿が暴走すると嬉しいわけですね」

「ああ。子爵や男爵ごときが、大公を舐めて刃向かうのだ。処分する名目は立つ。冷遇し、犯罪に手を染めたところで秘密裏に処分すればいい」


相変わらずこの手の話になるとアーマスさんは容赦が無いし怖い。

ただまあ、宰相が甘ちゃんだと国が滅ぶだろうし、これくらいの厳しさも必要かもしれない。


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