第146話:異なる文化

ダーバルド帝国の軍隊が森に進軍する可能性がある。それすなわち、クルセイル大公領にダーバルド帝国の軍隊が進軍してくるかもしれないということだ。

もちろん、私たちが住んでいる森の北側には近づかない可能性はある。しかし、森の正確な広さも分からないし、森を抜けてカーラルド王国を目指す可能性もあるのだから、そんな希望的観測に頼ることはできない。



「ダーバルド帝国が森に来るってことは、うちの領に入るってことだよね・・・」

「ああ。まあ、森のどの範囲がクルセイル大公領であり、カーラルド王国の領土であるかは定かではないが・・・・・・。少なくとも、コトハ殿たちの暮らす領都ガーンドラバルに近づく可能性は低くないだろう」

「そうなれば、ダーバルド帝国軍は、領都を攻めようとするでしょう。そのまま東に行くにしろ、カーラルド王国を攻めるにしろ、絶好の拠点となるでしょうからね」


アーマスさんとラムスさんがそう分析するが、私も同意だ。というか、私がダーバルド帝国軍を率いるのなら、そんないい拠点を見過ごすわけがない。

現状、領都以外には目立った建造物は無いが、騎士団の休憩用に少し木を伐採し、小さな小屋を設置してある場所はいくつかある。その設置範囲は、警戒用のゴーレムが設置してある範囲と同じなので、西側には多く設置してある。

それらの建造物を見つけられる可能性は高いだろう。


では、建造物を撤去し隠れるか?と言われればそんなわけない。少なくとも拠点を中心に一定の範囲は、私の支配領域だ。最初は名前だけだったけど、今ではその意識は強い。

あそこは私たちの家であり、攻めてくるのなら迎え撃つに決まっている。


とはいえ、私も国に属する身なわけで、勝手に戦争していいわけではない。なので、その旨伝えると、


「それは是非お願いしたいものだ」


とアーマスさんが応じてくれた。というか、私が素直にダーバルド帝国に屈するわけないことは承知で、準備を整えさせるために、今回この話を丁寧にしたらしい。

手のひらで転がされている気がしなくも無いが、どうせやることは変わらないので、情報に感謝しておいた。





ダーバルド帝国については、一緒に来ているマーカスに、バイズ公爵領の新騎士団長であるオランドさんが詳しい状況や掴んでいる情報を伝えてくれることになった。私は戦力としては数えられるだろうが、戦略を立てる能力は皆無だし、担当者に任せるのが一番いい。


ダーバルド帝国の話が一段落したところで、重たい話は終わりかと思ったのだが、そうはいかなかった。


「それで、コトハ殿。次の話なのだが・・・」

「次の・・・・・・」


そこからの話は、つまらない話だった。簡単に言えば、半年後に行われる戴冠式及び建国式典やそれに付随するいくつかの式典についてだ。

カーラルド王国として初めての公的な行事である。そして、ハールさんがカーラルド王国の初代国王として王位に就き建国を宣言する、戴冠式と建国宣言が行われる予定だ。


当然、カーラルド王国に属するほとんどの貴族が出席する。貴族として最高位であるクルセイル大公、つまり私が欠席するという選択はあり得ないわけで、必ず出席するようにと言われた。まあこれは、貴族になるときに聞いていたので、面倒だが今更文句を言ったりはしない。


私に出席義務があるのは、その戴冠式及び建国式典と、それぞれの貴族に爵位を授ける式典における自分の番だけだ。爵位は国王から各貴族に授けられるわけだが、新国家となれば改めて全ての貴族に爵位を授けていかなければならない。実質が、旧ラシアール王国と同じだとしても、国が変わり仕える国王が異なるのだから、もう一度爵位を授けなければならないのだ。


大公や公爵、侯爵に辺境伯、伯爵であればたかが知れるが、その下の子爵、男爵、準男爵まで含めるとかなりの数になる。その全てに、国王が爵位を与えていく必要があるのだから、かなり時間がかかるだろう。

だがここは、大公特権だ。爵位の授与は、爵位順に行われるので私はトップバッターになる。自分の爵位授与が終われば、その後の貴族の授与を見ている必要は無いとのことだった。



その後も今から憂鬱になる式典の説明を受けていった。私のマストはその2つ。他には、フォブスが出席する式典にカイトも一緒に出てほしいと言われたくらいだ。それに関してはカイトに任せることにした。出たければ出ればいいし、嫌なら拒否すればいい。


そんな風に説明を受け、最後に出てきたのが本日一番の大物、結婚の話だった。


「単刀直入に言えば、コトハ殿、カイト殿、ポーラ殿と自分の息子、娘を結婚させたいという貴族からの問い合わせが絶えん」

「・・・・・・・・・は?」


・・・・・・結、婚? 私やカイトたちが?


「どういうこと?」


何故か既にイラッとしているが、詳しく聞かないことには進まない。

自分のクソみたいな父親と苦労する母親を見ているからか、結婚自体に良いイメージが無いのかもしれない、



「うむ。下位の貴族はともかく、コトハ殿含めた高位貴族の爵位や領地は、公式、非公式に公表されている。コトハ殿以外は基本的にそれまでの爵位が繰り上がっただけで、目新しいものはない。となれば、新たに貴族になり、しかもその爵位が大公であるコトハ殿やその弟妹と、自身の子が婚姻することで、縁を結びたいと考える貴族は多いのだ」


言いたいことは分かる。この世界で貴族の結婚は政略結婚が中心なのは知っている。現にアーマスさんの亡くなった奥さんは、旧公爵家の出身だったそうだ。

政略結婚という文化?自体を否定する気は無い。それが一般的なら、それ自体を否定する気は無いし、そんな権利も無い。所詮私は、異世界から何故かやって来たに過ぎないよそ者だ。

ただ、自分やその家族が政略結婚の駒のように見られていると思うと、いい気はしない。いや、正直に言えば腹が立つ。



苛立つ気持ちを抑えながら説明を聞いたところによれば、この世界の貴族が結婚相手を決めるのは、大体15歳くらいまでの間らしい。それまでに相手が決まっていないことは、珍しいを通り越して、何か良からぬ事情があるのでは無いかと邪推されるほどの特異な事態らしい。


現在私は『鑑定』上は1歳、前世を踏まえると19歳くらいだ。見た目もそんなもんだろう。カイトは13歳で、ポーラは7歳になった。それを考えながら、転生し2人と出会ってからもう1年が経過したのかと感慨深く思ったのは昨日のことだった。当然、私たち3人に婚約者などいない。


私たちの大まかな年齢は貴族たちに知られているらしく、婚約者がいないことも知られているのだろう。そんなわけで、王都で仕事をしていたアーマスさんのもとに、私たち3人との仲を取り持ってほしい、願わくば息子や娘との婚約を取り付けたいという内容の問い合わせが絶えなかったらしい。



そんな話を聞かされて、私の我慢は限界だった。


「貴族って、権力以外に考えること無いわけ? 自分の息子や娘すら、自分の権力を高める駒としか思えないって、人として終わってると思うけど」

「・・・・・・そう言われると返す言葉も無いがな。自分らも政略結婚を当たり前と考え、妻に迎え、婿に入っている貴族からすれば、それが当たり前なのだろな」

「だとしても、それを他人に強いようとするってイカれてるよね。正直、私やカイト、ポーラのことを権力争いの駒としか思えないような連中、見つけたら手を出さない自信が無いんだけど?」

「・・・・・・そう、だろうな。であるから今回、コトハ殿が怒ることを承知で話しているのだ」

「・・・・・・どういうこと?」

「今度の式典に際してコトハ殿が王都へ出向けば、これまで面識の無い貴族と挨拶程度の接触はあるだろう。注意はするが、私の目が届かない場面もあり得る。その際に、『是非、ポーラ様を我が息子の妻に』などと言ってくる貴族がいることは容易に想像がつく。もっと表現を選べない貴族もいるだろう。そうなったときに、コトハ殿は・・・」

「初対面でそんなこと言われたら・・・・・・・・・、殺すかも」

「・・・だろうな。正直そんな馬鹿はいなくなっても構わんのだが、記念の式典の場で、大公が下位貴族を殺めたというのは、少々・・・・・・、いやかなり困る。ゆえに、前もって相談したかったのだよ」


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