第120話:コトハの与えた衝撃

〜チャベイン視点〜


私は、チャベイン。元々、ランダル公爵領の騎士団長を務めており、ランダル公爵家が王家となったことで、ラシアール王国の騎士団長を務めることになった男だ。

・・・・・・だが、この地位にいるのも長くはないであろう。


ランダル公爵による蜂起、王都制圧、権力の掌握。ここまではうまくいった。しかし、ランダル公爵家を支持したのは、予定していた半数以下であり、反抗勢力であるカーラ侯爵とバイズ辺境伯の率いる勢力は、我々の倍以上になっている。しかも、頼みのジャームル王国からの援軍も、何度使いを出しても、前向きな返事が得られない状態だった。


そして、バイズ辺境伯領は、ほとんど無傷だった。当初の計画では、バイズ辺境伯はクライスの大森林から溢れ出た魔獣によって蹂躙される予定であった。しかし、蓋を開けてみれば、ある程度の戦死者は出したものの、魔獣は一度も領都へ辿り着くことはなく、撃破された。そして、予定外ではあったが出現した、グレイムラッドバイパーさえ、謎の女性が討伐してしまった。


加えて、冒険者ギルド、商業ギルドが、公式に非難声明を出した。まあ、冒険者ギルドは、冒険者に事実上戦争参加を強制したことに激怒しているし、商業ギルドは内戦という経済が滞ること間違いなしの事態を引き起こしたことにキレているのだろう。ただ、冒険者ギルド、商業ギルドと良き関係を築き、冒険者や商人を援助・保護しつつ、魔獣対策や交易に協力してもらう関係は、ラシアール王国の基本的な構成要素だったはずだ。それを蔑ろにすれば、非難されても不思議ではない。



ランダル公爵・・・、ゲイベル様は自分を支持する貴族が少ないことを知り、バイズ辺境伯がほぼ無傷だと知ってから、これまでよりも更に横暴に、キレやすく、感情的になった。それを見て、支持していた貴族まで、逃げ出す始末。悪循環が続き、今残っているのは、ゲイベル様に心から忠誠を誓っている数少ない者と、今更、ゲイベル様との関係を切ることができないほど、関係が深まってしまった貴族どものみだった。


そして今日、我々にとって最後通牒とも言える宣言がなされた。カーラ侯爵が、ラシアール王国の南部を中心に、カーラルド王国を建国したというのだ。それには多くの高位貴族が賛同し、グレイムラッドバイパーを倒した女性までも、貴族として参加していると示されている。


間諜からの報告によれば、その女性は2人の子どもと3頭の魔獣とともに、数え切れないほどのファングラヴィット、フォレストタイガー、そして見たことも無い二首の空飛ぶ魔獣を討伐し、グレイムラッドバイパーもそれほど苦戦することなく討伐したらしい。この報告を完全に信じることは私の常識が拒否しているが、7、8割と見積もってもバケモノだ。強力な魔法が使える相手を前には、数は力では無い。その魔法に対処できる者がいなければ、千も万も等しく無力なのだ。



できる限り、兵を死なせずにことを済ませたいと思う。カーラ侯爵らも、上の人間はともかく、一般兵を皆殺しにする気などないだろう。ダメ元だが、ゲイベル様に降伏を進言しに行こう。おそらく突っぱねられ、いやその場で刺されるかもしれぬな・・・・・・

どの道、ゲイベル様へ諫言申し上げるのも最後だ。最後の最後まで、この無駄な戦いによる犠牲者を少しでも減らせるように努力するしかないな・・・・・・・・・・・・





 ♢ ♢ ♢

〜ジャームル王国、国王視点〜


「陛下。またラシアール王国のゲイベル殿より、使者が来ておりますが・・・」

「・・・どうせまた、援軍の要請であろう?」

「左様でございます」

「ふんっ。この話を受けたときには、あんなバケモノがラシアール王国にいるとは聞いていなかったのだぞ? それを今更援軍だと? 何度来ても、ラシアール王国の内戦に参加する気は無いと伝えて追い返せ!」

「はっ」


まったく、あの男も図々しいヤツだ。単騎でグレイムラッドバイパーを倒すようなバケモノがいるのに、負け戦に手を貸すバカなどおるわけ無かろう。ヤツが簡単に権力を掌握できると豪語するから、手を貸したというのに・・・


蓋を開けてみれば、国の半分も手に入れられず、一番警戒していたバイズ辺境伯は無傷。挙げ句の果てに、グレイムラッドバイパーを単騎で倒すバケモノまでおびき出しよって。

それ以前に、我が国の安全を考えねば・・・。せっかく手に入れた港まで奪い返されたら、どれだけ損失がでるか・・・





翌日になっても、不安が増すばかりなので、横にいた宰相のダーラに確認する。


「ダーラよ。どうせ、ゲイベルは直ぐに負けるのであろう?」

「はい。正確な情報は、目下収集させておりますが、ゲイベル殿の軍勢は10万程度。対するカーラ侯爵らの軍勢は20万以上。しかも、カーラ侯爵らの軍勢は、常に戦いに身を置く精鋭揃いとの情報です」

「・・・ふむ。グレイムラッドバイパーを倒したというヤツは? 素性は分かったのか?」

「いえ、まだでございます。しかし、若い女性だというのが、最有力な情報にございます」

「・・・なに? 冗談など要らぬぞ?」

「無論です。この場で冗談を言うほど度胸はございません。バイズ辺境伯の騎士団に紛れ込ませていた者に詳しく情報を確認したところ、バイズ辺境伯の協力者らしい若い綺麗な女性と、その女性の身内と思しき2人の子ども。そしてその女性の従魔だという3頭の魔獣。これらのメンツで、グレイムラッドバイパーと戦い、倒したとのことです」

「・・・・・・ふざけた話だな」

「そして、今朝方、カーラ侯爵らより、近隣諸国向けにギルドを通して、声明が発表されました」

「・・・声明だと?」

「はい。内容としましては、カーラ侯爵らが新国家を樹立し、ゲイベル殿らを討つとの内容にございます」

「・・・うむ。それは想定内だな。ラシアール王国としての形を維持するかは不明だったが、実質は変わらんだろう」

「はい。ですが、そこに付されていた高位貴族の中に、見慣れぬ者の名がありました」

「・・・見慣れぬ名だと?」

「はい。コトハ・フォン・マーシャグ・クルセイル大公です。新国家カーラルド王国の最高位の貴族であります」

「・・・初耳だな。隣国のラシアール王国の高位貴族の名など、最優先で把握しておろう? 初耳の高位貴族、それも大公だと?」

「詳細は調査中ですが、このクルセイル大公が、グレイムラッドバイパーを倒した女性である可能性が高いというのが、暗部の最有力の見解でございます」


なん、だと? 大公位を持つ貴族など、他の国を見てもそうはいない。我が国にも大公位を叙されているのは、先王たる父上の弟のみだ。それほどの爵位を持つ者が、いきなり現れるなど・・・



「・・・・・・・・・・・・お前はどう考える?」

「可能性は十分にあるかと。グレイムラッドバイパーを倒した功績を持って叙爵された。しかも、その功績の大きさと重要性から、大公という最高位で。少し疑問が残りますが、否定するのは早計かと」

「つまり、旧ラシアール王国の領土を奪い、実質戦争状態の我が国の相手には、貴族としてその女がいるのか・・・。頭の痛くなる話だな・・・・・・・・・。それで、その新国家は、我々を攻めてくると思うか?」

「・・・いずれは。まずは、ゲイベル殿らを討ち、国内を平定するのが先でしょうが。実質が変わらぬとは言え、新国家を樹立したばかりです。他国との戦争は避けたいと思うでしょうから、何らかの交渉を持ちかけてくるかもしれませぬ・・・」

「その対応を誤れば、その女を嗾けられる可能性があるのか・・・」

「港から得られる利益は大きいですが、『ダーバルド帝国』との国境沿いで小さな戦闘が頻発していることを考えると、港を返還し、カーラルド王国と友好的な関係を築くことも考える必要があるかと・・・」

「・・・・・・そうだな。港やそこに至る地を管理させている貴族に、状況を説明しておけ。ひとまず現状維持だが、間違ってもカーラルド王国とは戦闘行為をしないように厳命を。それから、その地の民に手荒なまねをすることも禁ずる」

「承知致しました。直ちに伝えます」


はぁー・・・・・・。

あの時、ゲイベルの口車に乗せられたのが誤りであったな。次に間違いを犯せば、国が滅びるやもしれぬ・・・


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