第118話:建国へ①
〜バイズ辺境伯視点〜
かなり疲れたな。コトハ殿一行が部屋から出て行くのを見ながら、椅子に深く座り直した。横のハールの顔を見ても、かなり疲れているのが見て取れる。いや、実際にはハールの方が疲れているだろう。私が半ば押しつける形で、王になることを承諾させ、そのことを漏らさぬように調整し、準備をしていた。私も宰相となり、公爵となるわけだが、王になる重みはまるで違うだろう。
「なんとか、了承してくれたな・・・」
疲れて空気が重い中、ハールがそう切り出した。
「ああ。思っていたより、条件が厳しかったがな。まあそれでも、彼女を新国家へつなぎ止めることができたのは大きい」
「そうだな。ランダル公爵ごとき問題にはならないとして、新国家が直接接している国は、ジャームル王国のみ。そのジャームル王国は、コトハ殿が、グレイムラッドバイパーを倒したことを知っているのだろう?」
「ああ。遺憾ながら、我が騎士団に間諜が紛れておった。あの後、姿を消した者が2名。1名は拘束したが、もう1名は、ランダル公爵の支配領域を抜けて、ジャームル王国へと入ったのを確認した。30年ほど前の戦乱期に、親がジャームル王国から流れてきて、そのまま居着いていたみたいだ」
「なるほどな。だが、今回は幸運だったか・・・」
「ああ。詳細が判明するまでは、向こうは迂闊に手を出せんだろう。その間に国を整備できる。それに、実際にコトハ殿が新国家の大貴族になるわけだからな。普通に考えれば、武勲を立てて、叙爵されたと考えるだろうな」
「そうだな。それに、南向けの対処も任せることができる」
「クライスの大森林の正確な広さは誰も知らんが、ジャームル王国が開発した魔除けの魔道具は、クライスの大森林の魔獣や魔物にも十分に通用していたらしい。『魔族』が多く住む、『ディルディリス王国』であれば、似たようなものを開発していても不思議ではない。それを用いて、北上してくる可能性も否定できぬからな。それに、そういった道具を『ダーバルド帝国』が入手し、森を抜けて直接、我々を狙ってくるかもしれない。コトハ殿のクライスの大森林における支配領域が広がれば広がるほど、その脅威に対処しやすくなる」
「・・・そうだな。できる限り良好な関係を継続しつつ、万が一の場合には頼れるようにしておく。それが肝要よな。それに、カイト殿にポーラ殿。まさかマーシャグ子爵家の、ラザルの忘れ形見があれほどの存在になっているとはな・・・」
「ああ。カイト殿はもちろん、ポーラ殿でさえ、我が領の騎士団では太刀打ちできない。今後、カイト殿やポーラ殿が成長し、王宮で働いてくれでもしたら、かなりの儲けものだな」
「そうだな。ただ、さっきの会話を見ていても、コトハ殿は、2人をとにかく大切にしている。下手なことをすれば、逆鱗に触れることになりかねん。こちらとしては、期待して待つだけだな」
「ああ」
正直に言えば、カイト殿は騎士団、ポーラ殿は魔法師団に入ってほしい。今後、戦闘以外の指揮能力も身に付ければ、満場一致で団長になれる。特にラシアール王国は、国民の多くが『人間』であり、魔法を使える者が非常に少ない。我が領含め、魔法師団に属する者は、両親や祖父母に、『エルフ』や『魔族』がいる場合がほとんどだ。ポーラ殿の正確な種族は不明だが、魔法の使い手として、最高クラスの存在であることは間違いないだろう。
ただ、ハールの言うように、慎重に行動する必要がある。仮に、カイト殿やポーラ殿を無理に勧誘したり、2人に下手な真似をしたりすれば、確実にコトハ殿は我々と対立し、最悪の場合、戦いになる。まあ、戦いと言っても、こちらが為す術無く蹂躙されるだけだろうが・・・
そんな事態を避けるためにも、良好な関係を維持せねばならない。幸いなことに、コトハ殿は基本的には温厚だし、親切だ。逆鱗に触れることのないように、関係を継続していかなくてはな・・・
♢ ♢ ♢
明朝、我が家に集まっていた、高位貴族を集めた。集まったのは、私と関係の深い、バール伯爵、エズワルド伯爵、シャジバル伯爵の3名と、ハールに近い、フーバー伯爵、シャルガム伯爵、セームン伯爵の3名、の計6名の伯爵だ。私とハールを含めて、反ランダル公爵派のトップ8名が集結した形だ。そしてこの8名が、コトハ殿たちを除いて、新国家設立構想に関わっている者である。
集合したことを確認して、ハールが話し始める。
「皆、朝からよく集まってくれた。今日の会議を経て、新国家に関する議論をまとめ、新国家建国の宣言と、ランダル公爵への攻勢に打って出る」
ハールがそう言うと、全員が深く頷いた。
それを確認し、
「まず、新国家の名前を決める。既に皆が同意した通り、新国家の国王には、カーラ侯爵が就く。そこで、新国家の名前を、カーラルドとし、カーラ侯爵家を、カーラルド国王家とする。この点、異論がある者はいるか? 今は遠慮無く言ってほしい」
6名の伯爵を見渡すが、反対の者はいなかった。新国家の名前は少し安直ではあるが、それまでの名を弄って、新たな名とすることは珍しいものではないし、後の争いの種になるのを防ぐためにも、ラシアールという名は変える必要がある。
「よし。では、新国家の名前はカーラルド王国。その王家は、カーラルド国王家とする。先にも伝えたように、新王都は、現カーラ侯爵領の領都、キャバンとする予定だ」
ここまでは、揉める予定は無い。
難しいのはこれからだ。
「次に、そなたらを含め現在の貴族の扱いだ。ランダル公爵との戦争に勝つ前提だが、とりあえず、旧ラシアール王国の領土の9割ほどの広さの国土となる。しかし、全貴族の3割ほどの貴族が、ランダル公爵に付いており、その貴族らの領地を分配する必要がある。そこで、ひとまずは、ここにいる6名の伯爵を、侯爵ないし辺境伯とし、領地を分配する。その上で、それぞれに連なる子爵や男爵に、領地を分け与えてほしい。それに合わせて、それぞれ、子爵を伯爵へ、男爵を子爵にする予定だ。そして、ランダル公爵との戦で武勲を上げた者や、領地を持たなかった貴族に、領地を与え、適宜、爵位を調整する。これが、今までの議論を発展させた上での考えだが、何か意見がある者はいるか?」
「よろしいですか?」
「うむ。エズワルド伯爵」
「私もこの方式に賛成です。これであれば、領地を減らされる貴族は出ず、パワーバランスも崩れにくい。不満を持つ者もいるでしょうが、少数でしょう。しかし、我々6名と、カーラ現侯爵、バイズ辺境伯は、いずれもラシアール王国の南側に領地を持ちます。ランダル公爵を打ち破り、そこを分配するということは、ジャームル王国との最前線には、少数の貴族が乱立することになりませんか?」
「うむ。それは我々も困っていた。そこで、現在の領地の場所の兼ね合いから、シャジバル伯爵とフーバー伯爵に、北側の再編された地へ、領地を移してもらいたい」
「な・・・」
「それは・・・」
「難しいのは承知している。だが他6家で最大限サポートするため、同意してもらいたい」
「「・・・・・・」」
領地の場所を変えろ。これほど難しいことはない。それまでの暮らし、領民との繋がり、商人やギルドとの繋がりなど、築いてきたものが、使えなくなる。新たな領地で、それらを1から築いていく必要がある。ましてや、戦争で戦った相手の領地となれば当然だ。
だが、統治能力、指揮能力、移動後のパワーバランス、そして現在の立地を考えると、この2人に頼むのが最適だった。
少し時間をおいて、
「分かりました。シャジバル伯爵家の名にかけて、やり遂げてご覧に見せましょう」
「ええ。同じくフーバー伯爵家の名にかけて」
そう、2人は了承した。よし、大きく2つある難所のうち、1つ目を突破した。
「感謝する2人とも。それぞれ辺境伯となり、カーラルド王国を支えてくれ」
「「はっ!」」
それを見てハールが、新国家の国王として激励し、2人が跪き、答えた。
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