第103話:領都防衛5
私と話をした後、バイズ辺境伯は怪我をした騎士を見舞い、レーノさんからより詳しい戦況を聞いていた。
カイトにも話をしてくれたようで、カイトの表情が、いくらか明るくなっていた。
最後に、騎士たちの前に立ち、演説を行った。
それほど長いものではなかったが、騎士たちの士気を上げるのには十分だったようだ。
バイズ辺境伯は領都へ戻り、カーラ侯爵らとの連絡、王都の正確な状況の把握、ジャームル王国の動静の調査を行う。
領都周辺の魔獣・魔物対策は、領にいた冒険者に強制依頼を出して、担わせるらしい。
領都周辺の魔獣・魔物は、クライスの大森林から出てくるものと比べて弱い。
今回は非常事態ということもあって、領軍用の武具を貸与したり、馬車や物資を融通したりして、なんとか対応させているらしい。
騎士団の第2部隊から第4部隊は、ここを中心にクライスの大森林に沿って展開し、魔獣・魔物への備えを継続する。
第1部隊と領軍の本体は、領の境界線に広く展開し、ランダル公爵や通ずる貴族の攻撃に備えている。
こうした陣容で、引き続き、防衛を継続することになったのだった。
♢ ♢ ♢
バイズ辺境伯が陣地を訪れてから、2週間が経った。
相変わらず、ファングラヴィットを中心とした魔獣の群れの襲撃や、ツイバルドの群れの襲撃があった。
他にも、フォレストタイガーが数頭現れたり、結構な大きさのスライムが出てくることもあった。
私たちで強い魔獣や魔物は相手をしつつ、騎士団の皆さんが必死に、数を減らしていくという戦法は相変わらずで、かなりハードだった。
私たちの中では、マーラがフォレストタイガーに噛みつかれて、かなり出血することがあり、冷や汗をかいたが、本人は気にせず撃退していた。
騎士団は、襲撃ごとに多数の怪我人と数人の死者を出し、徐々に戦闘に参加する数が減っている。
装備もどんどんボロボロになり、怪我を抱えたまま戦闘に参加している騎士も多くいる。
結構な量の魔法薬 ―アマジュの実で作った薬― も提供したのだが、ほとんど使い切ってしまっている。
レーベルに補充を頼んだので、もう少ししたら、届くと思うのだが・・・
レーベルは、少し前に突然現れた。
レーベルは空間の狭間を移動することができ、その裂け目が近くにあったらしい。
私たちの帰りが、予想よりも遅かったので様子を見に来がてら、拠点周りの報告に来たのだった。
空間の狭間の移動は、魔素を感じる能力をもっと高めることで、私にもできるようになるであろうとのことだった。
これが終わったら練習してみようかね・・・
レーベルの報告は大きく2つ。
まずは、拠点の話だ。
拠点にも多くの魔獣が押し寄せていたようで、一部侵入を許したとのこと。
当然、侵入した魔獣は始末されており、被害は少ないとのことだ。
次に森の入り口付近に配備していたゴーレム60体について。
完全に失念していたが、レーベルが上手くやってくれていた。
つまり、森の入り口をいくつかのブロックに分けて展開させ、森から出ようとする魔獣をできる限り始末していた。
倒したファングラヴィットやフォレストタイガーは結構な数だったようで、もし、ゴーレムを動かしていなかったらと思うと、ぞっとする。
レーベルにはアマジュの実で薬を大量に作り、ここまで持ってくるように頼んである。
ゴーレムは継続して、森の入り口付近での仕事。
レーベル本人には、拠点の防衛を引き続き任せておく。
最初はここに残ってもらおうかとも考えたが、拠点が荒らされたら困るし、今後に備えて薬の生産やゴーレムの修繕を頼んでおく。
少しして、レーベルが薬を持ってきてくれたことで、騎士たちの怪我も治り、なんとか持ちこたえることができている。
既に領都内の捜索は完了し、発見された魔道具は全て破壊されている。
レーベルの見解では、もうじき魔獣の襲撃は終わるだろうとのことだった。
曰く、この魔道具は、魔力を流して起動すると同時に、魔獣や魔物をおびき寄せるエネルギー波のようなものを、360度に放出する。
一度起動すれば、流した魔力が切れるまで定期的に放出される。
レーベルの確認した魔道具の構造と、クライスの大森林までの距離、魔道具の捜索隊が魔道具を発見した場所や発見した日時を考えると、最後に放たれたエネルギー波が、魔獣に到達したのは24時間ほど前と推測されるらしい。
エネルギー波は、拠点より遥かに南まで届くらしいが、それを受け取った魔獣が森を抜け、攻めてくるまでの時間を考慮すると、後1週間ほどで、最後になるだろうとのことだった。
この話はレーノさんにも伝えてあり、確実とは言えないまでも、終わりが見えてきたことで、騎士たちの士気や身体、装備や物資もなんとか持ちこたえられそうだと、安堵していた。
♢ ♢ ♢
レーベルの計算により、魔獣が攻めてくると思われる最終日。
今日を乗り切った後は、念のため1週間程度は陣地に止まり、様子を見た後、撤収に入る予定となっていた。
なんだかんだ、1か月近くここに駐留しており、かなり疲れてきた。
カイトやポーラも疲れが隠せなくなっている。
一方で、2人の戦闘能力がかなり上がっていると思われる。
・・・・・・そりゃ、毎日毎日山ほど魔獣と戦っているわけだし、驚くことでもないか。
そうして、気を引き締めて頑張ろうと思っていた矢先、地面が大きく揺れ出した。
日本に住んでいたときは、定期的に感じていた、地震だ。
それも、かなり揺れが大きく、立っているのが大変なほどだった。
私たちと同様に、騎士さんたちも状況が分からず、混乱状態だ。
群れの数が多い場合や、大きな魔獣が近づいてくるときに、地面が揺れることはあった。
しかし、それはここまで大きな揺れではなかった。
段々と揺れが大きくなり、続いて大きな音も聞こえるようになってきた。
「ガリッ、ガリッ」っという、なにかを削るような、掘るような音。
それが、遠くから聞こえてくる。
・・・・・・いや、違う。どんどん近づいてくる。
よく聞くと、音は地面から聞こえてきている。
最初に揺れを感じてから十数分後、揺れがかなり大きくなり、音も大きくなったところで、突如、揺れと音が消えた。
最後に音が聞こえていた方向を見るが、なんともない。
「・・・・・・揺れが、止まった?」
「そのようです。何が来るのかと、身構えておりましたが・・・」
私の独り言に、レーノさんが答える。
そのまま数分経過したが、揺れや音を感じることはなかった。
揺れや音の正体は不明だが、いつまでも戸惑っているわけにもいかない。
確実に何かが接近していたと思われるため、騎士が何組か、陣地周りの調査に派遣された。
音を聞くかぎり、地面を掘っているように思われたので、何か大きな魔獣が地中を進んでいた可能性が高い。
それを確認すべく、魔獣の進んだ証跡の調査が命じられたのだ。
私たちは、陣地に残り、待機だ。
少しして、調査に出ていた騎士の1組から、地面が隆起している場所があるとの報告が上がった。
レーノさんと一緒に、その場所を目指すことにした。
数分歩くと、目的の場所にたどり着いた。
そこには、半円のドーム型のような盛り上がった土が、グネグネと続いていた。
半円の直径は騎士が両手を広げたよりも、長い感じだ。
隆起している盛り土の長さは不明だが、直線距離にすれば、かなりの長さになりそうだった。
その両端は、丸みを帯びて閉ざされている。
・・・・・・嫌な予感がする。
どう考えても、半円状・・・、いや筒状の生き物が地中を通ったとしか思えない。
地中を進む中で、たまたま地上近くを通った感じだろう。
筒状のでかい生き物、そういって思いつくのは1つしかない・・・
「逃げて!」と叫ぼうとしたそのとき、再び地面が大きく揺れ、今度は立っていることができなかった。
みんながその場で体勢を崩し、同時に「ドンッ!」と鈍い大きな音が鳴り響いた。
それと同時に、土が一気に空中へ舞い上がった。
飛ばされた土や小石が降ってくる中、なんとか姿勢を立て直し、音のした場所を確認する。
土煙が晴れるにつれて見えてくる黒い影。
地面から真っ直ぐ上に伸びる、黒い身体。
その身体には、見覚えのある稲妻のような黄色い模様。
その先には、人の背丈ほどの長さがある、2本の鋭い牙を生やした大きな口。
顔を下に向けると、2つの赤い目が、光っている。
「・・・・・・グレイムラッドバイパー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます