第65話:侵攻の結末4
いきなり現れたフォレストタイガーを見て、バイズ辺境伯は言葉を失っている。
騎士達は、私たちとバイズ辺境伯の間に陣取っていたが、オリアスさん以外の2人が、フォレストタイガーと、辺境伯の間に移動した。
最後の最後まで、守るべき相手を守るため行動する、か。騎士の鑑だね。
それに比べてマノスは・・・
「お、おい、女! これも貴様の罠か!」
まあー、喚く喚く。
もう、ムカつくとか超えて凄いね、こいつ。
いや、ある意味一貫してるか?
何でバイズ辺境伯は、こんなのをお供にしているんだろうか・・・
そんなに強いの?
・・・・・・まあ、私には全く関係ないか。
私は無言で、喚き散らかすマノスの左足首に、石弾を放った。
放たれた石弾は、マノスの左足首を消し飛ばした。
「うぐっ!」
そう、声を上げたマノスはその場に倒れ込んでいる。
まあ、立てなくなったしね・・・
「な、なにを!?」
辺境伯が、そう叫んでいるが、時間切れだ。
「私たちは帰るから。私たちを信じて、助けてほしいなら、ついてきて。そのバカを庇うなら、一緒に死んだらいいよ。行くよ、カイト」
「う、うん。バイズ辺境伯、僕はお姉ちゃんを信じることを心から勧めます」
そう言って、2人で拠点に向けて歩き出した。
後ろから襲われる心配はゼロではないので、警戒はしているが、そんな必要は無いようだった。
「マノス。貴様の過ぎた言動、見過ごせん。ここで任を解く」
バイズ辺境伯は、そう短く言うと、私たちについてきた。
マノスの断末魔が聞こえた気がしたが、自業自得だ。
無事にフォレストタイガーのご飯になったようだ。
ヤツは、私やカイトを侮辱しただけではなく、仕える主の判断を否定し、その主が助かる唯一の可能性を潰そうとしたのだから、当然の結末だろう。
まあバイズ辺境伯の決断が遅れたせいで、完全に魔獣の前で囮的に見捨てる感じになってるけど、それはバイズ辺境伯が悪い。
正直、バイズ辺境伯を含めて皆殺しにすることを何度も考えた。
だが、今後のことを考えて、不快な思いをするのを我慢してもなお、助けることを選んだのだ。
まずは、この人がラシアール王国のバイズ辺境伯領の領主であること。
つまり、お隣さんだ。
前世の日本なら、合わないお隣さんは無視しておけばよかったが、この世界では、そうはいかない。主に補給面で。
現状、肉や木の実以外の、野菜や調味料、布製品や金属製品などの文明製品はもっぱら、バイズ辺境伯領で調達している。
つまり、今後もバイズ辺境伯領を訪れる必要がある。
となると、恩を売っておいて、損はないだろう。しかも、売る恩は、私にとって不快な気持ちを我慢して多少の施しをするだけの些細なものなのだから。
リターンの方が遥かに大きい。
そして、次の侵攻を防ぐことだ。
今回の遠征で、王子や貴族、多くの兵士が死んだわけで、普通に考えれば2度目の侵攻は無いだろう。
しかし、そもそもまともな統治者なら今回の侵攻自体、することはないか、もう少し慎重に、被害の少ないようにやるだろう。
そう考えると、次回の侵攻があっても、驚きはない。
だが、隣り合うバイズ辺境伯領の領主が、その恐怖を実感し、生きて伝えることは、大きな楔になり得る。
ついでに、私たちの強さも知らしめておけば、拠点を攻めてくるヤツもいなくなるのでは?と期待している。
まあ、こんな政治的な判断など無縁な私がとっさに考えた内容だから、考え違いや、考えが浅いところもあるとは思う。
ただ、現段階では、助けるのが最善と判断したのだ。
一方で、舐められたり、搾取されたりするのは困るので、あくまでも強気に、無礼なヤツは許さないし、いつでも敵に回るという姿勢を示しておいた。
助けるとなると、傷の手当てや食事を提供する必要があるが、持ち合わせは無い。
なので、拠点に帰り、『アマジュの実』のジュースを魔法薬と偽って飲ませて治療をし、レーベルに食事を任せるしかない。
『アマジュの実』のジュースについては、レーベルの意見を聞くつもりだが、魔法に疎い『人間』相手なら、誤魔化せると思う。
だが、ここは慎重にやる。
もし、『アマジュの実』の存在に気が付かれたら、口を封じる必要すら出てくる・・・
♢ ♢ ♢
バイズ辺境伯達を連れて、拠点の入り口の前に着いた。
4人は壁が見えてきたあたりから、声を失っている。
まあ、未開の森と思っていた場所、それも自分達の領地からそれほど遠くない場所に、こんな壁や見るからに危なそうな池で守られた場所があれば驚きもするか。
入り口には帰ってくる私たちの異変に気がついていたのか、レーベルが出迎えに来ていた。
「お帰りなさいませ、コトハ様、カイト様。そちらの皆様は・・・」
「ただいま、レーベル。こちらバイズ辺境伯と、その護衛の騎士さん達。ここで怪我の手当てと、食事を提供してあげることになったの。よろしくね」
「・・・承知致しました」
先程までのやり取りから、私たちに危害を加えることは無いと思うが、用心して、拠点の空き地部分に案内する。
ポーラは幸い出てきていなかったので、まだ会わせないでおく。
仮に人質を取って・・・、と考えたときに真っ先に標的になるだろうし。
私たちの逆鱗に触れることになるけどね。
カイトが軽く説明をしながら、魔法の練習で作った椅子や机を用意している。
それを見ながら、レーベルに相談する。
「ねえ、レーベル。あの人達の怪我の治療に、『アマジュの実』のジュースを出したいんだけど、いいと思う?」
「・・・それは、『アマジュの実』の存在を知られないかという心配でしょうか?」
「・・・うん。『人間』相手なら、魔法薬とか言えば騙せると思うけど、もしバレたら、生かして帰すわけにいかなくなるからさ・・・」
「・・・おそらく問題はないかと。念のため、この間採取した薬草をすり潰して混ぜて、味や色を変えておきましょう。効果には驚くでしょうが、『アマジュの実』に結びつくことはないかと思います」
「・・・おっけ。準備よろしく」
「承知致しました」
レーベルに準備を任せることにして、私は、カイトのもとへ向かう。
カイトは、バイズ辺境伯と話している様だが、なんか互いにぎこちない感じだ。
騎士達は、さすがにまだ完全に信じてはいないらしく、警戒したままだ。
まあ、そりゃそうだよね。
さっきよりも、壁に囲まれた場所に連れてこられ、退路を断たれているわけで、より警戒しているのかも?
「今、治療薬の準備させてるからもう少し待ってて。なんか欲しいものある?」
「・・・あ、ありがとう。できれば、水をいただきたいのだが・・・」
「水? いいよ」
そう言って、『土魔法』でコップを作って、『水魔法』で水を注いであげた。
氷のおまけ付きだ。
「はい。どうぞ」
そう言って机の上を指さしたが、4人とも机の上を見つめて動かない。
どうした?
「ん? 飲まないの? 毒とか入ってないよ?」
「い、いや。すまない。そんなことを疑っているわけではないのだ。その、魔法で出されるとは思っていなくてだな・・・」
あー、そっか。
人間にとって魔法は珍しいのか。
当たり前になりすぎてて、考えずにやってたから気がつかなかった。
「まあ、私は『人間』じゃないからね。『魔族』よ。だから気にしてなかったの」
「・・・なるほど。この森に住み、このような基地を築いているのが不思議であったが、魔法が得意な『魔族』が故であったか」
そう言うと、バイズ辺境伯はコップの水を一気に飲み干した。
オリアスさん達が、止めようと手を出していたが、間に合わなかった。
毒味的なことをしようとしたのかな?
まあ、されても気にはしないけど、私たちと敵対する気が無いことを示そうとしているらしいバイズ辺境伯からすれば、それは避けたかったのだろう。
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