changing point

秋乃晃

「我が愛しの侵略者」×『僕の家の周りでデスゲームが開催されている件』

同じ穴のムジナ 《前編》

【character select】


「我が愛しの侵略者」よりアンゴルモア

『僕の家の周りでデスゲームが開催されている件』よりナイトハルト(女)、ナイトハルト(男)


【time stamp】


〝正しい歴史〟の2018年秋頃


【START】


 コンビニの前で右往左往している女の子・キサキ――やがて師匠と同じナイトハルトと名乗り、『ウランバナ島のデスゲーム』に参加することとなる少女――に「どうした? 迷子か?」と話しかける、背丈だけなら少女と同じぐらいの女性がいた。少女ではなく女性としたのは、その胸の大きさである。主張が激しい。


「師匠に、タバコを買ってくるように言われて」


 キサキの左手には千円札が握りしめられている。これでマルボロアイスブラストの5ミリを買わなくてはならない。コンビニの外から見て、レジに立っているのは一見して真面目そうな大学生のバイト。なので、ここで購入するのは諦めて別のコンビニに向かおうとしていたところを女性に話しかけられてしまった。咄嗟に出てきた言葉は嘘ではなく真実であった。


「ふむ」


 女性の名前は弐瓶柚二にへいゆに――ではなく、弐瓶柚二の姿をした侵略者・アンゴルモアである。モアは口をへの字に曲げて「未成年はお使いであっても、タバコを買ってはいけないのだぞ!」と宇宙人なのに日本の法律に基づいた正論で忠告した。日本暮らしも半年を過ぎれば、その土地の文化に馴染むというものである。


「知ってるよ……」


 もう何日も着ているワンピースの裾をギュッと握りしめる。知っているからこそ、このコンビニで買うのは諦めようとしていた。やる気のない店員のいるところでなら、年齢確認されずに買える。気がする。キサキにとっては自らの身の安全が肝要で、その後でその店がどれだけ怒られようとも知ったことではない。何も手に入れずに、のうのうと帰ろうものなら、師匠に何をされるか。殴る蹴るで済まされればまだよい。

 キサキがナイトハルトと出会ったその日も「おじさん」と呼んだら路上で組み敷かれたれたように、子どもに対して容赦なく暴力を振るう存在だった。それでもキサキはナイトハルトを師匠とし、自らは弟子となって付き従っている。すべては大病を患って大病院に寝泊まりしている(こととなっている)『ねえさん』との平穏な生活を取り戻すため。


「理解したぞ。ここで待っているがよい」


 キサキの心を読んだ侵略者は「え?」と驚いているキサキを外で待機させ、レジに直行し「アイスブラスト? の5ミリをあるだけ買うぞ!」と店員に伝えた。宇宙の果てからやってきた侵略者は、現在の地球を支配している存在であるところの人類の思考を読むことができる。これは平和的な侵略活動のためである。武力による解決では、人類の生み出した文化を破壊しかねない。アンゴルモアは人類の歴史に直接終止符を打つのではなく、人類の歴史を表向きには存続させたまま、その技術力だけを吸い上げようとしていた。人間との共存路線である。

 立ったまま半分寝こけていた店員は急な注文にワンテンポ遅れて「は、はい! 確認してきま!」と動き出した。三十秒もしないうちに戻ってくる。


「ええと、1カートンしかなかったので、1カートンでいいすか」

「いいぞ!」


 弐瓶柚二の姿をしたモアは149cmと小柄で顔立ちも幼いが、その風貌とは不釣り合いな双峰を備えている。店員もその双峰を見て未成年ではないと判断し、年齢確認ボタンを客には押させずに自らの手で押した。


(思っていたよりも高いぞ……?)


 タバコを購入したことはない宇宙人である。自身は吸わない。吸う人間もそばにはいない。画面に表示された値段を見てギョッとするモアであった。少女キサキとは二度と出会えぬかもしれず、もし出会わなければ彼女がどんなひどい目に遭っていたかは想像に難くない。このぐらいの出費に気後れしているようでは、愛するタクミと並び立てるような善き人間にはなれまい。人間を理解するための勉強代と思えばこのぐらい安いものだ、と自身に言い聞かせて、財布から一万円札を取り出し、支払った。


「待たせたぞ!」


 師匠からは一箱でいいと言われていたのに、十箱。モアにレジ袋を押し付けられて「あ、え、こんなに?」と受け取りながらも挙動不審になってしまう。


「師匠の居場所に我を案内してもらえないか?」

「え? え?」

「可愛い子に違法行為をさせようとする師匠の顔を拝みたいぞ!」


 逡巡して、そういえばと「あの、一体何者なんです……初対面のわたしに、こんなにも買ってくれるなんて……」怪しむキサキに、モアは満面の笑みで「宇宙の果てから来て地球を侵略する侵略者、アンゴルモアだぞ! モアと呼ぶがいい!」と答える。


「しんりゃくしゃ」

「そうだぞ!」

「ま、まあ、わかりました……」


 勢いに押されてしまった感はあるが、親切にしてくれた存在からの申し出を断れなかったキサキは、師匠と自分とが住むマンションまでモアを連れて行くことにした。道すがら、モアは「我にはタクミという婚約者がいるぞ!」とキサキが会ったこともない男の話をする。キサキが適度に「はあ」「そうなんですね」とそれっぽく相槌を打つものだから、モアはすっかり気をよくして、ペラペラとタクミの個人情報を語り続けた。ちなみに、キサキは特にタクミへの興味があるわけではない。半分上の空で聞き流している。


「それで、タクミは」

「着きました。ここです」

「……おお! 立派な家!」


 モアが居候している四方谷よもや家は一戸建てであり、人間の住まいはそういうものという認識だった。なので、キサキに案内されたマンションを見上げて、そのすべてが師匠の家なのだと勘違いして『立派な家』と評する。

 勇足で「お邪魔するぞ!」と進もうとして、エントランスのオートロックに阻まれた。自動ドアの顔をしているのにモアが近づいても開かない。


「宇宙人はお断りと申すか」


 また口をへの字に曲げてしまう侵略者の隣で、キサキは部屋番号を入力する。ガチャリ、と受話器が取られてキサキが「戻ります」と伝えた。またガチャリと受話器が置かれる音がして、ドアが開く。


「怪しい人が入ってこないようにですよ」

「ママにも導入を検討させるべきか」

「他の住人が外出するときにすっと入られたら意味ないから、万全とも言い難いですね」

「他の住人? キサキと師匠以外にもこの家に住んでいるのか?」


 エレベーターホールに向かう。人とはすれ違わない。単身者向けのマンションのため、師匠の住処以外の住人は一人暮らしが多い。出勤や帰宅の時間帯でもなければ、よほどのことがない限り他の住人と顔を合わせることもない。宅配業者の方が遭遇率は高い。――キサキが問題なく住めているのは、師匠が大家とし、キサキをという扱いにしているからである。本来ならば引っ越さねばならない。


「……いるような、いないようなものですね」

「ふむ。そういう家庭もあるのだな」


 なんだか誤解されているような気がしたキサキだが、訂正する前に五階へ到着した。

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