一途な片思い
サイトウ純蒼
1.坂上良男の独白
いいや、仲が悪くなかったというよりはどちらかと言うと好意的に接して貰っていた気がする。僕は牛乳が大嫌いでほとんど給食で飲むことはなかったんだけど、真司君が「飲んでやるよ」と言ってふたり分の牛乳を飲んでくれたんだ。大嫌いな牛乳を一気飲みする真司君の姿はとてもカッコ良かったと思ってる。
体育でやったドッチボールの時もそうだった。
僕は運動が苦手でいつも逃げるだけだったんだけど、そんな僕を真司君はよく守ってくれたし、僕が当たった際にボールを拾って僕を当てた奴をまるで敵討ちみたいに当て返してくれた。ほら、運動できる男子って女子からモテるよね。真司君はまさにそれを絵に描いたようなスーパー男子だったんだよ。
だからあの日、あの掃除の時間に起こった出来事は僕にとって一生忘れられない衝撃だったんだ。
僕は新しい教室でバケツに入った雑巾を絞り、一生懸命床を磨いていたんだ。そこへポケットに手を突っ込んだままやって来た真司君がいきなり後ろから僕の背中を蹴っ飛ばした。僕は何が起きたか分からず無様な格好で床に倒れ込んで、背中から聞こえる真司君の笑い声を聞いたんだ。振り返って見た真司君は無表情で「お前、死ねよ」と言ったんだ。
怖かった。他にも数人一緒に笑っていたんだけど、真司君のその顔、その声が僕の心臓を串刺しにするほど怖かった。そしてはっきりと何かが音を立てて崩れ落ちるのを感じたんだ。
それを境に僕への苛めが本格的に始まった。
体育や掃除の時間によく蹴られた。僕の背中に着いた足跡を見て担任はHRの時間に皆に問いただした。だけどあんなことは全く無意味でしかなかったし、子供って大人が思っているよりずっと利口で絶対バレないように知られないように陰湿に苛めるんだ。
教科書じゃなくてノートを破ったのも利口だったと思う。教科書は街にある指定書店で注文し直さなきゃならないけど、ノートは子供の僕でもすぐに買い直すことができるからね。破られたり捨てられたり、死にたくなるような罵詈雑言がびっしり書かれていた時には本当に涙が出たよ。
真司君は強かった。
勉強はいまいちだったけど、小学生にとってはそれよりも「勢い」とか「その場の強さ」が重要で、真司君はまさにクラスの中でもトップクラスだった。だから彼が僕を苛めるようになってからはクラス全体が僕を蔑み始めたし、表立って僕を助けようとする人間はいなかった。女子? あいつらは良く分からない。全く違う生き物だ。違う世界に住んでいるとしか思えない連中だよ。
それでもさすがにこんな状態が長く続くはずもなくて、あれはきっと保護者面談の後からだったと思うけど母さんに聞かれたんだ、「学校で苛めに遭っていないか」って。
僕は適当に胡麻化した。一番は母さんに心配掛けたくなかったし、話したところで解決すると思えなかったし、何より真司君が怖かった。でも大人たちはきっと裏で何かをやっていたんだろうね。変わったんだよ。何が変わったかって? 酷くなったんだ、僕への苛めが。
朝登校すると真司君はいきなり僕をグーで殴るようになった。「プロレスごっこ」と称して僕の首を絞め、手下のような奴らに僕のズボンを脱がせて笑い者にした。見てはいないけど学校の裏サイトには僕のありもしないデマや悪口で溢れていたらしい。
明らかに様子がおかしい僕を担任は何度も呼び出して話を聞き出そうとした。
でも僕はほとんど何も話さなかった。だってこいつらに話しても何も解決なんてできないし、僕は知ってんだ、自分達の評価が落ちるのを怖がって早く片づけたいってことを。
でもお母さんには本当に悪いことをしたと思っている。
僕を心配してくれたのも分かっていたし、それに対して冷たい態度で接してしまったことも本当は僕も辛かった。もう色々と遅いんだけどね。
それから真司君。やっぱり教えて欲しかったな。最初はあんなに優しくて頼りがいのある友達だと思っていたのに、どうして急変してしまったんだろう。僕にちょっとだけ聞く勇気があれば変わっていたのかな。どちらにしろこれももう遅いけど。
さて、僕のつまらない独白もそろそろ終わりにするよ。もう時間が迫って来たんだ。だってほら、見えるだろ? 目の前に迫ってきた自動車が。
僕はこの後すぐにこの自動車に衝突し意識不明の重体となるんだから。
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