第40話 試の練
「やるしかない。」
目の前の機体が縦に時計回りで動き出した。
平太郎はその後部を追いかけて慎重に正確に操縦桿を動かす。
それも前に進みながら。
傍から見ればパレードのパフォーマンスように見えるかもしれないが、機内は緊張とそれを抑圧する気持ちとで満たされていた。
緻密な操作で半周まで来た。
気を抜く暇もなく、顔から汗を垂らしながら一周すべくサイドのレバーを今度は反対に上げていく。
すると、突如。目の前のメカが、先頭から続いた一周の輪を抜けあらぬ方向に飛び出してしまった。
これには平太郎も動揺してしまう。
しかしそれを必死に堪える。それが腕にまで伝わらないように。
ようやくの思いで一周する。
やり切った達成感と莫大な精神力の消費でもう集中することは不可能。
だが先頭の試験官はもう一周し始めた。
それに
平太郎の前の機体が回り始めたが、彼の機体はその場でホバリングしたまま動かなかった。
「8番の機体。危ないですので降りてきてください。」
今までとは違う試験官の声の無線が入る。
それに従い昆虫型メカを着陸させた。
地面に降りた平太郎には不思議と後悔の気持ちや自棄といった後ろ向きな気持ちは渦巻いてはいなかった。
やれることを全力でやった。これでだめならまた練習でもしてもう一度受ければいい。
自己嫌悪にならないのは、源三に言われた「落ちてもいいやくらいな気持ちで行っておいで。」という言葉に救われているからかもしれない。
そんな晴れ晴れとした気持ちで平太郎は屋内に向かった。
一旦。ロビーにあった自動販売機でミネラルウォーターを買い、半分まで飲んでから一休みする。
そうしていると屋内に正午を知らせるチャイムが鳴った。
クラシック音楽の鉄琴アレンジ。
それが流れ終わるとロッカー室からロビーを通り過ぎる人が増えだした。
「あっ!待合室の子。」
ロビーの椅子に座る平太郎に、二十代から三十代の間と思われる男性が話し掛ける。
多分、彼の言葉から察するにバスを待っている間に話しかけてきた人であろう。
「どうしました?」
「今から昼食取りに行くんだけと一緒に行きません?」
「いいですよ。行きましょう。」
正直。緊張がやっと抜け、丁度空腹を感じ始めたところ。
特に断る理由が思いつかなかったので彼の提案に乗る。
平太郎はその男性と二階に上がり海の見える食堂に入った。
「綺麗ですね。」
「はい。」
端から端までガラスの窓。ここまでくるともう窓とかいう規模ではない。
窓辺の席はほとんど満席。しょうがないのである程度海が見える席に座る。
「昼ご飯何にするの?」
「ああ。カレーライスにしようかと思いまして。」
「俺はこれ。」
そう言うと男性は【日替わり定食】と書かれた食券を平太郎に見せた。
「日替わり定食のおかずって何だかわかります?」
「いや、全然。俺はただ、好物が出で来ることを願うだけだよ。」
平太郎は愛想笑いでそれに応える。
「そんじゃ君も食券買って来な。」
彼は平太郎に小銭を渡した。
「そんな。悪いですよ。」
「まあまあ。受け取って。大した金額でもないんだし。」
「でも...。」
「子供は奢られるものだよ。」
男性は半ば強引に平太郎を食券機に送り出した。
しょうがないので言葉に甘えて彼のお金で買った。
驚くことに彼は一円もずれることなくぴったりカレーライスの料金だけを渡してくれたようでお釣りはなかった。
話題を振ったときから奢る気でいたのだろう。
平太郎はカレーを受け取り、席に戻った。
「旨そう。俺もカレーにすれば良かったかな。」
そんな戯言を言って男性は定食を受け取りに行った。
戻って来た彼のお盆の上にはアジフライ定食が載っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます