第8話 side深月


 もちろん、予想はしていた。朱莉が誕生日を祝ってくれると言ってくれた時点で、少なからず家の事情を話すことにはなるだろうと。それでも、朱莉が誕生日を祝ってくれることが嬉しくて、拒めなくて⋯⋯。

 目を丸くしたまま固まってしまった朱莉を前に、私は罪悪感でいっぱいになっていた。


「あっ、あの? 朱莉、大丈夫?」

 

 おずおずと問いかけると、朱莉はハッとした様子で再起動した。


「深月! ホールケーキ!」

「ホール⋯⋯、えっ?」

「誕生日はホールケーキだよ!!」


 無事再起動を果たした朱莉は、突然ホールケーキを猛プッシュしてくる。「ふたりで食べ切れる?」と不安になる私の意見はあっさりと却下され、結局いちばん小さいサイズのホールケーキならと、購入することになった。



 

 買い物を終わらせた私達は、大量の荷物を抱えマンションに戻った。私は冷蔵庫に食材をしまいながら、調理器具やお皿を確認している朱莉を盗み見る。

 

 ――怒ってはいないっぽい?


 朱莉のテンションが明らかにいつもと違う。

 ケーキ屋で再起動してから、まるで起動スイッチを押し間違えたような変わりようだ。さっそく料理を始めた朱莉は、いつもの3割増しくらいでテンションが高い。


 やっぱり、私のせいだよね⋯⋯。


「あっ、あの、朱莉。さっきは変なこと言ってごめんね? なんて言うか⋯⋯、気にしないでいい、どうでもいいことだから⋯⋯」罪悪感から尻すぼみになる。

 

「んー、気にはなるかな。友達のことだもん、どうでもいいことじゃない」

 

「っ、⋯⋯⋯⋯」思わず、料理する手を止めて俯いてしまった。

 

「わたしの家ではね? 誕生日には家族で料理するんだ。出掛けたりするときもあるし、お父さんが仕事で参加できないこともあるんだけどね。それでも夜は必ず家族でご飯食べてた」

 

「⋯⋯うん」朱莉が話し出した家族との思い出を、どこか物語りを聞くみたいな気持ちで耳を傾ける。

 

「手作りの料理とホールケーキ並べてさ。特別凄いことをするわけじゃないんだけど、わたし的にはそれが大切な思い出なんだよね」


「うん」朱莉の言う特別じゃないことが私には想像すらできなくて、頷くことしか出来ない。


「だからね? 深月にわたしの思い出をあげるよ」


「えっ⋯⋯?」思わず顔を上げ、笑顔で話す朱莉を見つめる。


「わたしの宝物を分けてあげる。思い出がないなら、これから一緒に作っていこう?」


「⋯⋯うん」


 嬉しくて、あったかくて。

 でも、なんだか胸が苦しくて⋯⋯。

 私は涙を堪えるだけで精一杯だった。




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