天衣無縫

西丘サキ

天衣無縫

終わりない苦慮に自律を保つため

睡眠薬の数をかぞえる


痛みや不安より消してほしいのは

消毒液の臭いなのです


いつからか囚われていた自死の声

剥がした歌と踊りと君と


紅いベゴニアのドレープに見て取る

フラメンコのダンサーのフレア


情熱のステップがただ規定でも

伏した吾には大きな一歩


不安定なわたしを留めたく

わたくしは〈女〉を引き受けるのです


うむことなく膿出す私の身体

種子を宿した窓辺のダリア


今もなお愛されるのは素晴らしい

頭でわかっているのだけれど


わたくしが今のかたちで意味を成す

疵痕はだを晒すに不足でしょうか


熱いハグ 肩越しに来る老いの香

アシスタントの冷たい視線


生を賭し、性を押し出すその企図も

写真家からは仕事のひとつ


ただの仕事でも写真家は君を

夢見た景色の海に連れてく


写真家の水平のない写真こそ

うつしとりたるわれの遍歴


遠巻きに眺むるほかにできなくて

ピントの合わぬ輪郭と疵痕


疼痛が落ち着いた日に疼き出す

患うわたしは恋に生かされ


君だけは浅い呼吸を目にした夜

心砕いて泣いてください


露のよに疼く痛みに生き急ぐ

雨に散りゆく桜の花弁


鳥や蝶ほど生を賭し恋できぬ

だから私は詠んで舞うのよ


春の日の薄桃色の血色と

入れ替わり去ぬわたしのいのち


水無月の君に抱かれ泣き暮れて

ついに吾知る天衣無縫を

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天衣無縫 西丘サキ @sakyn

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