42,懺悔



「お客様もいらっしゃったことだし、休憩にしよう」

「「「はーい‼」」」


 手を叩きながら牧師様が声をかけると、それまで作業していた子供たちの手が止まる。

 何をやっていたのだろうと小さな手を覗き込む前に、可愛らしい顔達が空に上がった。


「領主様、鬼ごっこしようぜ!」

「いやよ、おままごとがいい!」

「こらこら、領主様はお忙しい。無茶を言ってはいかん」

「いい、最近ここに来れなかったからな。全力で遊ぶ相手がいなくては子供達も張り合いがなかっただろう」


 そう言って仕立ての言い上着を脱ぐと、私に差し出した。持っていろということですね、合点承知です。


「お嬢さん、そこは暑いでしょう。ここで休憩してください」

「あ、ありがとうございます」


 牧師様に勧められるがまま、外に置いてある椅子に腰をかけた。

 セレンディッド様はというと、あっという間に少年達と遠くまで走って行ってしまった。


「お疲れでしょう。どうぞここにお掛けください」

「ありがとうございます」


 まだ足は疲れていないけれど、折角進めてくれた行為を無碍にするのはよろしくない。

 そばにあったペンチに誘導されると、ペルラは素直に腰を下ろした。


「まったく……。休憩という名の遊びになってしまいましたな。

 いやはや、子供の大量は底なし沼の様じゃ」

「私の住まう国でも似たような光景がありましたわ。

 子供は国の宝ですもの。元気は有り余るくらいがちょうどいいと、よく私の父も申しておりました」


 楽しそうに走り回る子供達に、過去の自分を重ねてしまう。

 なんの疑いもなく、ただ楽しい時間を噛み締める幸せ。自分も〝あの子〟といる時は、あぁやってはしゃいでいた気がする。


 牧師様から水の入ったコップを受け取ると、腰に軽い何かがぶつかった。


「なーなー! ペルラ姉ちゃんは明日なにすんのー?」

「わ、私?」


 その衝撃の正体はダニーだった。

 人前で咽るのも恥ずかしいので、どうやってこの水を胡麻化そうかと思っていたところにちょうどいいタイミングだ。


「ダニー、今年は随分と楽観的じゃのぉ。お前さん、明日の〝御役目〟を忘れていないだじゃろうな?」

「わ、忘れてないよ! 俺だけじゃないし、皆腹括ってるし!」

「そうか、なら明日は安心じゃ」

「それに明日上手にできたら、領主様が丸一日かくれんぼをして遊んでくれるって言ってたんだからな!」

「また領主様に無茶を言ったのじゃな……!」


 あら、これは初対面の私でもよくわかるわ。牧師様が怒ってらっしゃる。

 雷が落ちる前にダニー自身もマズいと感じ取ったようだ。

 子供特有の素早い逃げ足で、あっという間にセレンディッド様と他の子供達の輪の中へ戻って行ってしまった。


「セレンディッド様は皆に好かれているのですね」

「もちろんです。

 この孤児院では私の様な老いぼれが一人しかおらず、満足に子供たちと遊んでくれる相手すらいない。

 その代わりにああやって領主様が度々顔を出してくださっては子供たちの相手をしてくださっているのです」

「まさしく人格者ですわね……」


 この地上に上がってきてから何回目だろうか、海の中で引き籠ってばっかりの自分を恥じる。

 海に帰ったら、同じく上に立つものとして少しは自分のできることをしなければ……。彼はほんとに尊敬できる人間だ。


 風に吹きあげられた髪を撫でつけると、遠くで子供を抱き上げるセレンディッド様を見て王族である自分の役割を改めて覚悟した。


「……お嬢さんの髪はこの辺りではあまり見ない髪色ですな。最近この町に来たばかりですかな?」

「はい、出稼ぎで遠くの街から……と、人探しも兼ねております」

「それはそれは! 知らない地で稼ぐと言うのはなみならぬ覚悟ではありませんぞ。探し人はご家族かな?」

「いいえ、家族は別で元気にしております

 私が探しているのは友人なんです。ずっと昔に喧嘩別れしまった大切な友人で……」

「喧嘩別れですか。それはなんとも後味の悪い別れ方をしましたな」

「私、一言でもいいから謝りたくて」


 これが懺悔と言うやつなのかしら。

 でも人間の牧師様に喧嘩別れした内容まで言うわけにはいかない。このことを知っているのは私と〝あの子〟と、ドロシーくらいね。

 ……ということは、私にとっての牧師様がドロシー?


 目の前にある本職の神父様と、あほほんとしているドロシーを頭の中で並べてみる。

 ……あまりにもかけ離れているわ。


「人は一人として同じ人間はおりません。人の数だけ性格があり、考え方があります。喧嘩してしまうのは当然の事でしょう」

「そう、ですわね……。

 私が相手を傷つけてしまったんです。謝るだけで許してくれるのでしょうか」

「一度二人で腹を割って話し合うのが一番ですな。貴女の疑問は、きっと神にもわからぬことでしょう」


 人の数だけ考え方があるというのなら、確かに神様もどの考えの事かわからなくなりそうね。


「ここの街には様々な人間が訪ねてきます。きっと貴女の探し人も見つかることでしょう」

「そう言っていただけると本当にそんな気がしてきます。私、諦めずに頑張って探しますわ!」

「その前向きなお心は、きっと神にも届いておりますよ。

 そうだ、探し人なら領主様に相談されてはいかがかな? あの方も長年探していらっしゃる方がいるはずですぞ、きっとこの街を訪れたことのある人物はチェックされておられるはず」

「セレンディッド様も探し人を……?」


 初めて出てきた情報に、目を瞬かせた。

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