41,神聖な領域



「わあ……天井が高い……」

「ここは協会だ。牧師が孤児院を経営していて、さっきのダニーはその一人だ」

「協会は存じています。

 神に賛美と感謝を捧げ、また永遠の愛を誓う場所、ですよね?」

「大きく言えばそういう場所だ。この地域に住まう人達にとって憩いの場であり、心の支えともなっている場所だ」


 一歩踏み込むと、空気が変わった。

 静かで厳かで、けれど決して拒むことなく来る人を包み込む。


 協会は〝あの子〟が話してくれた中に出てきたことがある。

 中がどういう造りになっているのか、何をする場所なのかを教えてくれた。知識こそほんの少し持ち合わせているけれど、実際来てみると息を飲む。


「(海の中の神殿に似ているわ)」


 造りが、とかではなく、澄み渡ったような雰囲気に懐かしさを覚える。

 かつて海を守ったとされる海神が、乳白色の珊瑚で守られ祀られているのだ。コーラリウム国の人魚達は日々感謝と尊敬の念を忘れず、毎日礼拝を欠かさない者も少なくない。


 協会の中を数歩進むと、足下の光に立ち止まった。


「この光、色んな色が混ざっている……?」

「太陽の光がステンドグラスを通しているからそう見えるんだ」

「あれがステンドグラスですか?」


 セレンディッド様が見上げた先にあるのは、色のついた窓。

 小さなパネルがいくつか敷き詰められていて、女の人が赤子を抱いている絵になっていた。


「綺麗……」

「タイミングが合えば町の方でもステンドグラスが展示されるイベントがある。また一緒に行こう」

「お、お願いいたします!」


 セレンディッド様が講壇の横にある扉に手をかけた。

 さっきのダニーという少年はここから出入りしていたのだろう、完全に閉まってはいなかった。


「ここの扉が孤児院に繋がっている。少し騒がしいかもしれないが、皆優しい子ばかりだ。時折俺も顔出すようにしている」


 グッ……と扉を押し込むと、強い光が漏れだした。





「ほらァ‼ だから言ったろ、領主様がカノジョ連れてきたって‼」

「ちょっとダニー! 大声で失礼でしょ!」

「綺麗な人―!」

「ねえねえ領主様、どうやって出会ったの?」

「髪がピンクだー‼」




「……〝少し〟どころじゃなかったな」


 唖然とする私の横で、セレンディッド様は眉間を抑えた。


 扉を潜った先に現れたのは、海の中で擦り切れるほど読み込んだ絵本に出てくる、まるでおとぎ話に出てきそうな可愛い庭。庭の奥には、少し大きめの家がある。


 強い草の香りを胸いっぱいに吸い込むと、にぎやかな声が四方八方から飛んできたのだ。

 その声の正体はさっき走っていったダニーを始め、小さな少年少女達だった。


「まあ、元気ね。こんにちは、私はペルラよ」

「こんにちはー‼」

「ペルラお姉ちゃんね!」

「ねえねえ、ペルラお姉ちゃんは何処の国から来たの?」

「綺麗な目!」

「ありがとう、えっと私は遠い国から来て……」


 こ、これは……。


 コーラリウム国にいた頃を思い出す。

 私はほんのたまーにお忍びで城下に出かけるのだが、そのたびに何故か街の子どもたちに見つかってしまうのだ。

 お目当ての店に行って商品を取ってくるだけだというのに、尾鰭には必ず何処かしらの子どもがいたような気がする。

 かといって無邪気で可愛い存在を無下にすることもできず、なんやかんやでその子の親が迎えに来るまで一緒にいたという記憶がある。


 意外と私って子供達から人気があるのかしら……。


「こら、落ち着け。ペルラが困っているだろう」

「なんで領主様が嬉しそうなのー?」

「お前たちの思い込みだ。ほら、早く明日の準備に戻れ」

「「「はーい!」」」

「(素直な子達ね)」


 セレンディッド様の一声で、子供たちはあっという間に建物の中へ戻って行ってしまった。


「あの、先ほどから収穫祭? とか、明日の準備がとかおっしゃっていますが、なにかあるのですか?」

「道中に説明するつもりだったんだが、すっかり忘れていた」


 庭の奥にある、少し大きな建物へ私たちはゆっくり進む。

 その間も子供たちはこちらを何かと気にしている様子だったけれども、忙しそうに手元を動かしている。


「明日は豊穣を祝う、収穫祭が街で行われる。一年に一回あって、そこでは伝統を重んじながら各自出し物をしたり露店を出店するんだ」

「お祭り! 楽しそうですわね」

「収穫祭なんて謳っているが、歌って踊って一日を楽しく過ごそうとしている。たまにはそういう息抜きの日も大事だからな」


 海の中には無い文化だった。

 なるほど、確かに楽しいイベントがあれば皆もっと楽しく海の中で過ごせるのかもしれない。これは是非観察させてもらい、持ち帰るべき情報ではなかろうか。


 セレンディッド様が建物の扉の前まで行くと、先に扉が開いた。

 そこに立っていたのは、一人の老人だった。


「おお、セレンディッド様。ようこそおいで下さいました」

「今日は屋敷で保護している女性を連れてきたんだ。明日の収穫祭の手伝いを何かできるかと思ってな」

「これはこれは」


 あ、そういうこと⁉

 てっきりセレンディッド様がお散歩に行きたいから、そのついでに連れ出してもらったくらいだと思ってい。

 戦力としてカウントされているのなら、やるしかないわね……!


「ペルラ、こちらはこの教会を切り盛りしている牧師だ」

「ペルラと申します! 本日はよろしくお願いいたします!」

「ほっほっほ……。そんな固くならんでくださいな」


 牧師様の纏う空気が暖かい。

 子供達がなぜあんなに明るく素直なのか、納得した。

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