39,これが馬
「セレンディッド様、私はもう一人で歩けるようになってきたのですよ」
「そう言ってこの間一人でこけていたのはどこの誰だったか」
「見ていらっしゃったのですか⁉」
普通に恥ずかしい!
結局セレンディッド様のされるがままに部屋を出るはめになった。
「(最近セレンディッド様の前で歩いていないのは気のせいかしら)」
というか、廊下でもゆっくり歩いていると出くわすたびに抱えられている気がするのだ。
まるで歩かせないとでも言うかのように、こちらが声をかける前に宙へ浮いている。過保護もいいところだと思う。
特に反抗することなく(反抗しても結果は同じなので諦めているとも言える)連れてこられたのは、屋敷裏だった。
「またお散歩ですか?」
「今回はただの散歩じゃないぞ」
毎回散歩に出るたび色んな発見があるので、散歩は大好きだ。そのいつもの散歩を上回るとでも言うのだろうか。
すると、耳に聞きなれない声が入ってきた。
これは……!
「セレンディッド様! この鳴き声ってまさか!」
「ああ、そうだ」
私の予想だと……ああ、でもダメだ、もしも間違っていたら落胆どころでは済まない。しかしどうしても期待してしまう!
興奮して高鳴る胸を押さえている私は気づかなかった。
セレンディッドは内頬を噛んで、微かに震えていることに。
一歩、また一歩と進むと近づいてくるのは落ち着いた色合いの小屋だった。
ようやくセレンディッド様の足が止まる。
そこで私達を待ち受けていたのは、優しい目をした憧れてやまない生き物。
「あ……ああっ……!」
「どうだ?」
「やっぱり……!
ペガサス‼」
「ぶはっ‼」
セレンディッド様が噴出した。
「ぶっ……くくっ……‼ ペ、ペガサス……‼」
「そうです‼ 白く大きな巨体の四本足の生き物! 首が長く、鼻も長い! けれどもその大きな体とは別に目は優しげで、どんな生き物よりも綺麗な心で……! 親友から聞きましたもの、これはペガサスです!」
「そ、そうか……」
馬小屋で世話をしていた御者が驚いてこちらを見ている。申し訳ないけど、こっちはようやく間近で見ることが叶ったペガサスに夢中だ。
この子は何を食べるのだろう、生活環境を整えるのが難しそうだ。やはり希少価値が高い種族なのだろうか?
荒ぶる波のように押しせてくる疑問に頭が埋め尽くされる。
一つ一つ虱潰しに聞くしかないと、セレンディッド様を見上げたところで気が付いた。
ものすごく肩を震わせている。
「どうかされましたか⁉」
「い、いや、すまない。ペルラ、ペガサスというのは神話に出てくる生き物だ」
「え? じゃあこの子は……」
「たしかに特徴はあっているが、ペガサス特有の部分が無い。ペガサスは馬の見た目をしているが、その背中に翼を持って飛べるんだ」
「………………あ」
思い出した。
『ペルラ! 見て!』
『今日はどんな絵本なの?』
『伝説の生き物が書かれている図鑑だよ!』
そういってある星の綺麗な夜、〝あの子〟は私に一冊の本を差し出した。
そこには蛇の尻尾を持つ四足獣や燃える鳥、固い皮膚を持ち炎を吐く空飛ぶ獣……色んな種族が書かれていた。
海の中には伝承されていない伝説の生き物は、幼い私の想像を掻き立てるのに十分すぎるほどの刺激だった。
多種多様な生き物が描かれている中、私が一等気に入ったのがペガサス。
『この子かわいいわ! どうやったら会えるの?』
『うーん……この子に会うのはちょっと難しいかな。でもそっくりな子ならいるよ!』
『本当⁉』
『うん! 屋敷で飼育しているんだ、いつかペルラに会わせてあげたいなぁ』
〝あの子〟が持ってきてくれた図鑑に書かれていた子は白くて、この目の前に居るような子だった。
よく思い出してみれば、ペガサスとどう違うのかそこまで詳しく聞いていなかった。もっと詳しく聞いておけばよかったと後悔するも、後の祭りだ。
澄んだ目が私を真っ直ぐ写す。
「セレンディッド様、この子を撫でてもよろしいですか?」
「ああ、優しい子だ。撫でてやってくれ」
初めて対峙したのに、恐怖心はない。それはこの子の優しい目のおかげなのか、それともセレンディッド様がすぐ傍にいてくれるからなのか。
セレンディッド様の腕から地面に降ろされゆっくりと鼻先に手を持っていくと、「待ってました!」と言わんばかりこすりつけられた。
か、かわいい……!
「そいつは馬という動物だ。伝説のペガサスのモチーフになっている」
「綺麗な毛並み、それに人懐っこくてかわいくて……!」
「うちの厩務員が丹精込めて世話をしているからな。名前はアルだ」
「アル……とっても素敵な名前です」
セレンディッド様に名前を呼ばれると、アルが嬉しそうに一鳴きした。
「(〝あの子〟は、もしかしたらアルに会わそうとしてくれていたのかしら)」
見せてくれた図鑑にそっくりな白い姿を見て、懐かしさがこみ上げてくる。
当時この屋敷にいると教えてくれた馬の年齢はわからないが、もしアルのことだったのならこれは運命だろう。
「馬は二十年から三十年生きる。アルは十五歳だから、ペルラがその親友と話した年齢を考えるとアルのことだったかもしれないな」
「えっ……」
心を読まれたかと思った。
「そう……なんですか……そんなに長いこと……」
アルとしては私を待っていたつもりはないだろう。つい先ほどまで運命と思っていたが、ここで会えたのは必然だったのかもしれない。
ほんの少し、目頭が熱くなった。
「アルもリラックスしている。仲良くなれそうだな」
「はい、私もとっても嬉しいです! でもなんで私に会わせてくれたのですか?」
「この間おつかいの時に馬を見てはしゃいでいただろう? 触れ合ったこと無いのなら、ちょうど良い機会かと思ってな」
「そこから見ていらっしゃったんですか⁉」
「初めてのおつかいは保護者が見守るというのは世界の掟だ。
後ろ、失礼する」
「きゃあ⁉」
後ろって? 振り向く前に腰へセレンディッド様の腕が滑り込み、私の足はまた宙へ浮くこととなったのだ。
小脇に抱えられた状態は、まるで荷物のようだ。
もしかして投げ捨てられる⁉
そう思ったのは一瞬。
地面が遠くなった。
「よし、行くか」
「な、なんですか⁉」
「なにって、乗馬だ」
「乗馬⁉」
セレンディッド様は私を抱えたまま、なんとアルの上に飛び乗ったのだ。決して軽くないであろう、人一人を抱えて飛び乗るなんて……どんな腕力⁉
「ゆっくり進むが、慣れていないなら喋ると舌を噛むぞ」
「…………」
「素直だな」
そんなこと言われたら黙るしかないでしょう。
顔に触れるアルの毛がくすぐったい。くうっ……顔を埋めてみたいわ……。
「少し遠出をする」
「は。ダミアン様にはうまくごまかしておきます」
「毎度すまないな」
「(常習犯なのね)」
「今常習犯と思ったな?」
「な、なんでバレたのですか⁉」
「わかりやすすぎる」
なんだか海の中に居たときより、考えていることが外に出やすくなったような気がする。冷や汗をかいていると、後ろからセレンディッド様の腕が私のお腹に回った。
「それじゃあ、行くか」
「ちょ、ちょっ……!」
心の準備が‼ でも黙らないと舌を噛むし‼
ゆっくりと歩き出すアルの背中の上で、私は目を白黒させるしかなかった。
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