33,ハロー、ペガサス



「姫様ー‼」

「ふふっ……ドロシー、やっぱり来たわね」


 屋敷からまだ数歩しか歩いていないが、後ろにはセレンディッド様達の気配はない。

 それを見越してドロシーは舞い降りてきたのだろう。私の肩に泊まって

翼をはためかせた。

 心なしか彼女のテンションも上がっているように見える。


「本当に姫様が地上の街でお使いを‼ これは歴史的瞬間ですよ‼」

「見ていなさい、そして父上に報告しなさい、私の勇士を‼

 まあこの私にかかればおつかいなんて……あら? 綺麗な花が咲いているわ!」

「姫様! 早速寄り道しています!」

「そんな固いこと言わなくてもいいじゃない、見るだけよ! ほら、貴女も見てみなさい!」

「うっ……綺麗ですけどぉ……!」


 海の中に決して存在しない花。奥ゆかしく道の端に咲く一輪の花とて、宝石のように映るのだ。

 道の脇に逸れると、その健気に咲く花の前にしゃがみ込んで見つめる。


「セレンディッド様から頂いたバラには無い素朴さが愛おしいわね」

「これはなんていう花ですかね~……」

「さあ……。そうだわ、花の特徴を覚えておいて、帰ったらセレンディッド様に聞いてみましょう!」

「あ! それが一番確実ですね!」





「おいおい、嬢ちゃんが早速寄り道してるぞ。しかもなんか鳥を捕まえてねェか?」

「ふむ……どうやら花を観察しているようだな」

「かーっ! 花!」

「きっと屋敷に戻ってきたらなんの花か聞かれるだろうな。後で見ておくか」

「用意周到なことで……」





「本当に綺麗ね……。摘んで帰りたいけど、折角綺麗に咲いているんだもの、このままにしましょう」

「そうですね、帰りにもきっと見れますよ!」


 ほんの少し外に出ただけでこんなに素敵な物が見れるなんて! でも名残惜しいけれど、もうそろそろ行かないとね。


 重たい腰を上げ、帽子を片手で直した。

 そこで違和感を感じた。


「! 姫様!」

「何かしら……」


 何やら騒音が近づいてくる。心なしか地面も僅かに揺れているようだ。

 思わずドロシーをギュッと抱き込むと、急いで道から外れた。


「何かが街からやってきますよ!」

「何かしら……」


 まだ見えない音の正体に、不安がつのる。


 まるでとてつもなく大きなエネルギーの塊が迫ってくるようだ。


 目をこらして音のする方を睨むと――


「な、なんですかあれはぁ⁉」

「わからないわ‼ 何かの動物⁉」


 砂埃を巻き上げながら現れたのは、茶色く胴体がずっしりとした迫力のある巨体だった。

 四本足を器用に駆け、力強く大地を蹴り上げる。首が長く鼻も長い、大きな生き物。

  だがその大きな体躯とは裏腹に、目はどこか優しげだ。耳らしき物はピコン! と元気に空へ向かって立っている。

 そして尻の方には人魚の鰭よりもっと細いものがぶらさがっており、先はフサフサの毛がある。


 私達よりも遙かに大きな生き物が二頭、後ろに人間と大きな箱まで乗せて、セレンディッド様の屋敷まで力強く歩いて行ったのだ。


 思わず生唾を飲む。


「私、知ってるわ……」

「ひいいい……!でかいぃ……!

 あれはなんなんですかァ⁉」

「落ち着きなさい!


 あれはね……ペガサスっていうのよ!」




「ブフッ……グッ……ペ、ペガサス……‼ アッイタッ! なんで俺の脇腹を小突くんだよ‼」

「なんとなくだ」

「なんとなくで⁉」




「ペガサス⁉ 姫様はご存じなのですか⁉」

「ええ! 昔〝あの子〟がもってきた絵本に書いてあったわ! それにそっくりよ!」


 尊敬の眼差しを正面から浴びて、髪を風に靡かせた。

 まあ、絵本に書かれていたペガサスの背中には翼が生えていたんだけれど、似てるしきっとペガサスよ! もしくはペガサスの親戚ね! うん、そういうことにしておきましょう。


 それからもドロシーと一緒に花や街頭を見ながら、ゆっくり街へ降りていく。

 何回見ても心が安らぐ木に、一緒に踊りたくなるような蝶。そして頭上に輝く太陽の熱が私達の心を掻き立てる。


 ふいに強風が吹き、帽子が飛ばされそうになった。


「きゃっ……」

「わっと……! 街からの熱気がこっちまで来るようですね!」


 丘に立つと、思わず目を細めた。


 その先にあったのは、想像を絶する光景だった。



「凄い人……」


 今まで見たことないような数の人間。

 見たことのない色の服。

 聞いたことのない息づかい。

 みなぎる精力に舞い上がる砂埃。

 行き交う人々は太陽の光にも負けず、汗を流して働く。


 それらは全て海底にはない。熱だった。


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