31,使命
「……ということがありました」
「そうか、ならペルラにも新しいドレスを、」
「そこではないのです」
口の中に吸い込まれていくのは、ゼリーという食べ物だ。
氷菓も美味しいけれど、これも食べやすくて気に入っている。
セレンディッド様がスプーンで掬って私の口元に持ってくるというのも、もう毎回恒例だ。
喉越しの良いゼリーを味わいながら、今日あった出来事をかいつまんで話していたところだった。
一応サラ様のムカつく部分は伏せておく。だって横恋慕しようとしているのは本当だし、悪口を言うのも何だか違う気がしたのだ。
「本当にこの街では、人を介護するときに食べ物は手ずから与えるのが習わしなのですか?」
「そうだ。こうやって患者を膝に乗せて、口元にスプーンを運び、口元が汚れたら食べさせた者が責任を持って拭う。これが当然のことだ」
本当なのかしら……。でも領主様がそう言うのだから、きっと本当のことなのよね。
セレンディッド様に口元を拭われながら、あまり馴染のない文化をなんとか噛み砕く。
「それでなんだったか。サラがちょっかいを出してくるという話だったか」
「ちょっかいではありません。サラ様が言うことも一理あると思うのです」
私はサラ様に敵のこもった眼差しを向けられるような事を考えているのだ、しょうがないと割り切っているので甘んじて受け入れることにする。
しかし、どうしても引っかかることがある。
「こうして何も働かず、ただ置いていただいているだけでは心苦しいのです。どうか使用人として働かせてもらえないでしょうか?」
題して、足が動けるようになって屋敷にしがみつけ大作戦、だ。
だって! サラ様に宣言しちゃったし!
近々出て行くって、言っちゃったし!
でもそれだと困るのよ、籠絡対象と離れたら私の宝が海の泡になっちゃうじゃない。
ルネス様の仕事は面接前から落とされたのだし、ここで職に就けばサラ様も納得してくれると思うのよね。
今頃コーラリウム国にいる父上や、バードット夫人たちが聞いたら、一枚のハンカチでは間に合わないほど、感涙しただろう。可能であればぜひ聞かせてあげたい言葉だった。
我ながらよいアイデアだ、とドヤ顔で振り返る。が、そこにあったのは険しくなっても見目麗しいセレンディッド様の顔だ。
「ダメだ」
「どうしてですか⁉」
「……なんとなく」
「なんとなく⁉ そんな抽象的な理由は納得いきません!」
「ペルラは俺の客だ、ゆっくりするだけで十分仕事になっている」
「それ、本気でおっしゃられています?」
実家で囓っていたのは血の繋がった父親の脛だったから、まだ精神的に許される……いや、許されなかったけど。
とにかく! 人様の脛にかじりつくというのは心苦しいのだ。
「どうかお願いします! 簡単お手伝いだけでも!」
「ふむ……簡単な手伝いか」
綺麗に食べ終わったゼリーの皿をテーブルに置くと、セレンディッド様は少し何かを考え込みながら私の髪を梳く。
「少し歩けるようになったんだったか」
「はい!」
それはもう! と、自信を持って力強く肯定した。
「ならば買い物を頼めるか、明日市場に頼んでいたものが届く。引き取りに行ってきてくれ」
「承知いたしました!」
早速この足を使っての労働ね! 腕が、いえ足が鳴るわ!
セレンディッド様のお役に立てるというのも嬉しいけれど、なによりこの目で街並みを見れるというのが楽しみだ。
あ、今ならこのノリで歌えるかしら。
「そうだ、先ほど外国から珍しい果物が入ってきた。持ってくるからここで待っていてくれ」
「楽しみですわ!」
手伝いをするなら脛齧りでもなんでもない。
次サラ様に会ったときは、堂々とお手伝いをしていますと言ってやろう。
セレンディッド様が扉を閉めると同時に、ベッドへ背中から沈んだ。
「姫様ァ‼ すごくいい感じじゃないですか‼」
「見てたでしょ? 私はもうすぐ偉業を成し遂げるのよ」
どうやらドロシーは窓辺で私達の頼取りを見ていたようだ。
タイミングを見計らって入ってくるなり、私の枕元で賞賛を叫ぶ。
「おつかいっていうことは、街に出るってことですよね⁉ 人間の街を闊歩する人魚なんて、もしかしたら姫様が第一号なんじゃないですか⁉」
「ふっ……。やはり私は教科書に名前を刻むようね……」
「もう偉人ですよ! それにもしかしたら、歌えなくてもサラ様から領主様を奪えるんじゃないですか⁉」
「それは無理よ」
興奮が冷めない海鳥の頭を撫でる。案外ふわふわして気持ちいいのよね。
「なんでですか?」
「セレンディッド様とサラ様は攻略結婚なの。目的は私と似たような物よ、政が絡んでいるならおいそれと婚約破棄なんて出来ないわ」
「そんなあ……。だって、あーんまでしてもらってるじゃないですか!」
「なにそれ」
聞くと、それはドロシーが海の国にいる間にはまっていた恋愛小説に出てくる愛情表現の一つらしい。
地上の男女は気持ちを伝え合い、結ばれると食べ物を手ずから与えて愛を確かめるそうだ。
けどねドロシー、現実を見るべきだわ。
「それは所詮小説の話でしょう。それにこの食べ方は、この街では病人や怪我人を介護する時にするのよ」
「(絶対それ嘘なんですよねぇ……)」
「別にセレンディッド様の気持ちは、どっちかというと同情に近いと思うわ。
請えば愛妾くらいいけるかもしれないけれど、それはコーラリウム国が許さないんでしょう? なら早く〝あの子〟を見つけないといけないわね」
「姫様……」
祝福の歌を歌ってやれば、一発で自分の虜になる。
たとえそこにお互いの気持ちがなくとも、主従関係は成り立つのだ。
「(そうよ、私がやらなきゃいけないの)」
あの海の底に太陽の光を届けるために、宝をこの手に抱くために。罪悪感を捨てなければいけないのだ。
「とりあえず私は大王様に定期報告行ってきますね! ちゃんと順調って言ってきますから!
あ、姫様がおつかいに行くということも報告しておきますので!」
「いつも悪いわね。お願いするわ」
ついでに自分だけでも人魚の姿に戻して貰うようお願いすれば良いのに。
それをしない信頼の置ける従者を、部屋の中から見送った。
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