Chunk2 虹も雑れば黒一色
2032年ともなると拡張現実と仮想現実の同期など当たり前で、双機能を内包した国産のアプリもリリースされ、総じてVRと呼ばれている。人とは他人の成果は待てないもので、当初その存在に懐疑的な意見も多かったデジタル庁も文科省と掛け合い、教育の多様化を実現していた。私の時代にあったなら、もちろんこの駆け込み寺を利用したに違いない。
レンズ内に確認できる数件の通知は、思考を切り替えるには十分だった。右フレームを2度叩くと新着順に表示される。プラットフォームの規約変更・ニュースメール・実仮兼用アパレルのトレンド紹介・・・内容はお知らせばかりのつまらない物ばかり。通知の中にリカからのメッセージもあった。宙に指を上げタップする。
06/06
18:52「Uzumeちゃんの配信、楽しみ〜。」
19:07「どっちのデザインがいいかな?」
どうやら彼女はアバター用の服装を悩んでいるようだ。今日は19:30まで仕事だと伝えていたはずだが、メッセージの連投など彼女らしい限りだ。あの生徒との会話で、普段は開けない机の引き出しに手が伸びる。まさか無くなってはいまいかと恐る恐る取手を引くと、懐かしさを覚える当時は最新モデルだったはずの画面の割れたスマホがそこにはある。なんと無く充電をして中身を見ようと思い立った。何かが思い出せる気がして、左手は自ずとペンダントに触れている。
グラデが映し出す時刻は19:36。配信まではあと20分強と言ったところ。彼女はもう入っているだろう。帰宅時間も移動時間も化粧なども必要ないとはIT様々だ。何の気なしに開いたニュースメールは宇宙ゴミ回収作業の取り敢えずの成功を讃えていた。
企業が虹色のエンブレムをアピールし出したのは私が中学の頃からだったろう。持続可能な開発目標を国際的に掲げ、野外ライブ会場を活動の場にしていた有名アーティスト達も電飾や火薬の使用を自粛し、現実では真似できない派手な演出ができるとあってこぞって仮想空間に流れ込んだ。独創的で実物と見紛うほどのそのクオリティは技術の発展が成せる技だろう。実物の会場ってのも気になるが動画配信サイトでしか見たことがない。淘汰されてもう久しい。私の意識やら生活やらを変えたところで微塵も影響などない世界の移ろい。勝手に世界は変わって行く。
仮想空間でのライブ会場は、ほぼ無限に収容でき席順などある訳がなく、アピアランスはユーザー差がない。料金も一律、故に平等。収容に限りがないのだから前世代よりもチケットは割安ともすれば、人気アーティストのチケットは飛ぶように売れる。なるほど民主主義、人気主義の致すところだなとつくづく思う。
知識の開示で正しい知識を簡単に取得できる世の中になり、それが本物であるかの目利きがこの開かれた世界では個人にとって新たな必須スキルであるが、本物は得てしてインフルエンサーとなり、それを中心としてコミュニティが作られた。産業革命以降、領土と市場を欲しては地に満ちる為に広く遠くへと目指した人類も新たな大地をこの無限の仮想世界か宇宙移民の二つに可能性を見出したのだろう。
この半年、Uzumeも徐々に人気が出始めてきた。衣装は曲調により様々だがその瞳の中心は白く凛々しい様相のキャラデザは、デジタルあってのものだと思う。私は入場コードを打ち込むとグラデにはライブ会場が映し出された。参加者一覧に参照かけるとリカのアイコンを見つけた。
「やっと来た。」
彼女とのリンクは良好なようで何より、音声のラグもハウることもなく機器の不具合はなさそうだ。彼女はやはりアバターの服装を新調している。レトロ調に仕上げたブラウンのワンピースとワインレッドのキャプリーヌは清楚な感じで男ウケも良いだろう。
「大正ロマンって感じだね。」
そんな感想を伝える。まぁ私へのお示しはシミュレーションであって、概ね彼氏に見せるのが本チャンかはたまた今夜のイベント後のためなのか、取り敢えず反応は実に明るい。
「そっちはいつも変わらないね。プレセットも何種類かあるんだから、色くらい変えたらいいのに。設定教えようか?」
「いっつもそれ言うよね。ネットに潜ればやり方なんてわかるし、個人アカなんてデフォでいいよ。仕事では別アカ使ってるし。」
写メで自動生成されたデフォルトのアバター。いつも通りの装いと他意もなく他愛もない日常会話。今日もいつも通りASM(自動観客)の設定をオンにする。さしずめロープレのNPCのようなこのシステムは、ランダムに入場者と紐付けされ、一人で楽しみたい者も大人数で盛り上がりたい者も双方の需要を満足させ、相互フォローできる仕様は新な人間関係の構築にも一役買っている。
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