第4話
翌日、電車を降りて山井は河野との待ち合わせ場所に向かっていた。
駅から少し離れた場所にある噴水。まさにデートの待ち合わせといった選定は河野からの提案だった。彼女も意識しているのだろうかという考えをなんとか押し殺す。
天気も良く、街には家族やカップル、学生が楽しげに各々の時間を過ごしていた。自然に山井の胸も高鳴ってしまう。
「あ、山井さん、見つけました~!」
山井の名を呼ぶ声の主は井口だった。改札横の柱からスーツ姿で走り寄ってくるのを見て、冷汗がどっと吹き出すのを感じた。
「お?ばっちりおしゃれしてますね~、素敵です。きっと河野ちゃんも気に入ってくれますね!」
「待ち伏せしていたんですか?…昨日も言いましたけど、エンディングの話はよしてください。あなたも知っているでしょう?今日は大事な日なんです。」
「はい、知ってますよ~。でも仕事なんで、そういうわけには行かないんです。私にも大事な話があるので、許してくださいね♪」
狐だかイタチだかを思わせるような井口のしぐさや声が、やはり気に食わない。
井口をまこうと早足で噴水を目指す山井だが、赤信号につかまってしまった。
「…まぁ、待ち合わせ場所に着くまでは話を聞きます。だからすぐ済ませてくださいね。」
「お聞きしてくれるようで何よりです!むぅ?山井さん、もしかしてあそこにいる子、河野ちゃんじゃないですか?」
井口が指さしたほうを見ると、信号の先の噴水の前に、涼しげなシャツにゆったりとしたロングスカートを合わせたファッションの河野がスマホを見ながら髪を整えているのが見えた。
「かっわいいですねー!めちゃくちゃ張り切ってるじゃないですか!あれはたぶん本気コーデですよ本気コーデ!良かったですね!」
確かに可愛い。心臓が弾むように鼓動する。
「あ、山井さん見てください」
向かいで信号を待つ女性を指さす井口。
「あの人もエンディングプランを利用しているんですよ。」
思わず山井の眉がぴくりと動く。
「…そうですか」
「その隣の若い男性も、おばあちゃんも、山井さんと同じようにエンディングプランを利用してるんです。イケメンに殺されたいーとか、異世界転生したいーとか、たくさんの人に看取られたいーとか。私は担当じゃないんですけど、異世界転生ってどうするんですかね?」
「何が言いたいんです?そんなことを俺に言ってどうするんです!」
「こんなふつーうの街中にも素敵なエンディングプランを思い描く人がたくさんいるってことをお伝えしたかっただけですよ♪あー、でもそこの子はさすがに利用してませんけどねー。」
井口は隣でランドセルを背負った女児を指さす。
「まだほんの小学生です。当たり前でしょう?…さすがに不謹慎ですよ?」
「あっちの人とその人と、それと…あの人ですかね。」
無遠慮に次々と町の人を指さしたあと、最後に車道の遠くから走ってくるトラックを指さす。
「あの運転手さんも利用してるんです。死刑になりたいらしいですよ。お客さんですから否定はしませんけど、ちょっとユニークなプランですよね。…さて、私は向こうには用事がないので、ここでさよならですね。」
歩行者用信号が青になり、横断歩道のメロディが流れ出す。
瞬間、隣の女子小学生が誰かの名前を呼びながら走り出した。彼女の目線の先、噴水の手前に、見知った女性が手を振って立っている。
トラックは赤信号になってもスピードを落とさず、むしろアクセルを踏み込んでさえいるようだった。
「なんで」
迫りくるトラックに気づいた少女。ランドセルの横にかけられた給食袋の名前が、山井の目に飛び込む。
『新田かれん』
昼前のあたたかな日差しで覆われた平和な日常は、人々の叫び声によって切り裂かれた。
ヒーローの誕生と死が、同時に訪れたのだった。
「ご利用ありがとうございました。」
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