第7話 結城かなみの憂鬱
朝はいつか来る。明けない夜はない。そう考えるとなんだかすごーく素敵な気がするのだけれど、現実の私は朝が来て欲しくない。5月15日。あの日以来クラスの雰囲気は最悪だ。
これは目先の欲に駆られた罰かもしれない。そう思わずにはいられない。
私、結城かなみの自慢出来る事と言えば、少しばかり勉強が出来ること、そして物事に真面目に取り組むところ。それが私の長所であり、誇れるところだと自負している。
逆に言えばそれ以外はとても自信がない。クラスのみんなを纏めるとかどちらかと言えば苦手な部類で、新入生代表の答辞だって入学前に入試トップの人間がやるのが慣例だから。と言われて断れずに仕方なくやっただけなのだ。
それが何を血迷ったのか、学級委員を自ら立候補してやるんなんて。今思い返しても後悔しかない。
そしたらなんであの時手を挙げたのか、と問われれば、恋はエクスプロージョンだと言うしか答えはない。
そう、爆発なのだ。
私の中で何か爆発したのだ。きっかけなんて些細な事で、入学式のあの日、お手洗いを済ませて廊下に出た時、ポケットに入れたはずのハンカチがするりと落ちた。
私は全然気づかずにそのまま行こうとした時、後ろから彼が声をかけてきた。「あの、ハンカチ。」そう言った彼は176センチくらいの背丈を感じさせないくらい良い意味で存在感がマイルドで、言葉自体も素っ気な感じだったけど、彼の顔を見た時に何かが弾けたのだ。
ポン!
って感じではなく、
バゴン!
という感じだ。
うん、それが正しい表現な気がする。
犬顔と言うのだろうか。どこか撫でたくなる愛嬌を持った彼の顔は正直タイプだった。顔で人を選ぶなんて。と学歴と年収で結婚相手を選んだ母からは怒られてしまいそうだけど、それでも良いのだ。
これは恋。
別に結婚とかそう言うことじゃないんだし、高校生活でこれくらいのご褒美というか、楽しみがあっても罰はあたらないだろうとそう思っていた。彼目当てに学級委員に立候補し、案の定彼も学級委員になった。
初めて好きな人と帰る通学路。彼はどこか上の空という感じだったけど、そんなことは気にならないくらい嬉しかった。隣を歩く中で何かの拍子で彼の手の甲に軽く触れただけ、ただそれだけでも鼓動が早くなるのが分かった。
となると彼の手が余計に気になる。彼の手はゴツゴツとした男性の手というような感じではなく、むしろ繊細な手で、細く長く伸びた指は優しそうな人柄を表しているような気がした。会話は本当に他愛もない会話で、中学時代の部活の話をしていた気がする。私自身男性と二人で帰るなんてことは初めてだったし、極度の緊張から会話も上手く出来ていた気がしない。それでもこうやって彼と話す口実が出来たことは私の中でささやかな幸せだったのだ。
翻って今日。小さな幸せはどこかに行き、殺伐とした空気が支配する教室。
昨日の弓木さんと本村さんとの事件で、体育祭を真面目にやろうとするグループとやる気のないグループにクラスは二分しわざわざ喧嘩するくらいならテキトーに終わらせてしまおう。
そんな雰囲気が流れ始めていた。僥倖と言えるのはやる気のないグループはグループと言えるほど団結はしておらず、それぞれがサボタージュを決めているような感じだったことだ。それに一縷の望みをかけたのは体育委員の松田さんと佐伯君だ。
元々なんとか体育祭を乗り切ろうと画策していた二人に、私もどうにか力になれないかと進藤君を無理矢理巻き込んで全体練習を企画したりはしたのだけど、それも上手くいくどころか決定的な亀裂を生んでしまった。
それでもなおどうにかしようとする二人には本当に頭が下がる。私も微力ながら協力しようとまずは攻略しやすそうな運動部の男子から声かけを始めた。佐伯君の提案で、女子から頼まれれば男子は無碍に出来ないだろうというなんとも巧みな戦略で、陸上部の3人、バレー部の2人は部活の先輩に許可を得られれば。という条件付きだが、なんとか次回の全体練習には参加してくれると約束してくれた。
しかし残りの生徒達が問題だった。1年2組は帰宅部の生徒が8人と他のクラスと比べても多く、帰宅部になった理由も塾があるからとかバイトが忙しいとか、とかく融通が利かない人ばかりで全員ににべもなく断られた。
放課後それぞれの交渉結果を報告する為に1年2組の教室に集まった松田さん、佐伯君、私、進藤君だったが、結果は聞くまでもない内容だった。
「女子ソフトテニス部は無理だった‥三人ともにインターハイ予選に向けてメンバー選考の時期だからクラスの練習には参加出来ないって。加えて言うと、村本さんが怖いから行きたくない。だそうだ。」
「はぁ。分かってはいたが‥そもそも女子テニの三人とダンス部の三人は距離感あるんだわ。そこにきて断る口実もあるんじゃ無理に誘えん。」
すっかり落ち込む体育委員の二人にどう声をかけるべきか。私がもっと人望が厚くて人を励ますのが上手ならと今以上に思ったことはない。
「あああ!万策尽きた!!」
悲鳴の様な声をあげて頭を抱える佐伯君を松田さんが背中をさする。
「いやあ、我々は頑張ったよ。進藤、結城さんもありがとう!本来なら体育祭は体育委員が中心になってクラスを纏める役目だが、本当に手伝ってくれてありがとう!感謝だ!」
「松田さん‥。」
私自身八方塞がりな感じはしていた。
そもそもこのクラスには行事に対する熱が低い。その原因は鞍馬先生がやる気がないとか、クラスメイト同士の仲が良くないとか、原因は複数あるのだけれど、こんな時にクラスを纏めるリーダー的存在がいないことが一番の原因な気がしていた。
私のリーダーシップは論外だし、かと言って進藤君は優しいけれど、リーダーって感じはあんまりしない。忠犬ハチ公的なマスコット的な位置が一番似合うと私個人の感想ではあるのだけれど。クラスで適格がありそうなのはサッカー部の柊君だろうか。
彼は男子の仲でも人気があり、女子人気は言わずもがなだ。しかし諸刃の剣ではある。一時期弓木さんと付き合っているのではないかとの噂が流れて、それが原因で村本さん達と弓木さんの確執が生まれたと言っても過言ではないのだ。それを今、私達の陣営に引っ張り込んで事態が悪化したら目も当てられない。それを分かっているのは私だけではないだろう。
「あのさ、昨日の事件の根本的な原因ってさ。なんだと思う?」
今まで黙り込んでいた進藤君が腕を組んで話す。私が巻き込んだのもあって体育祭について消極的な印象すらあった進藤君が話すのは意外だった。
「え‥それは弓木さんが全体練習に参加しなかったことに、村本さん達が怒った。ってことじゃないの?」
「いや、それは最後のきっかけに過ぎないんだと思うだよね。昨日さ、弓木が村本を平手打ちした後に屋上で話したんだよ。弓木が言うには柊と弓木が付き合ってるって噂を村本が流して、それに嫉妬して弓木を孤立させようとした。って言ってたんだ。その事もあって頭にきてた弓木は村本に結果として平手打ちした。でもそれっておかしくないか?普通好きな相手が誰かと付き合ってる。なんて信じたくないだろ。それをわざわざ噂流して孤立させる。なんてやり方が変っていうか不自然なんだ。」
「確かにな。そもそもその噂も4月の中旬くらいにはあったもんな。柊と弓木は中学も別だろ?いきなり付き合ってるなんて変な話だよなー。」
首を傾げては佐伯君は口を尖らせて天を見上げる。
「それを言ったらそもそもその噂を流したのって誰なんだろうな。私は他のクラスの女子から弓木さんが綺麗だよねーっ話から実は柊君と付き合ってるらしいよ。って話は聞いたが、村本さんがそんなの話してるのとんと聞いた事がない。」
それはその通りなのだ。私も吹奏楽部の友達から噂を聞いた程度で、クラスの女子が噂を広めた。という確固たる事実はない。それだけに噂の所在がどこにあるのか分からないというのが本音だ。
「多分さ、弓木と村本との間に大きな誤解がある気がするんだよね。それを解かない限りこのクラスの雰囲気はよくならない気がするんだ。まあ加えて言えば、クラスが平常になってから誰がやる気に火をつけるか。なんだけど‥。」
「進藤。俺はお前を誤解していたかもしれない。」
「え?」
「進藤は人と無難に付き合うけど、深入りはしないタイプだと思ってた。けどそんなにちゃんと考えていたなんて‥さすが学級委員!!俺はめっちゃ感動した!!」
そう言うとハグしようとする佐伯君を嫌そうに拒否する進藤君を見ていたら、案外進藤君も頼りになるのかなと、嬉しい気持ちになっている私がいた。
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