深い夜に思う貴方へ

遺産

君を思い出にしたくなくて

半袖の人が点々と増えてきた頃

君と出会う

ジメジメした水無月に殺されていた私。

それを乾かしに来てくれたあなた。


君との距離が近づくにつれてちょっとずつジメジメを感じなくなっていった。


君に会う為に高速バスに揺られた。

片道8時間、正直長かった。

だけど君に逢えるなら、君に触れられるなら、って我慢した。

長い8時間に揺らされるのを耐えて待ち合わせ場所に向かう

久しぶりだねって目を合わせて言う君の声に一安心して

少し言葉を交わし、ホテルに行く。


肌と肌が触れ合いお互いに求め合って心臓が高くなる。

そして君と繋がる。

愛を分け合うたびに私の中の枯れた花がだんだん元に戻って咲いていくのを感じていた。

お揃いのバスローブを着て夕焼けに照らされ喋る君は儚く消えてしまいそうで怖かった。

だから目に焼き付けた。そして写真にも遺した。


二人重なる夜は刹那的だと馬鹿な私は気にも止めなかった。


二人ともお金は持ち合わせてなかった

せいぜいホテル代とご飯代ぐらい。

それでもお互い会いたいねってよく話してた。

決して遠くには行かずにホテルの周りをぶらぶらしたりコンビニへ行ったりした。

そんなわざわざ片道八時間揺られて行くところでするようなことでは無かった。

でも私はそれに大きな幸せを感じていた。


空が蒼に染まっていて眩しいねって見上げて笑い合ったり

見えない空気がジメジメしているから体がベタベタするねって一緒にシャワーを浴びたり

道端に咲いてる薔薇を見て美女と野獣みたいだねって子供染みた話をしたり

それは夢のようで、ある筈も無い永遠を二人で感じる事が出来た。


ふと思い出した君が何気に言った一言に、些細な行動に、胸を刺される。

君はもうとっくの前に忘れているだろうけど私の脳には刻まれていた。


一緒に過ごす空が暗い夜も

目を擦りながら眠いねって言葉を交わす朝も

容赦なくそれは深く刺してきて、君の顔を見れなかった。

君を見るとその先の終わりが見えてしまいそうで、黒い絶望を感じてしまいそうで、見たくなかった。

それでもどうしても見えちゃうから見て見ぬふりをする


やさしい君はいつも受け身で、それが愛おしくて仕方がなかった。

だけどそれは時に刃物に、時に花束に、変わっていく。


わたしが吸うメビウスを吸いたがるハイライトの君

不味い顔をしながら一口吸ってありがとうねって言う君。

煙越しに見る君はなんとなく遠く存在にみえてしまって

空に消えていく煙が2人みたいで勝手に虚無を感じた。

君と一緒に吸うタバコはそこらのフレンチよりも美味しく感じる。

A型の君は少し灰が舞うとすぐにティッシュを持ってきて掃除する。その仕草が大好きだった。


初夏の夜の風がまた傷を抉る。

離れないで、行かないで、と縋る気持ちを隠したいから目を閉じた。

目が覚めたら私は君を抱き枕にしていた。

それを君は

体温を持った生き物が離してくれなかった

と言う。

表現の仕方や考え方、感性、生き方全てがほかの人と少し違う君になにかそれは凄く特別なものを感じてしまって大切にしたいと思った。


音楽を作る君は何よりも私よりも音楽を優先していた。

私はそれを了承した上で付き合っていた。

だから私を二の次にしていても何も言わなかった。

何も言いたくなかった。

音楽をしている君が好きだったから。

音楽に満たされている君が好きだったから。


だけど君は人と付き合うと少し冷めるらしい。

少し前にボソッと呟いていたけど気にして居なかった

私のことを本気で好きで居てくれて要るという根拠のない自信があったから。

でも、呟いていた理由で別れを告げられた。

それに加えて私は君の音楽に対してのマインドを壊していたらしい。

意味がわからなくて頭が空白になる。

あの楽しかった日々は虚像だったのか、あるかどうかも分からない不安に頭を犯される。

呆気なく終わった幸せに泣き叫ぶ。


もう子供じゃない。

君とは関係は切りたくなかった。

いつもは、今までは切っていた。

だけど君の場合はなにか違った。

曖昧でも、都合が良くても、名前がつけれない関係性でも

それでもいいからどうしても繋がりを保ちたい。


君は来る者拒まず、去るもの追わずな人間。

私の事を離そうとも無理に近づけようともしなかった。

苦しかったけど離れたくなかった。

離れたら幸せになれるって周りは口合わせて言うけど

そんなはずは無いと根拠もない自信を持ち合わせていた。


もう会えないことも知ってる。

苦しい8時間に揺られることももう無いことも知っていた。

君は私との想い出をどう思うの?

って聞きたい気持ちを抑えて自分から連絡しなかった。

君が居なくなって空っぽになった私をこの世界は容赦なく潰すけど

幾らそんな酷い事をされても私は根を張って耐えた。


機能不全家族で育った私は家族以外の場所に愛を求めてしまう。

その矛先が君になったのが悪かった。

空っぽの瓶を甘いキャラメルで満たしてくれる君が居なくなる。

だけど生きていかないといけない。

そんな簡単に死ぬわけにはいかない。


正直、早く死にたかった。

誰かのせいで死ぬのは情けないから

遺書に貴方の名前を書きたく無いから

いつの日か貴方とまた幸せになれる希望を捨てたく無いから

私は私を見失うのが嫌だったから

自分を殺して死ぬ気で生きた。


綺麗な思い出が眩しかった。

そのおかげで今、君がいなくなって余計に闇を感じる。


きっと貴方はなんとも思っていないのだろう。

それが悔しい。だけど負けない。

そんな強いようで弱い気持ちを抱えながら今日も明日も明後日も生き続ける。


どうか私以外の人には、大好きな人と幸せになってほしいと願う。




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