第7話 清少納言の屋敷に続く裏山
木から木へ音もなく何かが飛び移る。
時折ハラリと木の葉が落ちるくらいで、ほぼ無音だ。
そして木立の間には、六体かの人型をした木人が立てられていた。
カッ カッ カッ カッ
突然、その木人に鋼の長針が生える。
いや、木に鋼の針が生える訳はない。
どこからともなく飛来した長針が木人に突き刺さったのだ。
六体の人型の全てに、額・喉・心臓の位置に長針が突き刺さっている。
少し離れた所に等身大の藁人形があった。
その藁人形が急に宙に浮く。
よく見ると藁人形の首の部分に細い鋼線が巻き付けられていた。
藁人形が五メートルほど浮き上がっただろうか。
交差するように飛来する黒い影。
藁人形が首の部分で切断され、胴体部分がドサリと地上に落ちた。
ほぼ同時に黒装束の人物が立ちあがる。
先ほどの黒い影の正体だ。
頭部と顔の下半分を覆っていた頭巾を外す。
中から現れたのは美しい女の顔だった。
「今日はやけに精が出ますね。清少納言様」
近くにいた、いかにも普通の農家の娘といった装いの女がそう言った。
彼女もいつ現れたのか、そして農家の娘と言うには目つきが鋭すぎた。
「ちょっとイラつく事があったものでね」
清少納言はまだ苛立ちが収まらない様子でそう答える。
「『静かなる冥土姫』と呼ばれる清少納言様らしくもない」
そう、清少納言こと清原諾子は暗殺者だった。
彼女の家系・清原家は代々朝廷の命令に応じて邪魔な人間を抹殺する暗殺者の一族なのだ。
「その者、風清らかにして静かに原に立つのみ」と帝が呼んだ事から『清原』という姓が与えられたと言う。
そして『清は静に通じる』とも言われ、彼女自身も『静少納言』とも呼ばれた。
実際、清少納言は清原一族の中でも別格の腕前を持っていた。
猫のようにしなやかな身体と夜目が聞く事で、暗闇の中で音もなく動けるのだ。
さらに代々培ってきた一族の血がなせる技か、彼女は特異体質で常人の二倍のスピードで動く事が出来た。
彼女がその気になれば、対象の人物は自分が殺された事にも気づかずに絶命するだろう。
「イラつく事と言うのは、やはり紫式部様の事で?」
農家風の娘・水戸が尋ねる。
彼女は清原一族に代々使える一族の娘だ。
「そうよ、あの色黒の醜女。ちょっと書いた物が女官たちに人気だからって調子に乗って! な~にが『源氏物語』よ! 今は藤原の天下でしょ!」
そう言って彼女が手にしていたのは……先端部分が茶色く塗られた三本の鋼の長針だ。
いつのまに手にしたのか?
一瞬にして長針が現れたとしか思えない。
「あんな女、この私がその気になれば……」
そう言いながら清少納言は左手を鋭く振った。
「カッ!」
近くにあった大木の上の方から鋭い鳴き声がしたかと思うと、三羽のカラスが落ちて来る。
そのどれもが胸の部分を鋼の長針が刺し貫いている。
なんと恐るべき技か!
清少納言は顔を標的に向ける事もなく、左手の一振りで三本の長針を飛ばし、大木の梢にいた三羽のカラスの胸を正確に射貫いたのだ。
それを見た水戸が呟く。
「三羽のカラスを同時一瞬で殺すとは。清少納言様は毒の調合の腕も、超一流でございますね」
「当然よ。我が一族に伝わる毒性の強い附子(トリカブト)を元に、様々な毒物を練り上げて作った私自慢の毒だもの。カラスごとき一瞬だわ」
清少納言は頭部を覆っていた頭巾も取り去る。
長く美しい黒髪が艶やかに踊った。
そう、彼女の清原一族は体術や武器以外に、様々な毒を用いる暗殺技術も持っていたのだ。
中でも清少納言はその抜群の頭脳から、日本だけではなく大陸の文献からも知識を得て、様々な毒に精通していた。
「紫式部ごとき……」
どこからか紫色の花びらが風に吹かれて飛んで来た。
「ヤッ!」
清少納言が鋭い掛け声と共に、右手を振るった。
すると鋼の長針が紫の花びらを貫き、その背後にあった藁人形に突き刺される。
清少納言は右手には何も持っていなかったはずなのに……
と、見るまに花びらは腐れ落ちていった。
「私がその気になれば、すぐにこうなる運命よ!」
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今回のウソ設定
※1,清少納言が清原家の出であるという事以外、全てウソです。
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