遺伝格差
ボウガ
第1話
科学がいくら進歩しても、経済格差、能力と報酬の格差は、難しい領域だった。生まれも違えば、能力も違うし、才能にも差がある。そこでもっとも危ない議論がその事件の半世紀ほど前に繰り広げられた。それは“遺伝子”における格差である。親の能力をある程度引き継いでしまう以上、努力でどうにもならない格差が生まれる事もあるのではないか。それを最低限修正し、補正した一定スコアを定めて“デザイン”すべきだという議論だ。
実験的に“ある人々のある遺伝子”が調整されることになった。それも、地球ではなく月の実験場で“ある人々”つまり、人間のクローンを使って実験が行われたのだった。
その遺伝子とは、“芸術の遺伝子”だった。遺伝子を調整して、あらかじめ一定の定められた芸術スコアを付与する。そのクローンの人々をある隔離された施設で育てて観察する。スコアの調整も、大いに議論された。そのスコアが大したものでなければ、人々は困る事はないだろう。そう、その辺の絵のうまい人間の程度に調整する。そうすれば、有名画家などになって生きることもできないのだから、格差はうまれないし問題は生まれない“ハズ”だった。
だが彼らが成人になる頃そして月で一定の社会を築いたとき問題が起きた。彼らは芸術に対する興味を失っていたのだ。いや、自分たちの絵を生産したり趣味として続ける事はあったが、つまり“芸術”を消費しないのだ。
どういう事か、実験施設の管理員の一人が彼らに尋ねた。すると彼らはあっけらかんとして答えた。
「私たちは、自分たちが一定程度優れた芸術の能力を持ち、またその限界もしっていて、かつ同胞もそうだとわかっています、期待もないが、絶望もありません、地球からいくらかの優れた芸術が持ち込まれたが、我々には神の領域です、我らのスコアは同等ですから同じ結果がでるのですから、競ってもしょうがないし、同胞のつくった同じレベルの作品をみていも、刺激のひとつもありはしない、かつ我々は我々の創作について目が肥えています、我々の一部には“神の創作”さえ、“らくがきのようだ”と評する評論家気質のやつらもいる、なにせ、神のレベルには達していなくとも我々は芸術を愛する因子が組み込まれ、創作に慣れているし、生産に関しては意地がありますから、わりとこじれた素人のようなもの、困ったことにこれが多数派なんです、ですが、喧嘩してもしょうがない、これ以上、上にいけないのですから、やがて我々は芸術、特に他人の芸術を評価することをやめ、自分の内的芸術を評価することにした、これが私たちの考えた“平等”の結論、芸術は市場から排除しようという事になったのです、芸術とは人の心の内面の産物です」
やはりその実験結果をもとに、地球では格差をいかにして穴埋めして、富裕層がいかに富を再分配するかという議論が噴出したのだった。もし遺伝子を改良してスコアを一定化、平等化したら、そもそも人々は資本主義を維持しようとする意欲すらわかないのかもしれないのだから。
遺伝格差 ボウガ @yumieimaru
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