夜の幽霊

@hisui724

第1話

僕が恋したのは、夜だけ現れる不思議な彼女だった。





夏。桜が散って、緑の葉が目立つようになった頃、他のクラスが体育の授業をしているのを僕は見ていた。


「なぁ、青嶋。屋上の噂知ってるか?」

ぼーっとみていた僕の肩を隣の席の田中がつついた。顔を見ると笑っていた。


「噂?」

なんだそれ、とつぶやく。そんな噂あったけ?と頭を巡らした。


「あれだって、あの屋上で夜になったら女が姿を表す!」


「へー」


そうか、と一言。

「なんだよその反応。なあなあ今日見に行かね?」


「え、わざわざ?」


そんな噂でたらめだろ、と鼻で笑った。そもそも試験があと一週間ほどであるんだから、勉強したいんだ。僕は。



自分が思ってることがわかったのか、田中が手を合わせてお願いされた。


「なあ、お願いだよ!!今日だけ、今日だけだから!」


ため息を付きながら

「はあ、今日だけだぞ」


やれやれ。好奇心旺盛なことだ。しょうがない。そんなに言われるならと、行くことにした。


「なぁ、ほんとにいるのか?」

夜というよりも黄昏時というべきか。

その噂の彼女はこの時間帯にもいるらしい。


コツコツと音が響く中、田中に言う


「噂によればいるらしい....」

「なんだそれ、自信なさげな」


どうやら彼も自信ないみたいだ。

昼間の勢いはどこへいったのか、今は弱々しく笑うだけだった。


屋上の扉の目の前についた。

開けるぞとつぶやいた。


重たい扉が開く。

冷たい風がヒューっと流れる。昼間は暑かったのに夕方になれば風が寒い。


あたりを見渡した。


「なんだ、なにもいないじゃないか」

田中に言うが、返事が来なかった。そんな田中を見れば指を差しながら「お、おいあれ」と。


指を差した先を見ると誰も居なかったはずが、この高校の制服を着た彼女がいた。


髪は腰ぐらいまでだろうか、彼女は景色を見ているふうだった。


あれが噂とやらの彼女だろうか。


「お、俺もう帰る!!」

「はあ!?ちょ、おい!!」


僕の声を無視して田中は震えながら逃げ出した。

そいやあいつ、びびりだったと思い出した。


僕も後を追うように背を向けたとき、声がした。


透き通るような、きれいな声が屋上に響く。

僕は声に反射して振り向いてしまった。


彼女は僕を見ていた。声がかすれた。それは怖いからじゃない。見惚れていたんだ。微笑んだ顔がきれいだったんだ。


どのくらい経ったんだろうか。しばらくじっと顔を見つめていた。


彼女が不意に笑った。

笑ったとき風が勢いよく吹いて、目をつむってしまった。目を開けるともう彼女はいなかった。


なんだあれ、、と。しばらく僕は動けずにいた。


あの出来事から、2ヶ月たった。

あの日逃げ出した田中は翌朝に謝って、お詫びに昼飯をおごってくれた。


2ヶ月の間、黄昏時のときと夕方のときに暇さえあれば、屋上に行っていたが全然会うことはなかった。


彼女に会いたい。それが頭に埋め尽くす。

彼女の顔を思い出すだけで心臓がバクバクなって、顔が熱くなる。


この現象は初めてだった。でも僕はその現象を知っていた。


僕はあの彼女に恋をしたのだ。


恋をしたのだと自覚してからは何としてでも会おうとおもった。


だがそううまくいかない。あの時間帯にいっても彼女はいなかった。


それがしばらく続いた。


中々会えない中、僕は諦めかけていた。なんならあれは僕が見た幻だったのかと疑うレベルだ。


だから僕は決めた。


これで最後にしようと。


もう見慣れた階段を登る。もう屋上に行ったのは何十回にも及んでいた。


重たい扉を開ける。


開けた先には誰もいなかった。


ああと声が出る。僕の恋はこれで終わったんだ。


諦めて帰ろうとしたとき、声がした。


待ちわびてたあの声が。


「こりないのね」


すぐ振り向いた。視線の先には彼女が笑っていた。クスクスと笑う彼女に僕はどうすればいいか分からなかった。


嬉しさと恥ずかしさで感情がゴチャ混ぜになる。

「ずっと見ていたわよ」


「え、、」

声が出た。

ずっとていうことは僕が探していたのを彼女は知っていたということで。


「こりないなーと思いながら観察してたけど、、、」


そう言いながら僕の周りをうろうろする彼女。


「そろそろ可哀想だから現れてあげた」

クスクスと笑っていた。


あの出来事から彼女と話すのが日課になっていた。


彼女は雫というらしい。僕が察してた通り幽霊だった。幽霊なんていないと思っていたのに、実際にいるから驚いた。


気づけばここにいたそうで、姿を表してるのが黄昏時と夜の間だそうだ。


彼女は表情が豊かで色々と話すの楽しそうにしていた。


この時間が続いてほしかったんだ。

このままずっと、、、という訳にはいかず、この時間は終わりがきていた。


「私ね、消えるの」


時が止まった。


嘘だろと声が漏れる。


「嘘じゃないの。私はそろそろ限界みたい」


「ここで過ごした日々は楽しかった。とても、でもこのままなわけがない」


「ありがとう聖」


悲しそうに笑う彼女をみて涙が溢れ出した。


「いやだ、いやだ!せっかく君に会えたのに」

せっかく君に恋をしたのに、、、!ここで終わりなんてそんなの嫌だ。


いやだいやだと繰り返す僕の頭を彼女は撫でた。前は感覚があったが、今はもうなくてもう時間無いのだと察した。


「ほんとは出会うことはなかったのよ」

そうだ。これはありえない現象だ。幽霊と会ったなんて誰もが疑うことだ。


「私のことは忘れて頂戴」

「むりだ、むりだよ」

今の僕はみっともないだろう。普通はそんな事はしない。でも今の僕なら友人に見られても気にしなかった。それぐらいまで、離れるのが嫌だったんだ。



消えるならこの想いを伝えようと口を開いた。

ずっと言うのを躊躇ってたこの気持ちを解放しようとした時、口元に人差し指をそえられた。


目を見開く。彼女をみたらがシーッと手を添えて、微笑んでいた。


「ありがとう、楽しかったよ。」


そう言いながら、僕のことを無視して彼女は消えていった。


そこには花が落ちていた。

彼女は前言っていた。


「私ね花になるの」


「花になったら私は枯れるまで君といれるでしょ?」


彼女は言ったとおり、花になった。

僕の手に残るように。




落ちてた花をそっと優しく手に取った。それを僕は押し花にした。大切に時間が経っても残るようにと願いながら。







あの日々は僕がみた幻覚だったのだろうかと時折思う。でもそれは幻覚じゃなくて、ちゃんとあった。それは手元にある押し花が証明している。


勝手に消えた彼女との記憶はまだ覚えている。


きっとこれからも僕はこの思いを忘れないのだろう。



あの日、限られた時間で会った彼女は綺麗だった。

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