第三章 3 『疾風の如く』
空気は澄み渡り、心地よい風が通っていた。
それは天気の良い日盛りのこと。
とある人物が疾風の如く現れた。
「おいおい、なんだこれはーっ!!!!」
膝まで届くほどに長い髪をなびかせた女性は、凄まじい勢いでアストルムへ突っ込んできたのだ。
彩度の低い金髪に、エメラルドグリーンの瞳。そして、なりよりも特徴的なのは、白い肌に尖った耳である。誰が見てもエルフ族であることが分かった。
その音を聞きつけ、即座に駆け込んでくる一人の少女がいた。
「アルテミシアさん!!」
リゼである。
アルテミシアの帰りを心待ちにしていたようだ。
そんなリゼにつられ、リア達も合流した。
あれほど大きな物音で建物に入ってきたのだ。普通は気になって出てくるだろう。
「やあ、リゼ!! それと君は新入りかね、綺麗な瞳の少女よ!!」
「はい。私はリ……」
リアは丁寧に自己紹介をしようとするが、アルテミシアは何かを思い出したようにリアの横を通り過ぎる。
その先にいたのは、部屋から出てきたレナだった。
「例の新入りは君か!! 全くどうして、どうなっているこれは!!!!」
アルテミシアは鼻息荒く興奮していた。
初対面がこれでは、アイズ階級の優秀な精霊使いと言うより、変人ではないか。
「確かに僕は新入りだ。レナと──ぁあ」
「そうか、君かっ!! レナと言うのか!! 上では悪目立ちしそうな名前だな!!」
レナは自己紹介を終える前に、両手を捕まれ大きく揺すられる。上とはアストルディアのことだろうか。
「そんなことより、これはどうなっている?!」
アルテミシアはレナにぐいっと顔を接近させて問う。
「どうって、言われても……」
アルテミシアは停止し、レナを見つめる。どこか不思議そうな表情をしている。
「レナ、まさか見えていないのか? 君の周りにいる者達の姿が」
「周りにいる者達? リゼが言ってた精霊が何とかって話か?」
アルテミシアはようやくレナから離れ冷静になる。
大人しくしている姿は先程とは見違える程に美しかった。
アルテミシアはコホンと咳払いすると、改まって話し始める。
「そう。リゼは精霊をやんわりと知覚できるが、精霊を認識し契約することはできない。故に精霊の力を借りることはまず不可能だ。そしてその事実は今後も変わることはまず無いだろう。精霊との関係はそういうものだ」
その話を傍らで聞くリゼはあからさまに落ち込む様子をみせた。
「あーいや、すまん。まず無いという話で、可能性がゼロって訳では無い。現にそう言う実例も知っている」
アルテミシアはぎこちなくフォローする。リゼが自分のことを憧れの存在として見ていることはいくら不器用でも分かるだろう。
リゼもその言葉を聞いてほっとしたような表情を見せた。
あらゆる魔術を使いこなすリゼがそこまで気にするとは、精霊とはそれほどに大きな存在なのだろうか。
「つまりだな、アストルムで精霊を認識し、その力の恩恵を受けることができる存在は私以外に存在しない。だが、現に今ここには百を優に超える素精霊が集まっている。私にはその精霊たちが君の力になりたくて仕方ないと言っているように見える。素精霊だから実際に喋る訳では無いがね。それでも私達はそれを知覚できる。その精霊達を君は認識さえできない。そんな事はありえないんだ。君の事はある程度話には聞いている。君はリゼ達を守ってくれたそうだね、だからこそ君の為に言おう」
「レナ、君は今のままではいけない。とても不安定な状態だ。それは君の身体や精神のような基本的な話ではない。契約無しに精霊の力を行使するということは、異常と言う話ではなく、君達が思っている以上に危ういんだ」
「精霊の力を行使している感覚は分からないが……危ういとはどう言う意味なんだ?」
レナは言われている意味が理解できなかった。認識も出来ず、自覚も無いのだから仕方ないことである。
「レナ、魔術は使えるか?」
「学院で少し学んだ。低位の基本魔術でさえ正常に行使できなかった」
「精霊使いとは契約あってこそ対等に力を行使できる。無論、契約を厳守している限りな。だが、今の君は契約無しに自由に精霊の力を自分の力とし行使している。確かに、素精霊が直接の見返り無しに力を与えることもある。だが、その行為には必ず理由がある。精霊と世界の結び付きは確かに強固だが、精霊は契約無しにヒトを信用するほど間抜けでもないぞ。端的に言おう。君に力を与えた精霊は一体何を得ている?」
「…………魔力?」
「その通り。レナの魔力を食らっているんだよ。だから魔力を必要とする、異能、魔術が使えない。発動と同時に喰らい潰されてるんだ。この大量の精霊達に」
「精霊の力を行使する代わりに魔力を喰らう……確かに理にかなっているが、危ういというのはどうしてだ?」
その言葉を聞いてアルテミシアは呆れたように、
「レナが精霊を認識していないと知った時、私は身の毛がよだったよ、色んな意味でね。君は精霊を甘く見すぎだ。そうだな……例えばレナが並のファースト階級のガーディアンだとしたら、既に精霊に魔力を食い尽くされて死んでるだろう」
「なっ……」
「勘違いしないで欲しい。身の毛がよだったと言ったのは、君が精霊を甘く見ているからでは無いよ。──レナ、君にだ」
アルテミシアは一歩レナへ近づく。
「大量の精霊に魔力を喰らわれていながら、平然としている君に、だ」
レナは思った。
身の毛もよだつ相手にこうも近づけるものなのかと。
普通は警戒もするだろう。
だか、その答えは待たずして知ることになる。
「同時に、君の事は好ましく思っている。精霊、そして精霊使いとはそういうものだ」
真意は分からないが、嫌われているようではないらしい。
「詳しくはまた後でだな。おっと、ちゃんと自己紹介していなかったね。私はアルテミシア・クローリス、ガーディアン階級はアイズの精霊使いだ。アストルムへようこそ、レナ」
突如現れた疾風は、凪いだように。
美しい姿でレナを迎えたのだった。
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