第三章 2 『露天風呂』
修練を終えアストルムへ戻ったリア達はいつものように身体を流す準備をしていた。
身体を流すといっても、シャワールームなど簡易的な設備ではない。アストルムには土地と自然を生かした大きな露天風呂があるのだ。
地下から温泉を引いており、身体の回復にも良い。
回復の異能を使えるガーディアンがいないアストル厶において、かなり役に立つ設備である。
砂埃まみれのリアは、一足先に脱衣所に辿り着く。
「ルミナ達遅いなー。先に身体流してよっと」
脱衣所を出ると多くの洗い場が並んでいた。
その中の一つを選択し座る。
決まりはないが、定位置というのは案外決まってくるものだ。
リアは身体を洗い浴槽の方に向かう。
湯気が多く、視界が悪いが構わず足を進める。
早く入りたいと言う気持ちが先行していた。
リアはゆっくりと湯に浸かる。
「はあぁぁぁ……気持ち良い……」
そして、湯を堪能して程なくして気づくことになる。
隣にいる人物に。
ゆっくりとその人物の方を向く。
「……なんだルミナ、もう入っ……」
リアは気づいてしまったのだ。
一番の風呂好きなルミナが自分より先に脱衣所にいなかった理由を。
そして、気づけなかったのだ。
──今は女性がお風呂に入る時間では無いということを。
アストルムには現在男性が二人しかいない。
レナが来る前は、サード階級である十歳のルノイド・ノルメシアン一人のみだったが、時間は分けておらず、ルノイド自身がわざわざ被らない時間に使用していた。
レナが来て明確に時間を区別されたことで、喜んでいたものだ。
失念していた。
一ヶ月という期間、間違えずに厳守していた時間を、お風呂に入りたい一心で完全に忘れていたのだ。
「……っあ、え、えと」
リアは思った。
もし目の前の男性が、自分より六つも歳下のルノイドだったら良かったのに、と。
そう、目の前にいたのは自らより背丈の高いレナだったのだ。
「……リア。どうした? 時間を間違えたのか」
レナは眉ひとつ動かさず言う。
その視線はこちらを向いていた。
ただ、冷静に、リアの瞳を見据えていた。
確かに今回の件、全面的にリアのミスである。
だが、完全な裸を見られたのだ。
否、レナの目線は全くと言って良いほど、裸を捉えていなかった。
なんとも癪である。
それに比べて自分の視線は泳ぎっぱなしだ。
レナに救われ、手合わせでは尽くを軽くあしらわれ、偶然とは言え裸を見られたのに無反応。
言いがかりなのは理解しているが、釈然としない。
そして、そんな感情に突き動かされたのか、風呂の熱気にやられたのか。リアは自分でも理解できない行動へと走った。
「……あ、あはは。ごめんね、時間間違えちゃった」
と、レナの方を向いてばりしゃりと立ち上がったのだ。
身体の一切を隠さずに。
幸いにもクラリアスであるリアの瞳は感情の表現に乏しく、紅潮した顔も暑さによるものとすれば、余裕の貫禄である。
いや、一体何を言ってるのか。
目を閉じて考えてみろ。
冷静に考えれば今の自分はただのはしたない女だ。
だが、後には引けない。
ここまで来たからにはレナの余裕の表情を崩してみせる。
リアはその体勢のまま、
「……じゃ、じゃあ戻るね」。ゆっくりと目を開き、レナを見る。
「リ、リア。一体何をしてるんだ? 女性なんだからもう少し、こう、なんと言うか…… 」
レナは顔を背けてそんなことを言う。
男性と思えないほどに美しくに整った顔と白い肌、その頬と耳は先程よりも僅かに赤みを帯びていたように見えた。
勝った……。
いや、ある意味では完敗である。
冷たい空気に少しの間触れていたせいか、立ち上がったおかげか、頭に上った血が引いていく。
本当の冷静さとは気づいた時には手遅れなものである。
引いたばかりの血液が倍速で上ってくる。
恥ずかしさあのあまり、いても立ってもいられなかった。
「……っつ!! ご、ごめんなさい!!!!」
リアは勢いよく飛び出して走り去る。
レナはその様子を滑って転ぶのでは無いかと、不安そうに見ていた。
「……一体なんだったんだ、リアは……」
リアが出ていったのを確認したレナは湯に頭まで浸かる。
女性の裸を見て何も思わないわけがなかろう。失礼だと思って視線を落とさないように意識していただけだ。
レナはぶくぶくと口から空気を出すと、切り替えるように立ち上がる。
随分と時間が経った。
これでルミナ達が来たらたまったものではない。
レナは身体を再度流すと、早急に脱衣所へと移動した。
何故か脱衣所に落ちていた女性用下着を指先でそっと摘むと、洗濯物入れに投げ込む。
相当焦ってたのだろう。
リアの為に証拠隠滅し、見なかったことにした。
そして、レナは部屋着に着替え自室へと戻っていく。
◇◇◇◇◇◇◇
「あ、ああああああああ!! 何やってんだ私は!!!!」
その頃、リアは自室で悶えていた。
するとコンコンとドアがノックされる。
「リア、お風呂行こうよー。 あれ、珍しく元気いっぱいじゃんどうしたの?」
ルミナは珍しいものを見るようにニヤニヤする。
「ルミナ。お風呂の時間はきちんと守ろうね」
リアは真剣な表情で言うと、ルミナは頬を染めて、
「え? もちろん。 異性が入ってるお風呂に入るなんてそんなっ!!」
ルミナの言葉はグサリと胸を突いた。
もうダメかもしれない。
だが、今回の一件でリアは二度とお風呂の時間を間違えることはないだろう。
そういう意味では良い経験になったとも言える。
リアはルミナに連れられて、二度目のお風呂に向かうのだった。
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