第一章 『荒廃した世界の中で』

第一章 1 『下界の守護者』


 暗い色が染みていた。


 灰色にくすんだ空の下、息をする度胸がしめつけられる。

 原因は動かなくなった仲間達の身体を見てのことか、身体損傷によるものか。


 幾重にも重なる景色を前に少女は願った。

 もし、普通に戦って、普通に死ぬ事ができたなら。



 ──私達はこんなに苦しむことはないのに。



 それでも、私達は戦う。

 世界を守る為に。

 世界を守ることがクラリアスの宿命だから。



 広大な灰色の景色に咲く桜のような少女がぽつり。

 曇り空から射し込む光は髪を照らし、極彩色のように。前を向く少女の瞳は、生物の持つそれとしてはあまりにも美しく、無機物的だった。

 少女は砂と埃まみれの戦場で、自身の数十倍は超える醜い肉の塊と対峙していた。



 目前に迫る巨大な肉塊の名は『ゼノン』。

 心を持つとされる生物が死亡した際、『例外』を除き肉体は完全消滅する。

 その例外の一つがゼノンである。故に、『心を失った肉の器』とも言われている。

 また、様々な形態のゼノンがいるため、異形と称することもある。


 対峙したゼノンはタチの悪い部類だろう。

 身体の至る所に腕が生え、背面には肉の翼、複数の腕は大振りの武器のようなものを振り回していた。


 暴れ、耳を覆いたくなるような咆哮を放つソレはひたすらにナニかを求めているようにも思えた。



「──リア!!」


 少女は我に返り、迫る攻撃を剣で受け止めた。その重撃は風圧で地面を抉る。

 それでも、少女の剣は折れない。薄氷のように澄んだ刀身は、衝撃により光の粒子を散らす。



「何ぼーっとしてるの!? 私たちが倒れたら街に被害が出るんだよ!!」


 リアに呼びかけるのは同じ制服を着た少女。

 色鮮やかな青紫色の特徴的な髪を揺らし、特徴的な瞳はリアの目と酷似していた。



「ごめん……そうだよね、私達がやらなきゃ。こんな思い、みんなにさせる訳にはいかない。例え私が壊れても、ここは絶対に守り抜いてみせる」


 後方へ距離をとったリアは、覚悟を決めたように自らに言い聞かせる。



「行くよ、ルミナ!!」


「うん!!」


 二人の少女は、駆け出した。



「──テラ・グラキエス」


 リアはゼノンの目と思われし器官に巨大な氷塊を撃ち込んだ。氷塊は衝突と同時に周囲を凍てつかせた。が、怯んでいる様子さえなかった。


 不幸中の幸いか、目が凍りついたからか、視力を低下させ、攻撃の精度が狂っているように見えた。



「よっと、ちょっと失礼。」


 ルミナは動きが単調になったゼノンの上を駆け、小型のナイフを刺して行く。リアの一撃により凍りついた目が視力を取り戻す頃には計四十本程のナイフが刺さっていた。



「ルミナ!! もうもたない!!」


「おっけー。──ヴァレ・エレクリアット」


 すると、ナイフを経由し、雷鳴と共に雷撃がゼノンを取り囲んだ。

 身体の至る所が焦げ落ち致命傷を与えたように見えたが、それでも攻撃は止まなかった。



「、、、げっ、まだこんなにうごっ……」


 暴れたゼノンの一撃は予測不能な攻撃を繰り出し、ルミナの腹部に衝突した。

 ルミナは後方に吹き飛び、その衝撃で瓦礫を破壊させた。



「ルミナッ、!!」


 リアは叫ぶ。仲間のことを案じたかのようにみえたが、目前の脅威を討つという感情に塗りつぶされた。


 後方の街を守るため、そんな立派な理由ではない。

 仲間のことを案じる心を持ち合わせてるのか、否。


 ──戦え。



 ゼノンの動きは単調になっており、方向感覚も狂っている。


 今ならいけるかもしれない。

 刹那、リアは前傾姿勢になり、剣先を異形の胸に向ける。



「──ゼノ・エクスクァト!!」


 直線高速突進による一撃。


 その攻撃は異形の胸に巨大な風穴を作った。


 ゼノンは黒い煤のようなモノを昇華させながら崩壊していく。



「終わった……」


 力のほぼ全てを使い切ったリアが膝をつきながらこぼす。



 後方の瓦礫から物音がした。


「いてて……相変わらず無茶な能力使うよねー」


 瓦礫の山から脱出したルミナは、足を引きずりながらこちらに手を振った。



「ルミナ……」


 胸が落ち着くような、ナニかの荷がおりた感覚。

 周りの壊れた仲間達を見て胸が締め付けられる。


 これが正常なことなのか理解できなかった。



「まーた、ぼっとして。どうしたの?」


 リアの目前まで迫るルミナは首を傾け覗き込んでくる。



「これで良いのかなって……」


「これでって、悪いことあるかな? リアのおかげで後方の街に被害は出なかった。私達が全滅しても、増援が来るまでに被害が出ないとは限らない。リアはガーディアンの使命を果たせてるよ」


 ルミナはリアの目を見据えて言った。



「そう……だよね」


「うん!」


 ルミナは強く肯定した。



 ──そうじゃない。


 誰も気づいていない。否、気づいているが変わらない。

 私達の戦い方が普通で無いことに。



 ガーディアンとして使命を果たしてるように見えているが、そんなに崇高なモノではない。

 仲間が壊れてもひたすら戦う。何を犠牲にしても戦う以外の選択肢を持ち得ていない。



 それがガーディアンであるクラリアスの存在意義であり、私達の当たり前なんだ。



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