旧友の話②-2 遭遇

あの女と2度目の出会いがあってからというもの、俺は毎日散歩する場所を変えることにしている。降りる駅を変える時もあれば、いつもと反対方向に歩くこともあった。見知らぬ土地というのは、例えそれが只の住宅街であっても新鮮に見えるものだ。それが俺の精神に良い影響を与える一方で、とびきりの悪影響も一つある。それはどんなに散歩する場所を変えても、必ずあの女が俺の前に現れることだ。

「あのっ!拝み屋さん、ありがとうございましたっ!友達をイビっていたパワハラ上司は無事に死にました。ふふぅっ。別な同僚と不倫関係にあったらしいんですが、そっ、それがバレて会社も家庭も失って自殺したそうです。くくぅくっ。自業自得ですねぇ。顔がぱんぱんに腫れ上がって…ぷふぅ。家の中はあらゆる体液でびちゃびちゃだったみたいですが、今までしてきたことを考えればその位の報いが丁度いいですねっ」

「拝み屋さん拝み屋さんっ。後輩の弟を強請っていた不良グループのリーダー、お陰で無事に死にましたぁ。本当にありがとうございます!」

「拝み屋さん、助かりました!従兄弟の彼女さん、ようやく粘着質のストーカーから解放されましたっ!」

「拝み屋さん」「拝み屋さん!」

「お隣のお子さんを」「集金のおじさんの親友を」 「知り合いの友達の結婚相手を」「高校時代の担任の教え子を」

「虐めた」「貶めた」「奪い取った」「死に追いやった」

「チンピラのリーダーは」「詐欺師の男は」「魔性の女は」「陰湿な教師は」

「バイクから転げ落ちて」「ヤクザに捕まって」

「強盗に襲われて」「川で溺れ」

「あははぁ」

「目玉がぶら下がって」

「嬉しいですねっ!」

「海の藻屑になって」

「当然の報い!」

「あははははっ」

「まさにボロ雑巾のように」

「醜くぶよぶよ」

「いい気味」

「くふふっ」

「死にました!」

「死にました!」

「死にました!」

「死んじゃいました!」

「あははははっ」

「うふっうふふっ」

「あははははははは!」

 女はその都度死んで欲しい人間の情報を俺に話し、俺は毎回死んでくれと言う。たってそれだけのやり取りでその相手は皆凄惨な死を遂げる…らしい。普通に考えればそんなこと現実に起こるわけがなく、頭がおかしい女の妄想といったオチだろう。仮にそいつらの死が本当だとしたら、それはもう俺ではなく女が呪い殺しているとしか思えない。何度も言うが、俺にそんな力なんてない。無いはずなのに、それでも女は俺の前に現れ続ける。どれだけ道を変えようと、何度でも。

 一度警察にも相談してみたが、あまり真剣に取り合ってもらえなかった。あの女の名前も知らないし、実害があるかと言われると正直目に見えるものはない。それに毎日現れるわけでもなし。

 だが、女が現れるたびに俺から少しずつ何かが削り取られていくのを感じる。このままあの女に会い続けると、俺の中心にはぽっかりと穴が空いてしまうだろう。そんな日々に終わりを告げるため、俺は警察のアドバイスどおりに今日からしばらく散歩を止めることにした。

 その決断には勇気が必要だったが、不思議なもので昨日は久しぶりによく眠れた。どうやら俺は自分が思う以上に疲れていたらしい。

 リストラに絶望した俺に、追い討ちをかけるように現れた不快な女。そんな女から解放されると思うと、今の現状を差し引いても幾分か心は晴れるというものだ。

 あの女を目の前にすると次第にどす黒い感情が湧いてきて、それに比例して言動まで粗暴になってしまう。まるで自分が自分でなくなっていくような感覚。もうそんな感覚を味わうのは真平御免だった。

 とはいえ、例え散歩をやめても生活リズムは崩さないように注意しよう。幸い食材やインスタント食品の備蓄もあるし、しばらくは外出しないでゆっくり読書でもすることにしよう。

 俺はソファに腰掛けると、買ったまま放置されていた文庫本を読み始める。

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