第13話 培養土都市
とりあえず数日は平穏に過ぎたかに見えた。
竜宮院はまるで人が変わったようにご機嫌だし、睦月さんは宇宙人が乗り移ったんじゃないか、ってな具合にしおらしくなった。
女は怖いなあ。
店長は面白がってフィニイの『盗まれた街』とハインラインの『人形つかい』を貸そうとしてくれたけど、ぼくは活字の本が苦手だから店に置きっぱなしだ。
いやあ、それにしてもクソみたいに爽やかな朝だ。
竜宮院が頓死したらもっと気分が良いだろう。
頑丈なやつ!
「先輩っ!」
こちらに向けて走ってくる女生徒が一人。
先を歩いている男子生徒がポカンと口を開けたり、嬉しそうな顔で何か品評しているようだ。
胸がゆっさゆっさしているのがそんなに嬉しいのか?
うん、嬉しいよな。ぼくだって嬉しい。くそ、あいつらタダで見やがって。
「やあ、おはよう雲雀ヶ崎」
「大変なんです!」
「どうしたの?」
「とにかく大変なんです! すぐ来てください!」
「なんだなんだ」
やたらに真剣な顔の雲雀ヶ崎に手を引かれて連れて行かれたのは、わが園芸部の畑だった。
「何だこりゃ」
「朝来たらこうなっていたんです!」
花壇のうち一つが、全ての花が抜かれている。
とくに分担を決めていた訳ではないけれど、何となく雲雀ヶ崎に世話を任せていたエリアだ。
あまり多くを植えていた訳ではないけれど、雲雀ヶ崎は一生懸命に世話をしていたんだ。
ぼくのエリアなら多少抜かれたってどうってことはないんだけど、これじゃああまりにも可哀想だ。
「先輩……どうしよう……」
「どうもこうもなあ……。よし、犯人を殺そう」
「そんな! 先輩、それはやり過ぎです!」
「畑にすき込んで有機肥料に」
「ダメーっ!」
雲雀ヶ崎は真っ青になって震えながら、ぼくの袖をギュッと掴んだ。
いやだなあ、本気にして。
でも、それくらい怒っているのは本当だ。
雲雀ヶ崎の努力をかすめ取ろうなんてやつは、死んでしかるべきだろう。
予鈴が鳴る。
「……後にしよう。授業が始まる。顧問にこのことは?」
雲雀ヶ崎はかぶりを振る。
「わかった。ぼくから言っておくよ」
ぼくは職員室に寄って、顧問に事のあらましを報告した。
顧問は頷くと、とりあえず教室に戻るように促す。
やる気なさそうだなあ。
ぼくは教室に入ると、騒がしいクラスメイトたちを見渡す。
犯人がどこの誰なのか、学校関係者なのかそうでないのか、それすらも現時点ではわからない。
雲雀ヶ崎みたいな女の子は、男子からの人気はあっても、一部の過激な女子からは嫌われるタイプだろうな。
あざといし。
翻ってぼくといえば、意外に各方面から恨みを買っているようだ。
とくに先日の四人とか。
でも、部外者から見れば誰がどの畑を世話しているなんてことは、よほど細かく観察していない限りはわからないだろう。
必ずしも怨恨とは限らない。
転売目的の盗難、という線も考えられるからだ。
こんな時に斉藤さんがいてくれれば、なんかすごい推理とかしてくれそうなんだけど。
残念ながら今日は居ない。また病院かな。
何事もなければいいんだけど、心配だ。
で、もう一人ぼくが知ってる天才様が居るには居るんだが……。
「ふん、ふふ~ん♪」
竜宮院ケンジは鼻歌交じりで、携帯端末のタッチパネルをぬるぬるしていた。
写っているのは睦月さん、睦月さん、睦月さん。死ねよもう。
……いや、いかんいかん。最近ちょっと過激化しているぞ。
「なあ、竜宮院」
「うん?」
竜宮院は面倒くさそうに顔を上げた。
「今日来たら、畑が荒らされてたんだ。犯人は誰だと思う?」
「さあ? あの一年の子が斉藤さんに嫉妬して、お前の気を引こうと思って自作自演したんじゃねーの? 知らんけど」
「それはさすがに無いだろう。もう少しまじめに考えてくれ」
雲雀ヶ崎が犯人というのはナンセンスだ。
いつでも誰よりも努力しているし、花を引き抜くなんてする訳がない。
適当推理にもほどがある。
「だったら狙いはお前だな。お前に計画を邪魔されたやつが居るだろう。おっと、噂をすれば、だ」
ドアが開いて、件の人物が顔を出した。
やはり槍ヶ岳――ないしはその取り巻き――だろうか。
槍ヶ岳はニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら、ぼくの前で立ち止まった。
「よう、山口。お前の畑が荒らされたって? ご愁傷さん、ハハハ」
「山田だ。いい加減覚えろ」
楽しそうだなおい。つか、野球部なら髪切れよ。
「お前がやったのか?」
「いーや、俺は知らないね。そう簡単に人を疑うもんじゃないぜ、おい。失礼なやつだな、謝れ」
うわっ。なんだこいつ。偉そうだなクソ。
「違うなら謝るけどな。昨日の放課後から今朝まで、どこに居た?」
槍ヶ岳はニヤニヤと胃がムカムカするような笑顔を浮かべ、黙って小指を立てた。
「……わかった、すまなかったな」
「ま、せいぜい頑張って犯人を捜せ。名探偵」
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!
*
捜査の基本は現場百回だ。
少なくとも、バイトの時にテレビで再放送をやってた二時間ドラマの主人公はそう言っていた。
昔のテレビ番組は画面のアスペクト比が四対三だから新鮮だよね。
授業時間の間の休憩時間は短いから、とりあえず竜宮院を連れて畑に赴く。
舌打ちしながらも天才名探偵竜宮院は付いてきてくれた。
「わざわざすまんな、竜宮院」
「いいさ。俺はチャレンジャー教授に憧れているんだ」
「誰?」
「コナン・ドイルの小説に出てくる科学者だ。カッコいいぜ」
「へえ。シャーロック・ホームズのキャラ?」
「『失われた世界』『毒ガス帯』なんかの主人公だな。さ、始めるか」
コナン・ドイルってホームズの人じゃないの?
だって今、捜査してるじゃんね。
足跡にコンベックス――金属製のメジャーだ――をあてている姿は、思ったより様になっている。
竜宮院は認めたくないが天才だ。
きっと見事に事件を解決してくれるだろう。
「山田、この足跡に見覚えはあるか?」
「それか? 園芸部員に学校から支給される長靴だな」
「サイズは……二八センチか。男だな」
着眼点は良いが、惜しいな。
「ところがぎっちょん。部員全員に統一サイズが支給されてるんだよな。それに基本、ゴム長はオーバーサイズを履くものだ」
「靴はどこに?」
「部室。こっちだ」
部室に行ってドアを開けると、下の棚には長靴がズラリと並んでいる。
「ミツウマ製のローエンドモデルか。ものの見事に全部同じだな」
「ああ。何人で歩いても同じ足跡しか付かない」
「部室の鍵に触れるのは?」
着眼点は良いが、惜しいな。
「鍵は掛けないんだよ。南京錠が掛かっているけど、シリンダーは差し込まないんだ。遠目には鍵が掛かっているように見えるだろ?」
「その事を知っているのは?」
着眼点は良いが、惜しいな。
「たくさんいる。園芸部、教職員、科学部、地学部、あとは一部の運動部なんかも知ってるな。吹奏楽部が中で練習する事もある」
「お前やる気あんのか!」
竜宮院がぼくの襟を掴んで揺すってくる。
まあ、怒るのももっともだ。
「だから困ってるんだよ。でも現場百回って二時間ドラマで言ってたし」
「ドラマと現実を一緒にするなよ……結局遺留品はなし、か」
チャイムが鳴ったので、ぼくたちは教室に戻った。
「それでもやっぱり、怪しいのは野球部関係者――もっと言えば、槍ヶ岳の関係者だ」
「まあ、そうだろうな」
竜宮院はバイアスが掛かっているのは間違いないけど、やっぱり動機から考えるとそれっぽいんだよな。
転売目的なら、無くなった花はノギクやリンドウなんかの安いものばかりで、たいした値段は付かないからね。
「でも、ぼくらに対する嫌がらせだとすれば、ちょっと気になることがある」
「お前も気付いたか、山田。お前らへの嫌がらせなら、花を抜くなんてまどろっこしいマネはしないでも、ただ畑で暴れ回ればいいだけだ」
「それだ。何か理由があるのかもな――」
ぼくはふと思いついた事を、とくに深く考えずに口にした。
「服が汚れるのが嫌だった、とか」
「ふむ」
竜宮院は何事かに気付いたような顔で腕を組んだ。
お、竜宮院の桃色の脳細胞が活動を始めたらしい。
教師が来たから、どっちにしろこの話は後回しだ。
授業の間に、ぼくもぼくなりに考えなきゃな。
*
なんの推理も浮かばない。
考えてみりゃ、竜宮院にわからないものがぼくにわかるわけないよな。
それがわかっただけでも進歩だ。
ぼくはぼくにできることをやって、できないことはできる人に任せる。
これがベスト。
昼休み、昼食を終えると竜宮院が声を掛けてきた。
「山田、ちょっと付き合え」
「どこへ?」
「聞き込みだ。来い」
聞き込みという割には、人気の無い屋上に向かう。
前に斉藤さんと一緒に弁当を食べた場所だ。
もちろん誰も居ない。
「聞き込みじゃなかったのか?」
「なるべく目立たないように動きたいからな。……来たぞ」
キンキンとやかましい声と足音が上がってくる。
「ケンジ~っ!」
すごい笑顔で、こちらに手を振りながら階段を登ってくるのは、睦月さんだ。
嫌そうな顔の女子生徒を連れている。
はて、どこかで会ったかな?
「じゃーん! 野球部マネージャーの神戸アイ! 連れてきたよ」
目立たないように動きたいんじゃなかったのか?
睦月さんはどこに居ても誰と居ても目立ちまくるぞ。
でもまあ、連れてきてくれたのはありがたい。
神戸さんは大人しそうなショートカットの似合う女の子で、どことなく雲雀ヶ崎に似たような雰囲気がある。
そして、槍ヶ岳の彼女。
「うん、その……確かに昨夜は、ミツルと一緒にカラオケでオールしてたわ」
「元気だな、おい」
平日だぞ、平日。
でもこれで槍ヶ岳犯人説は消えた訳だ。
というか、槍ヶ岳の下の名前ってミツルだったのか。知らなかった。
ぼくにしてみれば本気でどうでもいい情報だ。
竜宮院は尋問を続けた。
「君たちは園芸部の畑に手を出してはいない。それで間違いないな?」
「決まってるでしょ」
「わかった。ありがとう、もういいぜ」
よくわからんうちに神戸さんは消えていた。ぼくたち三人だけが残される。
「とりあえず槍ヶ岳犯人説は消えたな」
「うん。でも、なんでマネージャーに?」
「マネージャーから他の部員に話が漏れるとは思えないからな。お前にはわからんだろうが、野球部みたいな部活は女子マネが部員の精神的な支柱だったりするんだよ」
「どういうこと?」
「他の部員が女子マネとイチャイチャしてる部活で、お前なら頑張れるか?」
「無理だなあ」
「正直者め……だがまあ、そういうことだ。そうなると、もう一つの可能性を考えなければいけない。まあ、俺も槍ヶ岳が犯人だとは思っていなかったけどな」
「嘘つけ」
睦月さんが得意げな顔で胸を張った。
「全ての不可能を除外して、最後に残ったものが真実なの。このくらい、山田の爬虫類脳でもわかるっしょ?」
昨日のドラマにあった台詞だ。
「睦月さんも昨日のドラマ観たのか。面白かったよね」
「アタシ、主役コンビのファンなんだ。元々はシャーロック・ホームズの台詞だって」
「へえ、そうだったんだ。ぼくはあまり本を読まないから……さて」
ぼくは立ち上がったが、竜宮院と睦月さんは動く気配がない。
睦月さんは竜宮院の肘に腕を絡めた。
「エヘヘ。ケンジと山田ってさ、なんかイライジャ・ベイリとダニール・オリヴォーみたいだよね」
「ヨシャパテ! アシモフの『鋼鉄都市』を読んだのか」
「うん! ケンジのオススメだもん、読むに決まってるっしょ! 難しかったけど、面白かったあ!」
「俺と山田がベイリとダニールなら、陽菜はその、ジェシイ……かな」
赤くなった竜宮院の背中を、睦月さんが叩く。
「やだ、もーう。山田が聞いてるんだよぉ」
何の話をしているのかさっぱりわからない。
二人の会話にぼくは入れなかったけど、もしかしたらわざとかもしれない。
気を利かせてやろう。
居づらいし、何より睦月さん怖いし。
だって、目と眉だけでぼくに「あっち行け」と言ってるんだよ。
「じゃあその、続きは放課後にな」
でも、放課後にはもっと大きな事件が起こっちゃうんだな。
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