第31話 番外編 とある男 

 その男は過酷な仕事に従事していた。

 刑罰として30年、鉱山で働くことを課されていた。

 罪を犯し、アルテオ国で拘束されたが、レイノー国民に対するレイノー国民による個人的な怨恨事件ということですぐにレイノー国に移送された。

 男はレイノー国の侯爵令嬢の殺害未遂で裁かれたが、アルテオ国の令嬢を刺したことはなぜか表ざたにはならなかった。もしあれも罪に問われていたら即処刑だっただろう。男は運が良かった。


 ソフィア、俺の妻になるはずだった女。

 それなのに、過去の女性問題や金銭問題をほじくりだして婚約者候補から容赦なくはずし、そのせいで家から放逐された。あの女のせいで人生を狂わされた。

 お前は俺に跪き、許しを請い、従順な妻として仕えるべきなんだ。

 だから殺すつもりなどなかった。

 あの美しい顔を傷つければもうどこにも縁付けまい。そうなったら俺が可愛がってやるつもりだったのに。

 アルテオの女が邪魔をしやがって。あの女もあれだけの傷だ、幸せな結婚などできはしまい。俺の邪魔をした報いだ。


 重い荷台を運びながら笑いがこみ上げる。


 30年後、まだ50歳だ。

 しかしそれまで待つつもりはない。こんなところ早々に出てやる。

 待ってろ、ソフィア。その時は泣くほどかわいがってやる。

 想像するだけで、笑いが漏れる。

 しばし、真面目に働き、監督官の信頼を得て隙を作らなくては。

 そう思い、今は一生懸命働いているところだ。嫌がらせを受けても罵詈雑言を投げつけられても低姿勢で反省したそぶりを見せている。


 そんな時、その男に面会の申し込みがあった。

 家族や友人からも見放され、手紙でさえ届くことのない自分に誰だと思ったが、相手は弁護士だった。

「あなたは侯爵令嬢を害そうとした罪でここに送り込まれましたが、もう一つ罪を犯していますよね。」

「は?何のことでしょう。」

「とぼけても無駄ですよ。大勢証人はいます。これまで被害者の事情をおもんばかって口をつぐんでいた方たちが証言してくださいました。」

「そう言われても・・・私には関係ありませんのでこれで。」

 そうして男は面会を打ち切ろうとした。

「いいんですか、正式に訴え、罪がはっきりすれば他国の貴族令嬢を傷つけた罪で極刑だ。」

「!」

「そうしないために会いに来たのですが、関係がないとおっしゃるなら仕方がない。訴えられても仕方がありませんね。」

 弁護士は席を立った。


「待て!待ってくれ!か、関係はないが話は聞こう。なぜあんたが今更そんな話を?」

「いえね、とある方から頼まれまして。あなたを助けたいと。あなたが令嬢を切りつけたのは事実、それが公表されると死罪もありえる。それがいまさらながら、そう言う動きが出ているのですよ。それを聞いたある方があなたを助けたいと・・・私が参った次第です。」

「どういうことだ?!なぜ今更・・・。頼んだのは父上か?やはり我が子を見放さなかったのか?」

「さあ、それは助けだすまでお教えできません。何より、あなたは女性を傷つけたことを反省していますか?」

「もちろんだ。毎日、反省し、傷つけた女性にもソフィア嬢にも詫びている。償いだと思い、過酷な生活も受け入れている。」

「そのようですね。ここでは真面目にやっていると聞いています。」

「そんなことよりも、今更その事件をどうして。刺された女が・・・いや、令嬢がなぜ今になって訴えるんだ。」

 苛立ったように男は言う。


「結婚に際して、それが足かせになったようでして。これまで黙っていたが、やはり許せないと。」

 男の顔に笑顔が浮かんだのを弁護士は見逃さなかった。

 しかし、男はすぐ沈痛な表情を浮かべて

「俺のせいで・・・したことを償うべきだとわかっている。だが死んでしまっては償うこともできない。なあ、頼む。助けてくれ、生きて彼女に償いたいんだ。」

「わかりました。では罪を認めて謝罪の手紙を書きましょう。真摯に、どれだけ反省し、償うために何をするのか。訴えを取り下げてもらいましょう。」

「・・・そんなことで、助けてもらえるわけがないだろう。」

「そこは私の腕の見せ所です。彼女がこれから生きていくのにはお金が必要です。あなたが死ぬより、生きて慰謝料を払い続けてもらう方が賢い選択だとうまく誘導します。」

「本当か?」

「はい。お任せください。」

 そう言って弁護士は帰っていった。


 交渉が決裂すれば極刑が待っている男はイライラして弁護士の再訪を待った。

 過酷な仕事を終えて、与えられた部屋に戻る途中で待ち望んだ弁護士の面会を告げられた。


 その男にとって、二つ朗報があった。

 一つは、刺された令嬢が男の手紙を見て訴えを取りやめてくれたという。

「そうか!よくやってくれた!助かった!」

 男は喜んだ。そして誰が支援をしてくれたのか教えて欲しいと頼む。

「それは、ここから出たときに紹介いたします。」

「ここから出る?」

「はい。近々いい知らせが来ると思いますよ。真面目な受刑者は、もう少し楽な仕事に移されることもあるので。そちらはここ以上に面会をしやすいですしご紹介できるかと。」

「それで、俺が優良だったら早く出ることが出来るのか?」

「いいえ。刑期は変わりません。それでも過酷な場所での30年と比べたら体への負担は段違いですよ。」

「・・・そうか。早くは出られないのだな。」

「はい。それは無理でしょう。生涯かけて、彼女に慰謝料を払わなくてはなりませんし。刑とはいえ労働の対価は少しですが支払われます。それを彼女に渡さなければなりませんしね、私がその辺りは手続きをいたします。あなたは頑張って償って下さい。」

「・・・そうだな。あんたに報いるためにも頑張って償うよ。」


 そして数日後、

「お前の真面目な仕事ぶりが評価された。移動が決まった。」

「本当ですか!ありがとうございます!そこでも償うため頑張ります。」

 男は頭を下げた。


 ふざけるな、一生償って慰謝料を払えだと?こっちが慰謝料を貰いたいぐらいだ。ほとぼりが冷めるまで逃げて、その後は留学から帰国するソフィアを襲おう。そして侯爵家から金を搾り取る、永遠にな!


 移送される時がチャンスだ。圧倒的に見張りの数が違う。

 男は脱走の計画を立てるのだった。





 そして移送の馬車に乗り込むとき、周囲にさっと視線を巡らせ御者の他に護衛は一人だけだと確認した。優良受刑者の男一人の移送ならこれで十分だろうと判断されたのだろう。

 そして、途中で腹痛を訴え護衛が大丈夫かと近寄ってきた時に男は思い切り膝で腹を蹴り上げ、気を失わせた。移送馬車の中での大きな物音と振動に御者が馬車を止めて声をかける。

「大丈夫ですか?!何がありました?」

「受刑者が具合が悪くて倒れたのだ!開けてくれ!」

 男は成りすまして返事をすると、護衛の剣を後ろ手に引き抜き縄を切った。

 そして、扉を開けて立ちすくんだ御者を剣の柄で殴り、馬車に放り込むと外から鍵をかけ閉じ込めた。

 ワゴネットと馬を切り離そうとしたその時、どこからか馬の足音と地響きが近づいてきて、あっという間に男は騎士たちに取り囲まれてしまった。


「脱獄と、傷害、殺人未遂か。バカな男だな。」

「ち、違う!誤解だ!ふ、二人の具合が悪くなったので助けを呼びに行こうと・・・」

「御託はいい。お前はずっと監視されていたんだよ。」

 馬車から助け出された二人は、幸い無事だった。

 万が一の為に二人は服の下に鎖帷子を着用し、頭部を狙われた時だけは反撃を許可されていた。

「なんで・・・そんなこと・・・」

「我々はトゥーリ侯爵家の騎士だ。」

「トゥーリ!なぜだ!どうしてわかった?!」


 喚く男は拘束され、猿ぐつわを嵌められ元の馬車に押し込まれた。

 そして脱獄を企て護衛と御者を殺そうとしたとした罪に加え、本人が自筆で書いた手紙から、他国の貴族令嬢を刺した殺害未遂の罪も明らかになり、前回の罪に加算され厳罰が下された。

 暴力的で、反省の色がなく、空気を吸うように虚言を吐く男を、更生の余地はないと極刑が処されたのだった。




 トゥーリ侯爵はエミリアの事務所を訪ねた。

 そして個室で弁護士としてのヨハンに面会を求めた。

「ヨハン殿、この度は貴殿のおかげで憂いを完全に払拭する事が出来た。深く感謝する。」

「いいえ、とんでもありません。エミリア様に対する償いをさせたかっただけですから。ただ・・・後味の悪い結果になってしまいました。」


 ヨハンはエミリアの事件を調べ、被害者にエミリアが入っていない事を知った。犯人に怒りを覚えたヨハンは、自分が弁護をした受刑者にせっせと面談しにいき、世間話でいろんなことを聞き出していた。

 事前の評判が悪いのにも関わらず、優良受刑者と聞きヨハンは違和感を感じていた。

 日頃から、親身に相談に乗ってくれるヨハンに感謝していた受刑者たちは、ヨハンがある男を気にしていることを知ると頼まれずとも積極的にかかわりを持ってくれた。

 その結果、特に悪い噂は聞こえてこなかった。しかし、その男が従順を装っている印象がするという報告もゼロではなかったため、念のためヨハンは、トゥーリ侯爵に報告したのだった。

 遠い先だと言っても、いつかその男が出てくることを危惧していた侯爵とエミリアの仇を取りたいヨハンは、その男の本性を引き出す計画を立てた。


 とはいっても、あの男が真摯に反省し、エミリアを傷つけた事やソフィアの心にも傷を負わせたことを後悔して本心から償うつもりであればいたずらに事を荒立てるつもりはなかった。

 だからあの手紙が本心なら、あの男は鉱山より安全な労働で許されたはずだった。しかし、本心ではない場合、あの手紙を犯罪の証拠として訴えるつもりだった。

 そのうえで恩赦がないことや一生弁済をしなければならないと、生涯償うことを匂わせてみた。

 追い詰められた男が本心を漏らすのではないかと、それ次第で手紙を使うことになるとそう思ったのだが・・・

 万が一にもそれはないだろうと思っていた想定していた最悪の手をあの男は使い、あの男は自ら命を放棄することとなった。


「あの男の自業自得だ。私は君に感謝しかない。あの男はいまだ娘にこだわり、復讐をする機会を狙っていたと白状した。知らない間に脱獄して娘に何かあったらと思うと・・・君は命の恩人だ。君たちは二人そろって娘の命を助けてくれた。感謝している。だがこのことは彼女には言わない方がいいのだろう?」

「はい。エミリア様はあんな男でも自分の件で極刑になったと知ると胸を痛めてしまいます。私たち二人の胸に納めたいと思います。」

「わかった。君たち二人が何か困ったことがあればいつでも相談してほしい。必ず力になる。」

 侯爵は二人の後ろ盾になることを約束して帰っていった。


 侯爵が帰っていくと、ヨハンは笑った。

 あの男が、思った通りに動いてくれ、望んだとおりの結果になったからだ。

 端からあの男を許すつもりはなかった。エミリアを刺した男。下手をしたらエミリアは命を失い、自分から永遠にエミリアを奪ったかもしれない男を許せるわけがない。

 


 ねえ、エミリア様、あなたのためなら僕は何でもします。もう、逃がしませんよ。


 終わり

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最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!

これにて完結となります。


最後だけちょっとホラー風?(*´▽`*)

けど、ただのエミリア大好きっこです。なんでもする・・・これはエミリアに尽くし、ヨハンにベタ惚れさせる気満々というポップな気持ちです。病んでるわけでも、狂気を隠しているわけでもありません( *´艸`)。たぶん・・・

エミリアの被害をあまり公にせず、男のやったことに対する正当な罰を与えたかったヨハンでした。

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私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、優しいのか れもんぴーる @white-eye

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