第23話 ヨハン 一世一代の立ち回り
まだ事務所にエミリアとディックしか来ていなかったある朝の事。
「ねえ、ディック。バランド様に辞めていただこうと思っているの。」
「ええ?!どうして?今あの人にいなくなられたら困るじゃないか。あんな優秀な人材二度と出会えないよ!」
「ええ、だからなの。こんな小さい事務所に埋もれていい方ではないのよ。」
「そんなのはもともと承知しているよ。ヨハン殿はエミリアを追いかけてきたんだからここが天国なんだよ。最近、仲がいいしよりを戻すのかと思っていたんだけどなあ。」
「・・・。そんな資格ないのよ。私は素直じゃなくて意地っ張りで・・・バランド様の良い所を見ようともせずにひどいことをしてきたわ。それなのに何度も助けてもらって・・・一緒に働いて彼の良さを実感したの。だから・・・ちゃんと幸せになってもらいたいの。それに彼の能力はもっとたくさんの人の為に役立てて欲しい、独立を応援しようと思っているの。」
「・・・ほんと素直じゃないな。ヨハン殿に惚れてるんじゃないの?」
「・・・うるさい。彼には近いうちに話すから。」
ディックは溜息をつくと
「わかりました。けど、早めに代わりの人募集してくださいよ。彼のような優秀な人材は無理だろうけど、雑務だけでもいいから来てくれないと今は回らないよ。」
「ええ。今日の帰りに依頼しに行くわ。募集だけでもしておかないとすぐ見つかるかわからないもの。」
それから二十分ほどしてヨハンは出勤してきたが、髪がびしょびしょだった。
エミリアはびっくりしてタオルを渡しながら
「どうしたんですか?!」
「いえ・・・ちょっと。もう大丈夫ですので。」
「そう?私たちもうすぐ集合場所に行かなければならないのですが・・・」
「ええ、大丈夫です。ですが、今日少しだけ抜けてもよろしいですか?」
「ええ。別に早退してもらっても大丈夫だから。本当に大丈夫ですか?」
エミリアはヨハンの濡れた髪を見る。
「はい。ちょっと夢かと思って・・・。現実でした・・・」
「はい?」
「いえ、なんでも・・・しっかり留守番しておきますので行ってらっしゃいませ。」
エミリアは本日の観光案内を終えると、事務所に戻ってきた。
求人を出しに行くため、手早く事務所を閉めたエミリアにヨハンは大切な話があると声をかけた。
「もしよければ明日にしてほしいのですが。」
「どうしても今日聞いていただきたいのです、お願いします。」
「・・・わかりました。」
「では、僕の家へどうぞ。」
「え?それはちょっと・・・もう暗くなりますし。」
「帰りはお送りいたします。」
エミリアは、しばらく考えたが承諾した。
ヨハンはお茶とお茶菓子を出してくれた。
一息つくと
「今日は突然すいません。お仕事でお疲れですのに。」
「大丈夫です。それでお話とは?」
「はい。少しお待ちを。」
席を立ち、隣の部屋から小さな箱を持ってきてテーブルに置いた。
箱を開けるとそこには美しく輝く宝石のついた指輪が入っていた。
「これは?」
「エミリア様。僕と・・・私と結婚してください。お願いします。」
「・・・私もお返事をしようと思っていました。・・・申し訳ありませんがお受けできません。」
「・・・理由を聞かせていただいても?」
「私は頑固であなたの悪い所しかみようとしなかった。あなたがどれほど誠実に真摯に対応してくれても耳を傾けようとさえしませんでした。なのにあなたを利用するばかりで・・・。きちんと向き合う事から逃げたせいであなたは家族も仕事も手放すことになりました。私にはそんな資格はありません。」
「では・・・責任をとってください。」
「え?」
「僕に悪いと本当に思っているなら・・・僕が故郷を捨てて官吏を辞めたことを申し訳ないと思って下さっているなら責任をとってください。」
いつになく、厳しいことをいうヨハンに怯んだ。
いつものように、そんなことはない、悪いのは自分だと言ってもらえると知らず知らずに傲慢な思いを抱いていたのだ。
「・・・申し訳ありません。」
「謝罪などいりません」。
「では・・・どうすれば・・・」
ヨハンは指輪を手に取り、立ち上がると震えるエミリアの指にそっとはめた。
「これを受け取ってもらえますか。責任をとって。」
「そんなの・・・」
エミリアの目に涙が浮かぶ。
ヨハンは一世一代の勇気を出してエミリアに口づけした。
正攻法で求婚しても罪悪感からエミリアは受け入れてくれないだろうと思ったヨハンは、卑怯だと感じながらもエミリアが後ろめたくなるようなことをいったのだ。
今朝、事務所のドアを開けようとしたところで中の声が聞こえてしまった。
え?僕を首に?
彼女の答えは僕を拒否・・・近くにいる事さえ許してもらえないのかと足元から崩れ落ちた。しかしその後に続く言葉を聞いて我が耳を疑った。
エミリア様が・・・僕に・・・惚れてる?惚れてる?!
ヨハンはふらふらと立ち上がると歩き出し、目についた井戸の水を頭からかぶった。
夢じゃない・・・しかも僕は正気だ・・と思う。念のためもう一回。
もう一度頭から水をかぶった。
冷たかった。夢じゃなかった。
小躍り部隊大集合!!
そのあと事務所に戻り、仕事の中抜けの許可をもらったのだった。
求婚の用意をしに帰らなくては。
指輪はすでに用意してある。美味しいお茶の用意とお菓子。そして花束。そして・・・あわよくば一晩一緒に語り明かせたら幸せ!
そして今、僕はエミリア様を抱きしめている。
感動しすぎて離すことが出来ない。心行くまで味わいたい。
勇気を振り絞った渾身のキス!拒否されたら立ち直れないところだったけど・・・柔らかい唇に僕は昇天しそうだった。
「バランド様・・・本当に私でよろしいのですか?」
「貴女しか僕は求めていないのです。生涯幸せにします。二度と貴女を悲しませることはありません、約束いたします。」
「・・・ありがとう。よろしくお願いします。」
エミリアは泣いているような震える声でそう言った。
「・・・ありがとうございます。」
ヨハンの目には涙が浮かび、エミリアを抱きしめる手は細かく震えていた。
小躍り部隊が飛び出そうとしたが、部隊長が、今はその時ではないとそれを制していた。
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