第20話 里帰り

 アルテオ国の学院の休みに合わせて、ソフィアに会うため久しぶりにアルテオ国に戻ることにした。その間の一週間、仕事は休みにした。


「私も里帰りの機会ですので、ご一緒します。」

 ヨハンが一緒に帰省してくれたおかげで乗合馬車ではなく、二人で馬車を頼むことができ、ずいぶんと楽な移動となった。

「バランド様は、ご実家に帰られるのですね?」

「はい。エミリア様は・・・」

「私は友人のもとに身を寄せるつもりです。帰りは別々で帰りましょう、バランド様はご家族に会うのも久しぶりでしょうから滞在期間伸ばしてはどうですか?仕事の方は大丈夫ですので。」

「大丈夫です、帰りも一緒に帰ります。その方が馬車も貸し切りで快適ですし。」

「それはそうなんですよね。ヨハン様のおかげでありがたいですわ。」

 ヨハンは二人きりになるチャンスを逃したくはない。

 いつもと違うシチュエーションに、エミリアもいつにも増して表情も柔らかく話をしてくれる。

 しかし、本当は里帰りなんてしないで欲しかった。

 アルテオ国にはヴィンセントがいる。友人も兄もエミリアが頼れる相手がたくさんいるのだ。レイノー国ならヨハンと二人きりなのに(妄想)。


「アルテオ国でもお会いしませんか?」

「ごめんなさい。日程が詰まっているの。」

「そうですか・・・。」

 しょぼんとするヨハンに申し訳ない気分になった。

 同僚として一緒に働いているうちにその有能さに驚き、感謝もしている。そして変わらず自分に好意を示すヨハンに初めこそ、うっとうしく思っていたが異国での暮らしの中で同郷の仲間がいるのは想像以上に心強く、安堵感を与えてくれていた。

「帰りの馬車、またご一緒してもらっていいでしょうか?」

「もちろんです!」

(にやけるな!にやけるなヨハン!)

 ヨハンはその言葉だけでも、大前進だと大いに喜び、感動に打ち震えるのだった。



 ヴィンセントはエミリアとカフェに来ていた。

「今回の滞在で家には戻らないのか?」

「もちろんよ。何度か手紙が来たのだけど・・・バランド家との婚約を破棄してやるから帰ってこいって。代わりに他の嫁ぎ先を決めたらしいわ。私が仕事を立ち上げた事や、トゥーリ侯爵の事務所の間借りから独立した事とか伝えても外国人の女性が物珍しくて客がついただけですぐに駄目になる、調子に乗らずに帰って来いって。」

「・・・ひどいな。どんなに頑張ってるのか理解してくれないのか。子爵は優れた商才があるのに。エミリアのやっていることがどれだけ将来性があるとかわかるだろう。」

「色々商売の事を教えてくれて尊敬していたのに・・・婚約できる年齢になってから変わってしまったの。娘を利用することしか考えていないから目がくらんでいるのよ。もういいの。向こうも親の言うことを聞かず、仕事をするような娘など貴族らしくないと見捨ててるでしょうし。」

「だけど、婚約問題が起こるまではそれほど仲が悪くなかっただろ?それでいいのか?もしかしたら口は悪いけど、異国での生活を心配してくれてるのかもしれないよ。」

「・・・そりゃ、寂しくないことはないわ。勝手なことをしてる罪悪感もある。でも、元婚約者が不誠実だと相談した時に、両親とも私の事など何も考えてくれなかったの。バランド様との婚約の事よりも、愛してくれていると思っていた両親に愛されていなかったことに傷ついたんだと思う。・・・私はただの道具に過ぎなかったんだって悲しくなっちゃって吹っ切れた。」

「結局、あの男のせいで婚約も家族も失ってしまったというわけだ。」

「そうね。けど・・・おかげで考えてもみなかった夢がかなったし、ずいぶん助けてもらっているの。」

「へえ、うまくいってるわけだ。」

「従業員として優秀なの。」

「なんか、腹が立つんだけど。」

 ヴィンセントは少し不機嫌になる。


「より戻す気?」

「そんな気はないわよ。あくまでも労使の関係です。」

「でも、エミリアの為に官吏辞めて、国を出てまで追いかけるなんてそうそうできる事じゃないだろ。絆されたりしない?」

「・・・どこかで今更なに?と思ってしまうの。でも従業員としていなくては困る存在にはなってるから複雑だわ。」

「・・・前に言ったみたいに、帰ってきてこっちで仕事したらどう?」

「うん、あれから考えた。素晴らしいと思ったわ・・・でも条件や環境が違うし、レイノー国の経済活動に寄与したといって褒賞までいただいたの。あちらで軌道に乗るまでたくさんの方のお世話になったし、恩返しの意味でもレイノー国で頑張りたい。・・・ごめんなさい。」

「・・・そうか。そうかなとは思っていたんだ。向こうで自分の居場所をしっかり築いているのを見たらもうエミリアは帰ってこないかもって。あ~あ、はじめから婚約出来ていたら離れ離れになることはなかったのに。子爵を恨むよ。」

「あの人は自分の利益の事しか考えていないから。」

「俺は・・・レイノー国でのエミリアを見て奮い立ったよ。だからただ侯爵家を継ぐだけじゃない、今以上に領地を繁栄させてみせる。母を捨て俺を好き勝手に扱った父に思い知らせ隠居させる、そして母を呼び寄せるつもりだ。」

 ヴィンセントは少し辛そうな顔をしながらも、自分の決意をエミリアに告げた。


「・・・ヴィンセント。頑張ってね、力になれる事なら何でも相談して。」

「ありがとう。エミリアも頑張れよ。・・・お互い、頑張ろうな。」

「うん・・・うん。」

 エミリアの目は少し潤んだ。

 両者が交差しない未来を二人とも選択したのだ。

 お互いに大切なものに向かって進みゆくことを。

 ヴィンセントは初恋に、エミリアは淡いもうすぐ恋になったかもしれない感情に別れを告げた。

 その日の別れ際、ヴィンセントは兄として妹の頬にキスをした。



 その後も兄や友達と会ったり、新しい店を覗いたりと十分母国を満喫するとまたヨハンと合流し、レイノー国へと向かった。

「エミリア様、お休みは楽しまれましたか?」

「ええ。久しぶりに友達と会えて楽しかったですわ。皆もレイノー国へ遊びに来てくれるそうなの。楽しみですわ。バランド様は?」

「・・・。僕は実家に戻っていました。」

「ご両親はお元気でしたか?その・・・お怒りではないの?」

「いえ、僕ももういい年ですから。それに三男ですし、自由にさせてもらっています。」

 本当は官吏を辞めたことを今でも怒られている。

 ましてや見込みのない令嬢を追いかけて他国へ行く軟弱者とも言われているが、自分はそうは思っていない。愛する人の為にすべてをなげうつ強さがある、と思っている。

 ただ、それをするのが遅すぎたせいで一番大事なものを失ったのだけど。


「そう。本当に・・・私の事は期待されても困りますので、いつ帰国されもよろしいのですよ。」

「いえ、僕はエミリア様の仕事のパートナーとして大変有意義でやりがいのある仕事をさせていただいていますから。僕の事は心配ありませんよ。」

 ははっと空笑いをして見せる。

「そ、それでっ・・・幼馴染の侯爵令息にもお会いになられたのですか?」

「え、ええ。」

 昨日の事を思い出して、エミリアが視線をさまよわせたのに、ヨハンは勘違いをして深く落ち込んだ。

(もう・・・本当に挽回なんて不可能かも・・・)


 せっかくの二人旅だというのに、小躍り部隊に出番はなかった。

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