第11話 崖っぷちのヨハン

「あ~あ、どうしよう。崖っぷちも崖っぷち。もう途中まで転がり落ちてるよね。」

 エミリア様と幼馴染という男。しかも侯爵家の嫡男だなんて。

 彼から見たら子爵家の三男なんて吹けば飛ぶような枯葉レベル。しかも信頼し合って、ア~ンする間柄。

 むしろもうあちらが婚約者。

「なんか・・・外国行くなんて話・・・初耳だし、本当にもう僕との未来考えてないんだ・・・。」

 うだうだ考え込んでいるヨハンにアイラはイライラして

「ちょっとヨハン!聞いてるの?あんな侮辱されて放っておくつもり?!あんな女さっさと婚約解消しなさいよ。偉そうだし、浮気してるじゃない。そうだ!慰謝料もらって、私たちの結婚資金にしましょうよ!。」

 何を言っているんだこいつは、とアイラを見た。

 そもそもここに来たのは、アイラが後妻に入る予定の相手からヨハンとの不貞を疑われて婚約破棄、慰謝料請求されたことを話し合うためだった。

 もちろん家同士の話し合いもしているが、アイラが二人で話したいとやってきたのだ。

 しかしもう家に招き入れて二人で過ごしたくはなかった。

 だからわざわざ外で会ったというのに、そこでもまたもやエミリアに出会ってしまったのだ。


「そこまで偶然が続くと運命の相手だと思うんだけど・・・」

 全てが裏目。不信感を与えるだけの運命。

「アイラは僕と不貞を勘違いされて婚約破棄されたんだぞ。もっと真剣にお相手に誤解をときにいけよ、全くの濡れ衣なんだから。」

「いいの。その程度の思いなんでしょ。私はヨハンと噂されて、嬉しいわ。後妻に入るより、ヨハンと結婚する方が嬉しい。あの女もヨハンと別れたがってるんでしょ?ちょうどいいじゃない、私たちの結婚に障害ないじゃない!」


 ここまできて鈍い鈍いヨハンもようやく思い至った。

 はなからこうなることが目的だった。年の離れた後妻に行くのが嫌で、王都に慣れたいという口実で目立つよう二人で出かけ、エミリアとの顔合わせをわざと潰して二人の間に溝を作る。そして自分がヨハンの伴侶に収まる。これがアイラと、男爵ともに望んでいた事なのだろう。

 昔からの家族ぐるみの付き合い、幼馴染。頼られて力になれればと、馬鹿みたいに自分のことを後回しに面倒を見た結果、婚約者を失いかけている。

「・・・我ながらなんてちょろい・・・。エミリア様の言う通り・・・僕は馬鹿だ。」

 気弱になると思わず第一人称が僕になる情けないヨハン。

「馬鹿じゃないわ。バランド家の三男で、王宮で官吏の職についているじゃない。とても素晴らしいわ!馬鹿なのはあの女よ、あんな女と早く婚約解消して。」

「・・・なぜだ?誰が婚約破棄したいと言った?」

「あなたのこと馬鹿にしたのよ?偉そうにつんけんして、他に男がいるんだからもういいじゃない。訴えましょうよ。あなたのお父様と、お兄様はその道の専門家でしょう?たっぷりと慰謝料とって、不貞女と噂も広めてやらなくちゃ!」

 滔々と馬鹿な事を言い続けるアイラにうんざりだった。


「・・・ああ、訴える。」

「うれしいわ!頑張ろうね!」

「お前と男爵を訴える。」

「何言ってるのよ?!」

 ヨハンは席を立つと店を出て行った。

「待って!ヨハン!」

 追いかけようとしたが、自分の代金を払えと店員に止められ追いかけることが出来なかった。

「なによ!婚約者の食事代くらい払っていきなさいよ!」

 アイラは見えなくなったヨハンに怒鳴った。



 エミリアは週末家に戻っていた。

 きっと、この家に戻るのはこれで最後。感慨深い気持ちで部屋を見渡した。

 2週間後の卒業式の後、卒業パーティがある。そして寮生は翌日まで滞在することが許されている。

 その日を利用して、エミリアはソフィアとともに隣国へ渡るつもりだった。

 ヴィンセント以外に誰にも言うつもりはなかった、他の者には置手紙で十分だろう。

 今日は最後のお別れのつもりだ。


「エミリア、ヨハン殿とはきちんと話し合っているのか。例の令嬢は訴えられたそうだぞ。」

「知っています。お兄様に聞いていますから。」

「・・・。じゃあ、問題はないだろう。その令嬢が勘違いされるようにふるまっていたんだ、ヨハン殿は被害者なのだからいつまでも意地を張るのは止めなさい。」

「はい。卒業までいろいろと忙しいものですから。それから会ってきちんとお話いたしますわ。」

 無表情なエミリアに戸惑いながらも父親は満足そうにうなづいた。

 しかし母親は娘が自分たちを完全に拒絶している空気をひしひしを感じて苦しかった。

 娘が助けてと手を伸ばしてきた時に、話だけでも聞いてやればよかったのだ。夫の言うとおり、少しの問題など目をつぶりヨハンと結婚することがエミリアにもこの家にも最良だと思っていた。

 夫が手をあげてから、エミリアは心を見せなくなった。相談もしない、愚痴も言わない、家に寄り付きもしなくなった。

「エミリア、この婚約に不安があるなら言ってちょうだい。」

「いいえ、何も。」


 いまさらどうしたのかしら。

 だって本当にもうどうでもいいんだから。

 彼に浮気心がなかったとしても、隠れて顔合わせの日に彼女と会っていたのは事実。事情を言ってくれればよかっただけだ。隠れて彼女と楽しんでいたのか、何なのかは知らないけれど婚約者に歩み寄ろうと思っていた私の気持ちを萎えさせるには十分だったのだから。

「あなたが悲しい思いをしたのは確かだし、そのことをバランド家に抗議をしなかったのは申し訳なかったと思っているわ。」

「別に何とも思っていません。ここまで育てていただいた感謝こそすれ、謝っていただくことはありません。それどころか先日は親に対して反抗するなど申し訳ありませんでした。」

 母親はそれを聞き、さらに嫌な予感に襲われた。

「卒業後はここに戻ってきて花嫁修業するのよね?」

「そう決められておりますので。」


 エミリアの顔を見て、母親にはわかった。娘はここに帰ってくるつもりなどないと。母として娘ともっともっと話し合わなければならない、聞いてやらねばならない。

「・・・エミリア、今日は寝る前に女同士久しぶりにお茶をしましょう。」

「いえ、明日また寮に戻らなくてはなりませんので。部屋の片づけも残っておりますし失礼します。」

 さっさと部屋を出て行くエミリアの後ろ姿に思わず涙が流れた。

「どうした?」

「いえ・・・母としてふがいないと反省しております。」

「何を言ってるのだ。あれが反抗期というものなんだろう。子供のくせに我儘ばかり言いおって。せっかく結んだバランド家との縁を些細なことでふいにしてたまるものか。」

 母親は、エミリアが戻らないかもしれないことを、夫には相談するのを止めた。それがこれまで味方になってやれなかった娘へ最後にできることかもしれない。



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