第10話 幼馴染ってこんな奴だった
急に側に女性の姿が現れて、エミリアとヴィンセントは驚いた。
「ちょっと!失礼だと思います!謝ってください!」
いきなり怒られて、何事かと顔を見ると例の男爵令嬢だった。そしてその後ろから慌ててヨハンがやってくるところだった。
「アイラ!馬鹿なことをするんじゃない!」
「だって!ヨハンだって聞いていたでしょう?二人で私たちの悪口言ってたじゃない!侮辱されたのよ?謝罪を要求するわ。」
「エミリア様!申し訳ありません!ほら、アイラも謝れ!」
エミリアたちも確かに悪口を言っており、それには気まずい思いをした。
しかし、そもそもなぜこんなことになったのか考えれば責められる筋合いはない。逆にこちらが訴えることが可能だ。しかも男爵令嬢が子爵令嬢、侯爵令息にいきなり話しかけるどころか怒鳴ってよいはずもない。
ヴィンセントも許せなかったようで
「最低限のマナーも分からないような人間は、平気で人の物に手を出すのだな。ああ、すまない。それでさえ理解できない相手に高望みをして悪かった。」
「ひどい侮辱だわ!あなたは何様なのよ!」
ヨハンが何とか止めようとするが聞く耳を持たない。
「ソニエル侯爵家嫡男ヴィンセントだ。お前は高位貴族に対して侮辱を重ねた。改めて家に抗議をさせてもらう。訴えるなら訴えろ。貴様のしでかした婚約破棄騒動を皆がどう思うのか見ものだな。楽しみに待っている。」
相手の爵位と、婚約破棄の件を聞き少し顔色が悪くなったが、それでもアイラは負けずに
「あなたには関係ないわ!もともとあんな後妻になりたくなかったもの!責任をとってヨハンと結婚するのだから痛くもかゆくもないわ!」
最後はエミリアの顔を見て、勝ち誇ったように言った。
「なるほど。もともと、なのね。」
「アイラ!私はお前とは無関係だ!さっきまでその話をしていただろう!エミリア様、違うのです!私は決してあなたを裏切るようなことはしておりません。」
店中の視線が痛い。皆がこちらに意識を集中しているのがわかる。
心底、こんなくだらないことに付き合うのがばかばかしい。
「ヴィンセント、帰りましょう。別の店で口直ししたいわ。」
「ああ、そうしよう。」
「エミリア様!」
「ああ、そうだわ。バランド様。これからはフィネルと家名で呼んでくださいませんか?呼び捨てにされているご令嬢がおりますのに、私のことを名で呼ばれるといらぬ誤解が広まりますから。私もこれからはバランド様と呼ばせていただきます。では、ごきげんよう。」
「待ってください!エミリア様!お時間を・・・時間をとってくださると!」
あきらめの悪いヨハンを放って店の外に出た。
「こんなに恥ずかしい思いをしたのは初めて。」
「俺もだ。いろんな意味で恐ろしい女だな。なんだかお前の婚約者に同情したくなったよ。」
「なんでこんなことになるのかしら?私は最初から婚約解消すると言ってるのに、勝手に巻き込まれて・・・もう放っておいて欲しい。」
本当にヨハンの気持ちが全く分からない。
口ではエミリアをずっと思っているようなことを言っているが、実際今日もあの男爵令嬢と二人で会っていたのだから今さら取り繕う必要ないはないのに。
二人は、今度はマナーがなってない男爵令嬢では入ることのできないところに入った。
「彼らの悪口を聞かれたということは、私の隣国行きも聞かれたかもしれない。」
「旅とか誤魔化せばいいんじゃないか?」
「そうね。きっと会う機会も話す機会もないからもういいのだけど。」
二人は運ばれてきた食事を食べながら、旅の話をした。
そして最後のデザートに差し掛かると
「ヴィンセント、とても嬉しかったのだけど、あなたとの婚約は受けられないわ。」
「・・・どうしてか聞いてもいい?」
「ヴィンセントがずっと努力してきたのを知ってるの。あんな家であんな目にあって・・・それでもあの家のために頑張ってきたじゃない。それでやっと侯爵様に認められて、後継ぎに指名されたのだからそれを手放してほしくない。」
「エミリア・・・。」
あの時はエミリアについて隣国へ行くと言った、それも本心ではあった。
しかし、これまでの自分の努力と思い描いていた将来。
エミリアにふさわしい男になるために努力した、そして父親と死んだ義母を見返してやりたい気持ちもあった。
幼いころに引き離されてから会うことも許されなかった実の母にも会いに行き、生活を支えたい。そんな諸々の事情と気持ちを汲んだように、エミリアはこの国に残れと言ってくれた。
「私も・・・婚約解消騒動がきっかけだけど、実際にあちらの国に行ってみてすごく胸が震えたの。向こうで自分の力で生きてみたいって。この国であなたを支える良妻にはなれないから・・・ごめんなさい。わがままで。」
「謝らなくていい。エミリアの気持ちはすごく嬉しい、俺のことをずっと見てくれていたんだから。でもさ、すぐに結論出さないでおかないか?」
「え?」
「お前は隣国にわたり結婚するつもりは今のところなし。」
「うん。」
「俺はお前と結婚するために次期侯爵になる努力をした。でも今後、お互いにどうなるかわからないだろう?俺がこの国に嫌気をさして隣国へ行くかもしれないし、お前が帰ってくるかもしれない。その時は・・・縁だと思って結婚しないか?それでお互いが離れている間に好きな相手が出来たなら祝福する事。恨みっこなしでどうだろう?」
「それは・・・私はありがたいわ。嫌な相手からアプローチされたら婚約者がおりますって断れるしね。あ、でも気兼ねなく婚約者探してくれればいいのよ。侯爵家では婚約者を決めるよううるさく言われるのでしょう?」
「・・・俺としては待っててね、くらい言って欲しい所だが。」
二人は顔を見合わせて笑った。
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