第11話 他の開拓村への支援
『ふう……。とりあえずこれで一段落ついたな。これならしばらくは大丈夫だろうから、これで様子を見よう。うまくいってくれないと困るんだが。』
まあ、何だかんだはあったが、そんな風に小型化したエルは防壁を作成した村を満足気に見る。
よく出てくるゴブリンたちや他の怪物たちでも石の防壁はそうそう突破できないだろうし、結界と石の防御壁ならばさらに効果は二倍。
これならそうそう怪物どもも手出しできないだろう、とむふーとエルが満足気にしていると、その村の村長が恐る恐る話しかけてくる。
「ありがとうございます。竜様。まさかここまでしていただけるとは……。なんとお礼を言ったらいいか……。」
『まあいいよ。その代わり作物などを我に捧げてくれるとありがたいな。小麦や大麦などよろしく。加工物でもいいよ。』
よっしゃあ!実質的な農奴たちゲット!農奴というが、実際的な関係は奴隷というより地主と小作人の関係に近いかもしれない。
この土地を守護する地主として、小作人が作ってくれた農産物を獲得するのはウィンウィンの関係だといえるだろう。
肉や魚などのほかに小麦、大麦などの様々な穀物が取れればこちらの食生活はさらに豊かになる。
《うーむ、調子に乗ってますねぇこの竜。》
《とはいうものの、人間の地主と違いきちんと農民たちを守って加護も与えているから俺たちがあれやこれやいう筋合いじゃないんだよな。》
《威張るだけの人間の地主よりも遥かに全うなのなんなの?》
そんな風に視聴者たちのコメントを見ながら、まあこれでこの村も多少は知名度が上がるといいなぁ、と自分の爪で顎下をぽりぽりと掻いている小型化したエルを見ながら、村長はさらに恐る恐るとエルに対して話しかける。
それはもう一つの隣(といってもかなり離れているが)の開拓村も何とかしてほしい、というものだった。
『なにぃ?他の開拓村が飢えに苦しんでるから我に何とかしてほしい?あのさぁ……我何でもできる魔法使いじゃないんだけど……?いやまぁやるけど……。』
まあ一つの村より複数の村を救っていたほうがより人類社会には食い込みやすいのは事実だ。エルはそれを容易く引き受ける。
「は、ははぁ!ありがとうございます竜様!!ぜひよろしくお願いします!!」
ユリアたちと共に、教えられた他の開拓村へ行くエルたち。
警戒して攻撃を仕掛けないように、わざわざ村長も共に行ってくれるのはありがたい。これなら問答無用で攻撃が仕掛けられることもないだろう。
そして、村長の案内で隣の開拓村にたどり着いたエルたちだったが、そこは酷い状況だった。痩せこけている人々が何とか立っている状況であり、こんなところを怪物たちに襲われたら一たまりもないだろう。村長もこんな状況なら支援を要求するのも無理はない。
「と、隣村の村長!?何!?我々を支援してくれる竜!?正気か!?」
それを聞いて一斉にざわざわと村人たちはざわつくが、この飢餓の状態を解決してくれるのなら怪物でも竜でも構わない。まさしく藁にもすがる思いである。
バロメッツの肉を分け与えるのもいいが、これだけの人数だと、こっちのバロメッツの羊の肉が枯渇してしまう。飢えた村人に肉を分けてこちらが飢えるなど本末転倒である。せめて、ある程度の水増しはしなくてはいけない。
エルは村の中をふむふむ、と見て回って、比較的量のある小麦や大麦を取った後の藁に対して目をつける。
『よし、小麦を取った後の麦わらならあるだろ?まずはそれを集めてきてくれ。できるだけ大量にな。行くぞ。《食料変化》!!さらにこれを《調理》ッ!!』
《食料変化》の呪文。これは金属以外の物体を全て食料へと変化させる呪文である。
例えていうなれば、その辺の石ころすらも食料へと変化することができる。
しかし、これは元が食料に近いほど美味しい栄養のある食料へと変化する。
石ころでは大した食料にはならないが、麦わらならば元が小麦や大麦など食料にも近いので、いい食料へと変化できるのである。
まずは藁を入れられるだけ大釜へと入れていく。そしてその中に水を塩を入れて《食料変化》と《調理》の呪文をかけると、その藁と水はたちまち魔術的変化を起こし、温かいいい匂いのするシチューへと姿を変えていった。
二つの呪文の効果で、たちまちは麦の藁は、藁が浮かんでいる暖かいシチューへと姿を変えた。さらにそこに迷宮から持ってきた塩などを加えて味を調整する。
それを見たユリアは驚いてエルに対して話しかけてくる。
「わ、藁のシチュー!?本当にこれ食えるんですか竜様!?」
《藁を食うの!?人間が!?》
《あのさぁ。人間は牛じゃないんだけど!?》
ユリアや視聴者の驚きを他所に、魔術によって食料に変化したいい匂いをしているシチューに対して、ふらふらと飢えた村人はやってくる。
原料が藁だろうが何だろうが、とりあえず食えればいい。それが飢餓に陥った人々の思考である。
『まぁまぁ。とりあえず食べてみなさい。本当に上手くできたかどうか我知らんけど。』
「む、無責任~!!ええい、では私がいただきます!!」
視聴者的にも、ダンジョンではないがこういうのを配信すればそれだけ取れ高も上がる。そんな絶好の機会を放置できない、とユリアは藁のシチューに口をつける。
「むぐむぐ……。ほ、本当に食べられる!?藁がパスタみたいに柔らかくなってる!?これ藁っていうよりもう小麦ですよ!?」
簡単にいうと、日本的に言えば『麺』といえば分かりやすいだろう。
藁自体が食料変化の呪文で小麦性の麺、パスタとほぼ同じと化しているのだ。
シチューの中にパスタが入っているシチューパスタとほぼ同じといえるだろう。
物理法則を無視している?それを無視するのが魔術というものである。
別段、腸の中で本物の藁に再度姿を戻すとかそんなことはない。きちんとした食料になるはずである。味はまあそれなり程度だが、飢餓に苦しんでいる村人にとっては、まさに天恵であろう。
そのユリアの言葉に従い、村人たちも恐る恐るその藁のシチューを食べてみる。
美味しさはそれなりではあるが、飢えに苦しむ村人たちにとってはまさに神の救いそのものである。
号泣しながらシチューを夢中で腹にかっ込んでいく村人たちを見て、エルは慌てて声をかける。
『ああ、あんまり急いで腹に入れないようにな。お前ら死んでしまうぞ。ゆっくりとよく噛んで食べろ。』
飢えた状態からいきなり大量の食糧を与えられるとリフィーディング症候群と呼ばれる症状を起こして、死亡してしまうことがある。
これは日本では秀吉の鳥取の渇え殺しや三木の干し殺しなどで、極限の飢餓を味わった籠城した人々が実際に起こした出来事である。
それを防ぐためには、ゆっくりとよく噛んで食べるのが一番である。
せっかく救ったのに目の前で死なれるなど、後味が悪いにもほどがある。ある程度落ち着いて、掻き込んでリフィーディング症候群を起こさないだろう、と判断したエルは今度はバロメッツの羊の肉を魔術でシチューへと変換し、皆の腹が膨らんだところを見てふう、とため息をつく。
『ところで何でこんな森林内部で飢餓に陥ったの?動物とか魚とか食べようと思えばいくらでもあるよね?』
「お、恐れながら竜様。怪物たちが平然と歩き回るここで魚取りや狩りなども難しく……。狩人たちと言った専門家も怪物たちからの襲撃で命を落としノウハウも次第に失われ……。必死の思いで村の外にいく者たちも帰ってこれず……。」
なるほど。そういった悪循環が重なり、結果飢餓に陥ってしまったらしい。
とりあえず一通り腹が膨れて目の前の餓死は免れたが、また新しく自立の手段なり、大量の保存食の準備など必要だなぁと思う。
『と、いう訳でこの村も我の地脈結界と石壁で守護するがいいか?きちんと地脈で育つバロメッツも分け与えよう。』
ははぁ~!!とこちらの村長は号泣しながら土下座してエルの申し出を受ける。
まさしく地獄に現れた神そのものである彼を受け入れないなどという選択肢はない。
だが、エルの方でもタダでこんなことをするはずはない。彼なりの打算はある。
なぜエルが彼らの村を守護するのか。それはこの村の近くに《鉱物探知》の魔術で鉱脈があることを発見したからである。しかもそれは金鉱脈に他ならない。
《鉱物探知》で発見できるのであれば、それはかなりの量の金鉱脈が期待できるということだ。
金鉱脈があるのなら、金が発見されれば、ゴールドラッシュでこの村も大々的に賑わっていくだろう。その前にこの村を自分の手に……もとい、守護してある程度の影響力を確保しておこうという腹である。
『あと、前と同じ事をやっても面白くないから違う事を試してみるか。』
小型化したエルはふよふよと村から離れた場所まで飛んでいき、いきなり大型化すると、森に対して、正確には森に住まう動物に対して威嚇の咆哮を行う。
『ガァアアアア!!』
巨大化したエルは森に対して大声で吠えて森の獣たちに対して威嚇を行う。
その咆哮に恐れをなして、イノシシやシカなどと言った野生動物たちは一斉に森の中を駆け出して逃げていく。
そして、その野生動物たちは誘導されるままに、村のほうへと逃げていくが、すでに土を盛り上げて石壁にしている村では野生動物たちが来ても十分防御できる。
石壁に突撃してきた野生動物たちを、次々と岩や投げ槍などで倒していく村人たち。そうして石壁の前でのたうち回る大量の野生動物たちを村中へと引っ張り込み、次々と解体して肉へと変えていく。
『よし、後は川があったはずだよね?そこに行ってみようか。我がいるのなら怪物ども襲ってこないだろう。』
そういうと、エルは村人と一緒に近くの川まで行き、川の畔に指先を突っ込むと、雷撃魔術を川に流す。
俗に電気ショック漁法と呼ばれる漁業である。これはダイナマイト漁と同じく、川の水産資源、すなわち魚を根こそぎ取りつくす方法で水産資源に与えるダメージが大きく基本的に禁止されている方法である。
だが、まだまだ前人未到であり、人がほとんど取っておらず、豊富な水産資源を持っているこの大自然なら多少は問題ない、とエルは判断したのである。
『ほれ。今のうちだとれとれ。食べきれなかった魚は燻製にするなり塩漬けにして保存食にすればしばらく食うに困らんだろう。塩は我が与えてやるから心配するな。』
魚や肉はそのままではすぐに腐るが、塩漬け、燻製、干物などといった保存食に加工すればかなり長時間食糧の保存・貯蓄が可能である。
しかし、燻製や干物はまだしもこの時代塩はまだまだ貴重品である。
それをぽん、と与えてくれるのだから、まさにこの竜は彼らにとっては神そのものであった。
「竜様!竜様!竜様!」
村人たちの歓声に、エルはむふーっと満足気にドヤ顔するのだった。
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