寺崎律、、。
寝起きでもこのクオリティかよ。
律の顔の良さに新鮮に驚きを感じつつ制服を身に纏う。できるだけ裸体は見ないように尽力した。制服なんて十年ぶりだとこわごわと全身鏡をみるも、現役高校生の瑞々しい姿が映る。ビジュがいい。まさか、鏡に向かってそう思う日が来るとは。
玄関から出ると、同じタイミングで祈が出てくるところだった。
エモい。この瞬間をスチルにしてください。
「おはよ。……なーちゃん?」
「はい!おはようございます」
「ふふ、律みつけようね」
朝日より眩しいです。
授業中も斜め前の祈をずっと見つめてしまった。このままではモブに「律ちゃんって祈ちゃんのことやっぱり……。」なんて妄想されてしまうではないか。そういうモブになりたい人生だった。
放課後になり、いよいよ律探し本番である。心当たりは一つ。もし、私がこの世界に入るとしたら、用意されるべき肉体は顧問であるべきだろう。何かの手違いで入れ替わっているのではないだろうか。
祈には先にサックスのパート練習で使っている教室に行ってもらった。もし、こうなった原因が律の方にあるのなら、一対一で会ったほうがいいと思ったから。大切な人の前だから話せないこともあるだろうから。
職員室をノックし、それらしき人を探す。ゲームとしての立ち絵は顔が隠れており、見たらすぐわかるというわけではない。
奥の方に恐ろしく何の特徴もない美人が譜面を眺めているのが見えた。わかりやすく、ゲームの主人公顔だな。
「先生。」
かなり律に寄せて呼びかける。万が一当てが外れたときに違和感を抱かせないため。
彼女はぎょっとこちらを一瞥し、無視した。
確定だ。
「寺崎律さん。」
今度は私そのもので。
「何なんですか」
うんざりというように頭を抱えながら項垂れている。
「話があるのでちょっといいですか。」
「私にはないです」
「先生。」
もう一度律の真似をすると気味悪げに眉をひそめ、彼女は立ち上がった。
「なんか変な感じ」
人のいなさそうなところを探し、並んで歩いているとそう彼女は呟いた。
「自分が自分じゃないから?」
「そう、だね」
手頃な空き教室を見つけ中に入る。
私の知っている律の動きは3Dモーションで限られたパターンだけなのに、目の前の彼女はまさに寺崎律というのを体現した仕草をする。姿が変わっても寺崎律は寺崎律なのだ。
「戻ってください。寺崎律に」
単刀直入に言う。
「嫌。」
撃沈す。
そうそうこれ、これが寺崎律。
「理由を聞いてもよろしいでしょうか。」
「疲れちゃった」
「何に、でしょうか。」
「全部」
「例えば、」
「祈のそばにいること」
心臓が雑巾を絞られるようにぎゅーっと痛い。いや、たしかに私が百合に求める感情の表現として使っていた痛みなんだけど。ちょっと辛すぎるかも。
「それは、なぜ……」
「君、昨日私として過ごした?」
「はい。」
「きれいでしょ、祈。苦しくなるくらい」
「はい」
「もうね、辛いの。」
昨日の少しの時間だけでも南祈の美しさに魅入られた。
「息ができない。」
その言葉にもう、何も言えなくなって彼女を見つめることしかできない。
「息ができないと、死んじゃうでしょ。人って、だから。」
彼女は押し黙る私を刺すような瞳で凝視する。
「この身体に入ってから分かったけど、私って、私達って誰かの頭の中から生み出されたんでしょ。ねぇ、なんでこんなに好きにさせたの。」
嗚呼、彼女は生きている。作り手の意思から放たれて、自分の気持ちをこんなにも育てている。
自然と涙がこぼれた。
「つくりものじゃないよ。それは。あなたにとっても私にとっても紛れもない事実。そして、誰のものでもない。あなただけのもの」
みっともなく嗚咽が漏れる。ちゃんと伝わっているだろうか。
しばらくの静寂。
「違う人間になったら、諦められると思ったの」
泣き笑いのその表情はどんな実力者のイラストレーターでもこんなに魅力的に描けないのではないかと思うくらいだった。
ふいに入り口がカラカラと音を立てて開く。
「律」
祈がどちらに声をかけているか当の本人だけが気付いていない。
「りーつ。」
彼女が見つめるのは彼女だけ。
「変わったね、だいぶ。ふふ、でも律だね」
朗らかに笑う彼女と泣き崩れる彼女。
さて、異分子は去りますか。
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