推しカプの中に入るなんて言語両断!!

水瀬なでしこ

同次元で見る南祈の破壊力たるや

 え、待って、無理。美しすぎる。これはもう、美の暴力では?

紺から毛先にかけて水色のグラデーションになっているセミロング。カラコンいらずの青い瞳にスッと通った鼻筋、薄桃色に色づいた唇。透明感を通り越してもはや透けている。

 推しを同次元で目視するとこんな感じってコト?

 ゲームアプリ『すいらぶ♪』の推し南祈みなみいのりが目の前で呼吸をしている。あまりの美に圧倒され気付かなかったが、どうやらここは彼女の部屋のようだ。ホーム画面の背景に設定しているのですぐに分かった。

 思わず、空気を胸いっぱいに吸い込む。爽やかなシトラスの香りが鼻腔に広がる。解釈一致すぎる。今までは視覚と聴覚で推しを享受していたが、まさか嗅覚でも堪能できるとは。


 、、、待てよ。ここが彼女の部屋ということは律もいるのでは、、、?

 何を隠そうこちら、重度の百合オタクである。キョロキョロと部屋を見回し、祈の幼馴染である寺崎律てらさきりつの姿を探す。

 が、残念なことにいないようだ。いや、いたらいたで尊死してしまうため命拾いしたと思うことにしよう。何しろ、二人のスチルやエピソードを見ただけで上手く呼吸ができなくなるほどだ。次元が違っていたため、辛うじて生命を保てていたが、同次元で二人を見てしまったら即御陀仏だろう。



「ねぇ、律。」

ん?

「ここさ、わかんないんだけど」

今自分は推しの部屋の家具や壁になっているものだと思っていたが、これはもしや。

「律?」

祈がこちらを見ている。

「か、鏡」

自分の声帯から出る音に驚愕する日が来るとは。祈に指された鏡台をおそるおそる覗く。


 祈と対になったようなチェリーレッドからピンクアッシュにグラデーションになったボブヘア。三白眼の双眸がこちらをじろりと睨んでおり、薄い唇は引き攣っている。

 こんなことがあっていいのだろうか。いや、いけない。

 寺崎律の精神をオタク風情が乗っ取っているではないか。


「おーい。どーしたー?」

ツンツンと祈の指に二の腕を突付かれているのを感じる。触覚でも彼女を感じてしまった。傍から見たら素晴らしい“いのりつ"。昇天ものだが、今はそれどころではない。

「取り戻します!」

「ん?」

「律の精神。必ずや!!」

高らかな宣言にぽかーんと口を開けている祈。そんな姿も愛おしい。


 かくかくしかじかと現状を説明する。

「あー。たしかに、律なのに律じゃないかんじ。ふふ、不思議」

なんという気の抜けた感想。

そういうところ、大好き。


「あのー、律ちゃんに何が変わったこととかなかったですか?」

「んー?今、かな」

「そりゃ、そうなんですけど、こうー、悩み事とか」

「律は、弱みとか気取らせるようなことしないから。わかんないかも」

祈の淋しげな表情に推しをそんな顔にさせた不甲斐なさと百合オタクとしてのキテる興奮でぐちゃぐちゃになってしまった。


「いえ、私が原因という可能性もありますのでお気にせずに!」

もしやあれだろうか、深夜にどうして私には南祈もしくは寺崎律のような存在に出会えないのであろうかと嘆き悲しんでいたから?

そうだとしたら、神様って何にも分かってなーい。私がどっちかになってしまうのはただの異物混入だろうが。


百合オタクとして憤慨していると祈が口を開いた。

「君の名前は?」

これは、推しに名前を呼んでもらえるチャンスでは?

「な、撫子で」

とっさに『すいらぶ♪』のプレイヤーのデフォルト名で名乗ってしまった。

「え、せんせーと同じ名前。んー、なーちゃんって呼ぼうかな」

これでいいんだ。異分子はできるだけこの世界に禍根を残してはいけない。


 一度一人になって頭を整理すべく、律の家に帰ることにした。祈の隣の家であるため迷うことはない。祈と律の部屋は窓越しに顔を合わせる事ができる。

 ちらりと祈の部屋を見ると、祈がニコニコと手を振っている。胸の高鳴りを感じながら手を振り返す。


律。こんなの心臓もたないよね。

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