第10話 独りだった過去

【第10話】独りだった過去



 小さい頃、僕には友達と呼べる人が居なかった。誰かと喋るのが得意じゃなかったからだ。そんな僕は、村の子供達に気味悪がれた。でも、僕は独りじゃなかった。

母さんと父さんが居たからだ。両親だけが僕の理解者だった。だけど……


 ある日、こんなことを言われた。「君の両親が魔物に殺された」と。その現実に、まるで夢の中に居るんじゃないかとさえ思った。これは現実なんかじゃないと。

でもそれは、夢なんかじゃない。現実だ。

聞いた話だと、2人とも不意を突かれて死んだらしい。

どんな理由があれ、僕は1人になった。そして、その現実を受け止めきれるほど、当時の僕の心は大きくなかった。


 それから僕は、ある夫婦の養子として育ててもらうことになった。2人ともこんな僕を受け入れてくれた。だけど僕は……


「イラン。今日も食べてないのか……」

「ごめんなさい……」

「いいんだ。食べたい時に食べればいい」


 母さんと父さんを失ってから食べ物が喉を通ってくなった。食べても吐き出してしまう。この現象は自分じゃどうしようもできなかった。それはまるで、自分の身体が生きるのを諦めているかのような気さえした。

多分……精神がボロボロだったんだと思う。


 痩せ細っていく身体を見るたびに死が近づくのを実感する。養親はどうにかしようと、村の人達に回っていた話をしていたのを覚えている。


 数日が経った。時間の感覚さえ忘れていた。僕は、家の隅で死を待つだけの存在になっていた。そんな時……


「ねぇ、何でいつもそこに居るの? 外行こうよ! そんなところに居ないでさ」


 彼女が手を差しのべてくれたんだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



 見とれるほど水色で綺麗な髪色をしていた。年も背も同じくらいなのに、まるで僕とは違う世界に来たのかように輝いていた彼女に僕は目を反らす。


「いいよ僕は……」


 外に誘われた僕はそう言った。その時の僕は外に行く気分じゃなかった。足すら動かしたくなかった。


「いいよじゃない! ほら早く!」


 彼女は僕の手を無理やり引っ張ると、そのまま村の外れまで連れていかれた。

数日ぶりの日差しと運動に、すぐに息が絶え絶えになる。それでもお構いなしに引っ張る。

そうして着いたの場所は、村を一望できる高台だった。

その景色は今でも忘れないほど綺麗だった。


「はいこれ」


 そう言って差し出してきたのは一個のおにぎりだった。僕は、それを手に取るか迷った。食べて、また吐いてしまうかもと思ったからだ。


「いや、僕は……」

「美味しいよ?」


 彼女のその純粋な目に、僕は、そのおにぎりを手に取ってしまった。恐る恐る口に運ぶ。

すると……


「美味しい……」


 味付けは塩だけだったけど、美味しかった。食べられなかったのが嘘のように、おにぎりを食べ終わってしまった。


「たまには外に出ないとね。心が弱っちゃうから。はいお茶」

「ありがとう……」


 彼女が注いでくれたお茶を飲み干す。ここに来てから心が軽くなった気がした。


「何で僕をここに連れてきたの?」


 僕は彼女にそう問う。


「おじいちゃんに教えてもらったの。心の病気の子が居るって」

「…………」


 僕の噂は村全体に伝わっていた。おそらく養親が、僕のために村の人達に助けを求めていたからだろう。


「私も同じなんだ」

「え?」


 彼女のその告白に少し驚いた。


「私は元々、この村の子じゃないの。村から外れたに捨てられてたって聞いた。だから私は、自分の両親が誰かすらわからない」

「…………」

「昔から、ここにはよく来てたの。心が落ち着くから。君はどうかな? 落ち着く?」

「うん……」


 僕はそう答えた。


「そっか、よかった! 時々、ここに来てもいいよ。それと……」


 僕は……彼女に……


「君は独りじゃない。私たちが居る。ね!」


 救われた。独りだった僕を救ってくれたんだ。何で僕だけこんな目に合うのだろう。世界は理不尽だと思っていた。でも、違ったんだ。救いの手はそこらじゅうにあるのに、それを見てみぬふりをしていただけなのだと気づいた。


「あ、そうだ。まだ私の名前言ってなかったね。私はカーラ。君は?」

「僕はイラン……」


 今なら、前を向いて歩ける気がした。止まっていた僕の時計が動き出した気がした。


「じゃあこっちに来て! 早く!」

「今度はなに?」

「ここに立って立って! 実はこの前、【シャッター】ていう魔法覚えたんだ! なんと写真が取れます!」


 カーラは、四角いキューブを空中に出すと、ポーズをするように指示する。


「ほらピース!」

「こ、こう?」


 ぎこちないピースをした瞬間、パシャ! と同時に、キューブから写真が出現する。


「あははは! 変な顔!」

「わ、笑わないでよ! あ、本当だ」


 母さんと父さんが亡くなってから、僕は初めて笑った。この時は、沈んでいく太陽がこのまま止まればいいと思うほど幸せな時間だった。

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