第8話


「少し考えさせてほしい」

 

 私はそう言った。

 すぐに答えを決める事は、私には難しかった。

 いくら自分の全て……それも心の奥底まで見抜かれたと言っても、自分がそれを受け入れられるかは別の話。

 私には考える時間が必要だと、そう思った。

 

「……」

 

 色々あったが、ようやく帰路についた。

 もう時刻は七時半。

 本来なら三時半には帰れていた筈だから、いつもより四時間も帰宅が遅れている。

 空は暗くなり、部活帰りの生徒達もチラホラ見える。

 

 帰宅路であり通学路でもある家から学校までの道には、色んな建物がある。

 私の好きなチョコレートを売る店に、ゲームショップ、噴水がある公園。

 そして……この前卒業した電明中学。

 もう校舎にも校庭にも生徒はいない。

 私の後輩達は皆帰ったのだろう。

 その校庭のど真ん中に、どこの部活のフィールドよりも広いサッカーグラウンドがある。

 かつて私が練習に使っていたもの、ではあるが、あれだけ広くなったのは二年前の事だ。

 電明中は元々、サッカーがそんなに強い中学というわけではなく、サッカー部の部室もフィールドも決して広くなかった。

 あれだけ広くなったのは、電明中が……私が大会で優勝し続けたからだ。

 電明中はサッカー名門校になり、サッカー部目当てで電明に入る生徒も増えた。

 校舎に垂れかかる三年連続全国大会優勝の垂れ幕。

 あれも私の功績。

 間違いなく、私が中学三年間で努力し続けた証だ。

 

 本当は、私もこんな所で終わりたくはなかった。

 志望校に入り、友以外もう二度と自分にものを言う人など現れない頂点のみが揃う環境で、勉学もサッカーもアクロバットも、出来る所まで極めたかった。

 今の学校でテスト一位を取っても何の足しにもならないし、個人でサッカーやアクロバットをやろうにも、過去に縛られて身体が動かない。

 と考えちゃう辺り、私はやっぱり好きな事が自由に出来るだけじゃなくて、出した結果にきちんとした評価が欲しいのだろう。

 まさかあんな女に自覚させられるとは思わなかったが。

 

「へーあの垂れ幕寿奈の功績よね? だとしたら凄いわね」

「そうそう。私が頑張った証みたいなもん……」

 

 って。

 

「なんで来てんだよアンタァッ!」

「だって寿奈が少し考えさせて欲しいって言うから、すぐ答えが出るもんだと思って」

「アンタホントにキレるのか馬鹿なのか分かんないな……」

「いやーそれほどでも」

「決して褒めてないからね」

 

 やっぱ馬鹿なのかもうん。

 

「で、答えまだ?」

「しつこいな。家帰ってから考えるから今日は一人にしてくれない?」

「ダメ」

「なんでよ」

「もし国外逃亡の選択肢が浮かんだから困るから」

「何故そうなる」

「なんとなく」

 

 せいぜい転校とかだろ。

 

「はやくはやく~!」

「あーもううるっさいなぁ。大体ここは私が明日部室に行って、思いを告げるのがセオリーでしょ。聞いた事ないよストーカーされてる状態で考えるとか」

「お願いよ~! 寿奈が早く答えてくれないと私夜しか眠れなさそう」

「健康そのものだなおい」

 

 逆に私は色々あってちゃんと寝れない時とかあるよ。

 

「もしかして寿奈寝てないの? ダメよちゃんと寝なきゃ。綺麗な顔が台無しよ」

「余計なお世話だよまったく」

「余計なお世話じゃないです~! その眼の下に隈出来るのは流石にダメよ~」

「はあ……」

 

 私の容姿は……この女も言う通り一応良い方ではあるらしい。

 あんま気にした事はないけど。

 

「も少し自信持って良いわよ。その顔お人形さんみたいで、とても人とは思えないくらい綺麗だもん」

「そうは言われても今一実感湧かないんだよ」

 

 確かうん……覚えてる。

 中二の頃、試合会場に他校の男の子が来て言ってた気がした。

 顔もお人形さんみたいで可愛いし、サッカーの試合中にアクロバットで敵を圧倒する姿もクールで凄く好きで付き合って欲しい……と。

 好意を伝えられたのは不快ではないし、むしろ嬉しかったが、顔なんかより私の内面を褒められたかったのと。

何よりあの頃の私は、恋愛に一生懸命になれる程暇じゃなかったのもあって断った。

 でも今思えば、暇じゃなくても恋人という存在がいれば、いざっていう時自分を支えてくれたんじゃないかとやや後悔している。

 その気持ちを不快にさせないように伝える技術は、多分私にはないと思うけど。

 

「ここも綺麗だし臭わないし。まさに完璧美少女ね……軽業女王」

「私の下着の匂い嗅ぎながらその恥ずかしい名前で呼ばないでくれる? 明日行かないけど良いの?」

「私たまに無性に女の子の匂い嗅ぎたくなるのよね」

「女の子好きなのは理解してあげられるけど、それは病気じゃね?」

「そうかも」

「キモ。やっぱ関わるのやめとこ」

「しょーがないじゃん! てか足早めないでよ女王様~!」

「なんかそういうプレイしてるみたいでキモイから無理」

「そんな~!」

「てかどこまでついてくるつもり?」

「貴女が答え出すまで永遠に」

「じゃあ行かないって事で良い?」

「考え直して?」

 

 こいつ最初から選ばせる気ねえじゃん。

 前話のシリアスムーブに振り回されて損したわ。

 

「はーもう分かった! アンタらにもう一度チャンスやるから頑張れよ!」

「ホント!?」

 

 ホント? じゃないよ。

 

「その代わり、出来るまでやらせるから覚悟しなよ。例え今日みたいな下手くそな踊りしようが何しようが、私は出来るまでやらせるから」

「どこまでもついていくわよ!」

「じゃあ今日は帰ってくれる?」

「折角だし寿奈の家行きたい!」

「何故そうなる!?」

「折角だから寿奈のお母さんの顔とか見てみたい! 絶対美人じゃん絶対!」

「言っとくけど、私母さんとはあんま似てないから!」

「まあ細かい事は良いからさ~!」

 

 結局家までゆっくり帰れず、また部活勧誘の時と同じマラソンをさせられた。

 

※※※

 

 学校から徒歩十五分程度。

 そこが杉谷家だ。

 家自体は特に変わっていない。

 どこにでもある一般家庭。

 私立中学に入っていた事もあったが、別に私の家は金持ちというわけではない。

 母の職業もあり衣食住も娯楽も困ってないが、学業特待が無ければ中学も志望の高校も恐らく支払いがきつかっただろう。

 そんなこの前までエリート達と同じ学び舎にいたとは思えない家が、私の家だ。

 

「おー、ここが寿奈ん家か~」

「特に変わりはないでしょ。入るよ」

「お邪魔しまーす」

「……あれ?」

 

今私流れに乗って変な事言わなかったか?

 

「どしたの? 早く入ろうよ~」

「いやおかしいわ」

「ん?」

「私今入るよって言ったか?」

「言った」

「……」

 

 なんかもうまともに頭回ってないんだな。

 

「てか早く寿奈のお母さんの顔見ようよ~!」

「いや別に私はいつも見てるから」

「羨ましい事言うじゃないの~」

「羨ましいも何も普通だから」

「お邪魔しまーす」

「勝手に開けるなよ」

 

 と言う私の声を無視して開ける正子。

 

「あら、お友達連れて来たの? 寿奈」

 

 そう言いながら、母親が出迎えてきた。

 

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