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 しばらくは母がべったりで街に買い物に出たり、カフェに行ったり、外商を呼び母がレインティアと一緒に楽しみたかったのだとドレスや宝石など選ぶ日々。


 すでに情報に聡い貴族からたくさんの釣り書きが届いていたがしばらくは誰にもやりたくないと両親も兄も勝手に断っていた。


「ふふ、ティア、そのドレスもお飾りも素敵ね」


 ようやく母の興奮が落ち着いたので友人たちをテラスに招いた。

 エリアーナがレインティアのペールブルーの装いに目を細めて褒める。


「お母様が選んでくださったのよ」

 

 柔らかな色合いに繊細なレースがレインティアの透明感のある美しさを最大限に引き出している。

 先日まで高級だがゴテゴテした刺繍に黄色に近い金色が主張していたドレスは事情を知っていたが上に気の毒だった。

 侍女たちに手腕でかろうじてレインティアの美しさは崩されていなかったが、本来のレインティアを知っているから最初の頃は「今から嫁いびりだなんて」と本気で心配していた。ただの王妃の好みで純粋に親切心と知らされた時は驚愕したものである。


「さすがはロザンナさまね。デザインも色合いもティアにためにあるようよ」

「ロザンナさまのセンスは王国一ですもの」


 アリエルやミシェルも頬を染めてレインティアを見る。

 彼女たちにとってレインティアもロザンナも憧れの人なのだ。


「そういえば、王子のこと聞きまして?」

「廃太子でも第二王子の成人まで置いておかれるのでしょう?」


 二人がそう話し出したのでレインティアは耳を傾ける。


「王子も桃色ちゃんももう表舞台に立てないのは確定してるのに一番嫌がる罰として教育を受けるみたいですの」


 それは教師たちが一番きつい思いをするのでは?とレインティアは思った。


「王子は王国の歴史、って今まで学んでなかったのね~?桃色ちゃんには五カ国語を習得するまでって公用語どころか我が国の言語も怪しいでしょうに?」

 

 王子も公用語もダメだったと遠い目をしてしまう。

 何を言っても逆ギレで暴言を吐くのでレインティアはもちろん教師たちもお手上げだった。


「王子については教師陣の怠慢でもありますよ」

 エリアーナがばっさり切り捨てたけれど、レインティアも王子を諭せなかったので同罪だと思っている。


「王妃さまは桃色ちゃんに王子妃になると言うならレインティアと自分が受けた教育を受けろって言ったそうよ」


 それはただの私怨と言うか。なんと言うか、王妃の受けた教育も微妙だったと聞いている。


「桃色ちゃんって一学年の中で最下位クラスなのよー?王子妃教育なんて無理過ぎですわ」


 一学年はかなり簡単なレベルでカリキュラムが組まれてるはずだが最下位になるのは逆にすごいと思う。


「勉強ができないとかではなく殿方に必死だったんでは?」

「どのみち利口な立ち回りではないですわ」


 いくら教師をつけても覚える気も学ぶ意識もなきゃ進まない。


「しかも側妃?陛下が妻二人で側妃は子供が出来なかったから迎えたっていうのに婚姻前から四人候補がいるとかどんな思い込みなんだか」

 

「おバカたちの不出来を押し付けられるだけの婚姻なんか誰が引き受けるのよねぇ」


 普段は朗らかだが王子とその相手に対しては感情が昂りがちの友人たちがレインティアのために言ってくれてるのはわかってるので、ささくれがちな心は少し癒される。


 いくら興味のない相手からでも自分を否定されると言うのはやはり少し切ない。

 

「今度は観劇に参りましょう」

「あら泉に行きましょうよ」

「それなら同じ日に行けそうですわ」


 学園時代にお友達としたかったことを全部叶えようとしてくれる気持ちが嬉しい。

 レインティアは婚約破棄によってこの友人たちの人生ががあの王宮で自分のために使い潰されずに済んで良かったと思っている。


「そうそう、フローラル侯爵夫人が甥っ子のためにお茶会を開かれるそうよ」

「あら、甥っ子ってディライト公爵の放浪次男ディーンさま?」


 ナナミーたちが話題に出した男は私たちが幼い頃はよく母親たちの集まりで顔を合わせていた三つ上の幼馴染だ。

 


「どうも隣国に留学してたとかで帰還の祝いだそうよ」

「隣国に留学ってなぜか不都合を誤魔化してる言葉に思えますわ」

「ふふ、駆け落ちや出奔を誤魔化してそうよね」


 公爵家の若い息子ならその動向は常に人目についてるので隣国に留学とは確かに曖昧な聞こえ方に感じる。


 レインティアが婚約を決めた頃には隣国ハーマンではなく魔法学に強いバルドガ国に行っていたはず。



 その後、彼女たちの婚約者たちが顔を出して、王宮の仕事を片付けたことや観劇や買い物、旅行には付いてくることを強く訴えられた。


 人数がいた方が楽しいし、今まで恋人たちの時間を制限させてしまっていただろうからとレインティアは快諾した。


「もう、過保護ではなくて?」


 エリアーナが頬を膨らませつつも嬉しそうで婚約者のアーネストは冷徹な雰囲気を和らげる。その瞳の色はついに王子から抜けられることのなかった優しい思いやりに満ちていて、レインティアは友人が大切にされていることを嬉しく思った。


 彼女たちはレインティアが今後始める仕事の手伝いを志願してくれていて、婚約者たちもそれぞれが自身の家の事業との連携を約束してくれているので、末長く付き合いは続いていく。


 望んでいなかった婚姻がなくなって、友人たちとやりたいことを出来る環境になったことが改めて感じる。


 ミシェルやアリエルも婚約者と笑い合いつつ、レインティアを気にしているが、レインティアは今婚約者がいなくて寂しいとかではなく、いなくて嬉しいので「お気遣いなく」と笑う。


 このまま結婚をしないと言うわけにはいかないだろうけど、次はせめて会話の成立する相手がいいな、と願った。







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