この世で最も狂ったスポーツ

 自転車、マウンテンバイク、ダウンヒル。

 この世で一番狂気に満ちたインセインな「スポーツ」。


 戦場ぶたいとなるコースは――いえ、そもそもアレを「コース」などと呼んでいいものかどうか。

 記録タイムの優劣以前に、まずまともに走り切ることさえ極めて困難な下り坂レイアウト

 土なら極めて幸運。おおかたは砂か岩、雨が降れば泥、雪が降ればもう説明するまでもない路面。

 右に左に、立て続けに繰り返されるコーナーなんてほんの序の口。

 自転車一台すり抜けるのがやっとの道幅。

「降りる」ことは不可能、どうやっても「落ちる」ほかない落差ドロップ・オフ

 むき出しの岩肌、木の根を始めとする、上下の衝撃でしばしば自転車マシンを、さらには人体ライダーを破壊する障害物ギャップ

 コースを走っている間、基本呼吸はできない。

 もし息をつけられるとしたらただひとつ、そこだけは人の手が加わったジャンプ台。

 転倒クラッシュすれば、ライダーは即硬く尖った岩肌、幸運に恵まれても木の根に叩きつけられる。多少なりとも余裕があるとすれば、それは10m以上の落差を転がり落ちていく時。

 フルフェイスのヘルメット、脊椎パッドを始めとした全身を覆うプロテクターを装備していてもなお、命の保証はない。

 その難度、危険度は、最低レベルでも「素人が走ったら三回は死ぬ」と形容される。


 その戦場ぶたいで戦うためのマシンも、およそ「自転車」などという言葉から想像されるものとはかけ離れた姿をしている。

 極太、肉厚の金属チューブを強度最優先でつなぎ合わせた上、各部に美しさとは無縁の補強を施したフレーム。

 前後に長大な可動域ストロークを持つ、脚力損失ペダリング・ロスなど最初ハナから考えてもいない設計のサスペンション。

 とどめに、一に荒れまくった路面を走るため、第二にパンクしないこと、同じく壊れないこと、それのみを考えて作り上げられた、極太の不整地ダートタイヤ。

 パーツ類の取り付けは、どこもかしこもメーカーの指定範囲リミットを無視しまくっている。

  どうにか一台仕上がったその姿は、下り坂を走ることだけを考えて作られたせいで、水平に置くと後ろにかたむいて見える。

 その全像を一言でを形容するならば、むしろ「エンジンのないオートバイ」と言うほうがふさわしい。


 そんな戦場ぶたいの上で、私たち二人の距離は誰よりも近く――しかし決して交わることはない。

 どちらかが1位で、もう片方が2位。まれにどちらかが転倒クラッシュすれば、2位とは大差。そんな結果リザルトが、出会って以来もうずっと続いている。

 私たちが出会って以来、周りからはすっかり「女子ダウンヒルは3位を決めるためのレース」と言われるようになった。


 はじめて出会ったときには、もう私は気づいていた。

 あなたの存在が、私の中で誰よりも大きいものになるという運命を。


 どうやって、あなたを完膚なきまでに叩きのめすか。

 どうやって、あなたの存在を私の中から消し去るか。

 ずっと、そのことばかりを考え続けている。

 それほどにあなたの存在は私の中で大きく、そしてうとましい。


 ダウンヒルは完全な個人競技。

 同じチームの仲間といえども、最終的には倒さなければならないライバル

 それでも、今までのキャリアであなたと同じチームになることがなくてよかった。

 これからも、あなたと同じチームになるなんて考えただけで身の毛がよだつ。

 だって「身内」相手だと、やっぱりどこまでも徹底的に戦いあうことはできなくなるから。


 ダウンヒルは完全な個人競技。

 同じ国の仲間といえども、最終的には倒さなければならないライバル

 それでも、あなたと同じ国に生まれなくてほんとうによかった。


 あなたが日本国籍を取らなくてほんとうによかった。

 出会った時私は言った。「今すぐ学校ヤメて本場こっちに来なさい」と。あなたがその言葉に従ってくれなくて、ほんとうによかった。

 だって、世界というホンモノの一番を決める戦場ぶたいで、心おきなく戦いあうことができるから。

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