隠していた想い

遠くを見ると、灰色の雲が漂っている。

雷雲が集まっているのだろうか。


今日の天気は曇っている。


海は波浪注意報が出ていた。


海水浴客は少なかった。


ゲリラライブのように

宣伝や予告なしで、海の家に協力をもらい、

小さな黒板に【ブレーメン初ライブ】と

書かれた看板が一つ置かれた。


披露する曲は渾身の3曲。


夏ソングカバーの2曲と

オリジナル曲1曲を演奏しようと

いうことになった。


数ヶ月、ずっと会社に篭りっきりで

工場作業員を続けていたためか

メンバーはどこかぎこちなく、

ソワソワしていた。


「なんか、すごい緊張するんだけど。

 お客さん全然いないんだけどさ。

 何か、外で演奏するってこんなに

 ドキドキするもの?」


「しばらく、こもってたから。

 気持ちがふわふわしてるんじゃないか?

 場慣れしていけば大丈夫だろう。」


 リアムはキーボードの前にアシェルは

 スタンドマイクの前に立つ。

 砂の上で演奏したことがないため、

 足に何度もつく砂を足であげておろしてを

 繰り返していた。


 強い風がテントを揺らす。


 ドラムのオリヴァは、

 スティックをまわして、

 適当に叩いてみる。

 調子がよさそうだ。


「ねぇねぇ、ここって前に

 ビーチバレーボール対決した

 ところだよね。

 まだあるかな。レインボーかき氷。

 アシェル食べたかったんでしょう?」


「ああ。さっき俺、食べたよ。

 大満足です。」


「早い!抜け駆けずるい。

 私も食べたかった。」


「ほら、見ろよ。

 舌が虹色になってるから。」


 クレアにベーッと舌を見せる。

 後退りするクレア。

 別に見たくはなかった。


「うわぁ、何か汚い。」


「汚いって失礼だなあ。

 それチクチク言葉だぞ。

 汚くないから。

 綺麗って言えって。」


「ちょっとちょっと痴話喧嘩はいいから。

 そろそろ、演奏の準備お願いしますよ。」


 ひよこのルークが、

 パタパタと2人の間に

 飛んで声をかける。


「ち、痴話喧嘩じゃないよ!!」


「え、お2人仲良しだから、てっきり

 そういう関係かと思いましたが、

 違いますか?」


「え、ねぇ、その痴話喧嘩って

 どういう意味?」


 アシェルが普通に疑問を浮かべる。

 リアムが横に立ってそっと教える。


「アシェル、痴話喧嘩って恋人同士がする

 喧嘩のことだよ。

 さっきみたいなクレアとアシェルの

 やりとりのこと。」


「え、そうなん?!

 全然、そんなつもり一切ないけど!!」


 クレアの胸にグサッと矢が刺さった。

 

「……はっきり言わないほうよくない?」


「え、どういうこと?」


 状況を読み込めてないアシェルは、

 クレアの様子を見ると、

 目にうるうると涙をためていた。


「もういい!!」


 クレアはこれから演奏だというのに、

 無我夢中でそこから一目散で

 走り去ってしまった。


「あーーあ。」


「え?! なに、なに。

 俺のせいなの?

 俺、関係あるのないの?」


 周りをキョロキョロと向いて、

 状況を確認するが、

 みんな冷たい目をしている。


「今から演奏って言うのに…。

 アシェルさん、 

 どうにかしてくださいよ。」


「どうにかって…。」


 アシェルは呆然と立ち尽くす。

 ボリボリと頭をかいていると、

 風鈴が心地よく、鳴った。


 風鈴が飾られた場所には、

【かき氷】のポスターがあった。


 ノーマルかき氷ももちろん、

 レインボーかき氷も置いてあった。



「あ、そっか。

 ああすればいいな。」


 手のひらをポンとたたき、アシェルは

 海の家のカワウソ店員に声をかけた。


 ルークはそっとため息をついた。

 

 女子が考えることは難しいと。

 特にクレアは。




***


 砂浜にザッザッとサンダルの音が響く。


 アシェルは片手にレインボーかき氷を

 持って、駆け足で

 流木に座っていたクレアに近づいた。


 アシェルが近づいてくるのがわかると

 後ろを振り向いた。


「…ほら、これ、食べたかったんだろ。」


 わかっていても目を合わせようとしない。


 虹色の羽根がキランとひかる。

 黙ったままそっぽを向いて

 目をつぶる。


「いらない。」


 思ってもないことを発する。

 本当は喉から手が出るほど食べたい。


「そっか。んじゃ、俺、もう一回

 食べようかな。

 ここのグレープ味

 美味しかったんだなぁ。」


 ストローフォークをサクサクとさして

 食べようとした。


 クレアは横をチラッと見て、よだれが

 垂れそうだった。


 その姿を見たアシェルは、 

 そっとかき氷をすくって

 クレアの口に運ぼうとした。


 首をぐりんと向けた反応で、

 着ていたスカートにこぼれた。


「あー。こぼした。」


「いいもん。別に乾くし。

 かき氷なんて、食べたくないから。」


「ふーん。

 これでも?」


 アシェルはクレアの

 鼻あたりにスプーンを運ぶ。

 目の前にある虹色になっている

 氷がキラキラと輝いて美味しそうだった。

 

 結局のところ、誘惑に負けて、

 パクッと食べてしまう。


「食べたかったなら、

 素直に食べればいいだろう。」


 そう言いながら、次々とすくって

 クレアの口に運び入れる。

 あーんとしてくれることが

 嬉しかったようでニコニコが止まらない

 クレア。

 クレアが頬を赤くさせていることに

 ハッと気づいたアシェルは、

 慌てて


「ちょ、自分で食べろよ。

 赤ちゃんじゃないんだから。」


「あー。もう。

 美味しかったのに。」


 受け取ったかき氷が少しずつ溶けていた。

 中を見るとフルーツジュースのような色に

 変わっている。

 虹色ではなくなってきた。


「かき氷が

 カラフルでいる時間は儚いね。

 一瞬で終わっちゃう。」


 パクパクと食べた後は飲み物のように

 ジューっと吸った。


「ご機嫌になりましたか?」


 流木に狼と妖精が2人、隣同士座った。


「そ、そうですね。

 満足です。

 かき氷食べて。」


「それはよかったな…。」


 荒れ狂う波を見ていた。

 雨は降っていないが、

 少し風があった。


「あのさ、さっきは悪かった。

 クレアのことを嫌いな

 わけじゃないから。」


 そう言ったあと、両手を振った

 そぶりを見せた。


「かと言って、恋人のように

 好きとかではないし、

 メンバーの1人として

 尊敬してるから。

 そもそも種族が違うから。

 狼と妖精だろ?」


「それでもいいよ。

 わたしは。」


「え?」


 波が足元にまで近寄ってきていた。


「私、アシェルが好きなんだもん。

 会った時から、ずっと。

 バンドメンバーであることは

 わかってるけど、それ以上に

 一緒にいたいんだもん。」


 顔を塞いでワンワンと泣いた。


「そ、…それは、どうすっかなぁ。」


 後頭部をガシガシとかいた。


 雨が降り始めていた。

 

 灰色の雲の中でゴロゴロと雷が

 鳴っていた。



「アシェルさん!

 今日は中止!

 高波だし、雨が降ってきたので、

 別な日にしましょう。

 楽器が濡れちゃうので

 運ぶの手伝ってください!」

 

 ルークが慌てて飛んできた。

 アシェルは楽器運び作業に移動した。


 クレアは、ザーザーと降る雨の中、

 ずっと流木の上から離れなかった。



 涙を雨で流したかった。


 

 返事は聞いてない。


 

 自信はなかった。


 

 また、ゲリラライブどころか

 ゲリラ豪雨が起こり始めて、

 雨に負けてしまった。


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