第10話 太陽神と月の女神
聖ブランカと呼ばれるルミネスキ女王は、短い謁見の後、さっさと出て行ってしまった。玉座の間に残されたヒラクたちは、女王の側近であるロイから、この国に宗教についての話を聞くことになった。
ロイは、ユピにというよりはヒラクに話をするために、大扉のそばにある絵の前に二人をいざなった。その絵には、黄金の光に包まれた若者が、夜空に向けて両手を広げて青白く光り輝く乙女を迎える様子が描かれている。
「太陽神はこの地で月の女神と出会い、女神をこの地上に迎えて自分の妻としたといわれています。そしてこのルミネスキを築き上げたそうです」
「これが太陽神? 黄金王の顔に似てるけど……」
ヒラクは絵の中の若者を指差した。その顔は、ヒラクがルミネスキに向かう船の中で見た過去の記録の黄金王によく似ている。
「よく気づかれましたね」
驚くロイの前でハンスがヒラクに言う。
「そういや神殿の食堂に絵がありましたっけね」
「そうですか。エルオーロで絵をご覧になっていたのですね」
ロイは納得した様子で話を続けた。
「この絵は黄金王がこの地を訪れた時のことを描いたものです。つまりこの国の最初の王が黄金王だったというわけです」
そう言いながら、ロイは隣の絵の前に移動する。
二枚目の絵は、湖に向かって立つ黄金王の姿を描いていた。こちらに背を向けた黄金王の体からほとばしる光が湖面に道をつけ、空に向かって伸び上がり、天にはしごをかけている。湖面から伸びるはしごをつたって月の女神が空から降りてくる。天に上るはしごの先は円を描き、中心に淡い光の球体を作っていた。
「黄金王……いえ、ここではあえて太陽神と呼ばせていただきます。太陽神は、湖を黄金に輝かせ、その光でもう一つの月を作り、地上に降りた月の女神の代わりに天に浮かべたといわれています」
入り口から向かって右側の壁面の絵はこの二つだ。
そしてヒラクは反対側の左の壁面の二つの絵にも注目した。
「こっちの絵は?」
絵の前に走っていくヒラクの後にロイが続く。
自然とユピたちの足もそちらへ向かう。
左側の絵の一つには、黄金の光に包まれた若者が天に描かれ、水面に青白く漂う月の女神に光のはしごを降ろしていた。
「黄金王は人としての生を終えられ、太陽神として天に君臨します。地上に降ろされた月の女神もまた再び天に迎えられることとなりました。そして天空の夫妻は昼と夜をそれぞれに支配するようになったのです」
ロイが最後に示したもう一つの絵には、黄金の光を放つ太陽神となった若者と、その光を受けて輝く月の女神の姿が描かれていた。
「これらの絵はルミネスキの史実にもとづいて描かれたものとされています」
そう言って説明を終えようとするロイにヒラクは尋ねる。
「あの真ん中の絵に描かれているのは何?」
ヒラクは玉座のある後陣の丸天井の黄金画を指差した。そこには何かを掲げ持つ男の裸像が描かれている。その男を中心にして放射状に描かれた黄金の光は、背景もすべて一色に飲み込んでしまっている。
「こちらも黄金王のお姿を描いたものです」
ロイは天井画を見上げて言った。
「他の絵には黄金王の顔がはっきりと描かれているのに、どうしてこの絵には顔が描かれてないの?」
黄金王の顔は強い光が反射したように白くぼかされている。
ロイはヒラクの質問に穏やかに答える。
「黄金王が掲げ持つものがまぶしすぎるため、光でお顔の表情が見えにくくなっているのでしょう」
「そんなにまぶしいものって何? 黄金王は何を手に持ってるの?」
「勾玉主であるあなたがそれをお尋ねになりますか?」
ロイはおかしそうに言う。
「黄金王は太陽神の証とされる勾玉を身につけられ、その勾玉は目もくらむほどのまぶしい強い光を放ったといわれています」
「じゃあ、この両手で掲げ持っているのは勾玉だっていうの? それじゃおれが持っているのとは全然ちがう。おれの勾玉は手のひらにのるぐらい小さなもので、両手で掲げ持つものじゃないよ」
そうロイに言ったとき、どこかで今と似たようなやりとりをしたとヒラクは思った。
「……そういえば、エルオーロの神殿でも同じようなことを話した。そうか、この絵はあそこにあった黄金王の像と同じなんだ。両手で何かを持っているけど、その何かはわからない……」
「確かに神殿の神像が持つ勾玉は、かつて神像の手にあったという勾玉とは同じものではありませんが……」
「じゃあ、それが勾玉だったかどうかもわからないじゃないか」
「勾玉ではなければなんだとおっしゃるのです?」
逆にロイに問い返され、ヒラクは言葉につまる。
「……そんなのわからないよ」
そのままヒラクは考え込むように黙り込んでしまった。
「申し訳ございません。私の言葉でお気をわずらわせたのであればおわび申し上げます」
ロイは深々と頭を下げる。
「べつに怒ってなんかないよ。もういいよ。それよりおなかすいた。なんか食べさせてよ」
気づけばすでに夜も更けていた。
ルミネスキの城に着いた頃には日も暮れかけ、ヒラクたちを迎えたとき、ロイはすでに夕刻の礼拝を終え、神官としての一日の勤めを果たしたところだった。
「それでは、このままお食事の場にご案内しましょうか」
「うん、頼むよ。もうおなかぺこぺこだよ」
ロイの言葉に反応するようにヒラクのおなかが音を立てた。
ヒラクはロイを急かして玉座の間を出て行こうとした。
その後にハンスも続く。
そのときジークが鋭い声をあげた。
「そこで何をしている」
入り口の近くにいる全員がいっせいに振り返り、ジークの視線の先を見た。
そこには玉座にそっと手を触れるユピの姿があった。
「この玉座は主を待っているのですね」
ユピはぽつりとつぶやいた。
「なぜそのようなことを?」
聞き返すロイを見てユピはくすりと笑う。
「いえ、ただなんとなくそう思ったものですから」
ジークは、ユピの言葉をくだらないというように切り捨てる。
「おまえには関係のないことだ」
「……そうですね。すでにもう僕は玉座につくような身分ではありませんから」
そう言って、ユピは静かに微笑むが、その言葉にはどこかうそがあるような気がして、ヒラクはすっきりしないもやもやとした気持ちになった。
「その玉座は黄金王のための玉座なんだよ。あのおばさんも黄金王が神さまでえらいって思ってるからそこには座らないんだ。ただそれだけのことだよ」
ヒラクは空腹のため気が立っていた。ユピに抱いた不審もすべてはそのための苛立ちとして片づけられた。
しかしその苛立ちと違和こそ、ヒラクが無意識で感じ取っているユピへの警戒心だった。
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