第4話 黄金王の伝説

 老神官はヒラクたちを神殿の宿舎の食堂に連れて行った。

 食堂は広々としていて、長テーブルが列をなし、隙間に木製の椅子が一つ一つ置かれている。食堂の壁と床は灰色の石のブロックで作られており、壁には細かなレリーフが刻まれていた。壁際には大きなランタンが吊り下げられ、部屋全体を照らしている。その光は頭上のステンドグラスから差し込む日の光と混ざり合い、厳かな雰囲気を生み出していた。


 壁の中央には壮年期の黄金王の肖像画が掛けられていた。金色の後光に輝く人物は、細いあごの線をかくすようにひげをたくわえ、眼光鋭く正面を見すえている。はしばみ色の瞳はいきいきと明るく描かれているが、その目はどこか野心的だ。ひきしまった口元には意志の強さがあり、眉間には頑迷なしわがある。


「なんかずいぶんえらそうな人だね……」


 ヒラクはぼそりとつぶやいた。


「黄金王ですよ。まあ、こういった絵は威光を示すために多少の手が加えられてるもんなんで、えらそうに見えて当然でさぁ」


 ハンスは気楽な口調で言った。

 ヒラクは興味が失せたように絵から目を離し、ユピの手を引きランプが置かれている真ん中のテーブルに並んで座った。間隔をあけてジーク、ハンスも腰を下ろした。


「こんなに椅子があるってことは、ここにはたくさん人がいるの?」


 ヒラクは自分の前に座った老神官に尋ねた。


「今はもう私のように年老いた修道者がニ十人ほどいるだけで、若者といえば彼一人……」


 老神官はちょうど部屋に入ってきた少年を見て言った。藍色の修道着を身にまとった少年はヒラクたちに会釈すると、運んできた器をテーブルに並べて茶瓶から湯を注いだ。


「昔はこの座席の数ほど修道者もいたのでしょう。黄金王もかつてはここで食事をしていたのですよ」


「黄金王が? なんで?」ヒラクは老神官に尋ねた。


「この神殿に仕える一族の末裔だったからです」


 老神官は視線を落とし、目の前の器に両手をそえる。


「エルオーロには昔から様々な民族が入り込んでいました。その中で勢力をつけていった民族がこの国を支配し、その族長の血筋にある者が王位継承者とされてきました。ですが、この国を発展させたのは外から来た商人たちです。交易による国の発展とともに徐々に支配力を失った王はその威光を神に頼る他なかった。大陸メーザで尊崇された太陽神の威光に」


 メーザでは、太陽に照らされて世界が現れたと考える人々が多い。かつてこの地に存在した神が世界に光をもたらしたと信じられている。そこから太陽を神そのものとするもの、または、太陽は神が生み出したものだとする様々な伝承が各地に派生した。いずれにしても、一人の神が世界を創ったという考えは共通している。


 エルオーロでの太陽礼拝はメーザの古代宗教のなごりといえる。特にこの地方では西日に祈る慣習が残されていた。太陽神は東に生まれ、西で果てるといわれている。太陽神が夜の死を迎えることで再び朝が甦る。人々は死にゆく太陽に今日一日の光を感謝して祈る。死と復活をくり返す太陽神は永遠なるものとされた。


「エルオーロの王族は西日への祈りの場として神殿を築き、そこで代々神官として仕えてきました。商人たちは神殿を作るための費用を喜んで負担しました。王が引き換えに商人たちに他国との自由交渉を許したからです。その時点ですでに王の権威など失墜していました。今は私が王の継承者です」


 老神官は恥じ入るように言った。


「え? じゃあ、この国の王さまなの? 王さまって一番えらい人で村の長みたいなもんなんでしょう? ちっともそんなふうに見えないね」


 ヒラクは思ったままを口にした。

 横でユピがヒラクのそでを引いて黙らせようとする。


「ヒラク、失礼だよ」


「よいのです。神官が代々王族であることなど、エルオーロの人間ですら忘れ去っていることです」


 老神官はさびしそうに笑った。


「だが、あなたは確かに黄金王の血を引く者だ」


 ジークは言うが、老神官は首を横に振り否定する。


「とんでもない。黄金王は太陽神となられた御方。もはや人にあらず。あの方はたまたまこの神殿に人の姿を借りて現れた神なのです」


 エルオーロの王族は幼い頃から神官としての務めを果たすことを義務づけられてきた。聖典の編纂、礼拝者の受け入れ、そして「終日の感謝の儀」と呼ばれる夕刻の礼拝といったことだ。後に黄金王となる青年が生まれた頃、すでにエルオーロの王の権威はないも同然だったが、青年はこれまでの神官たちと同様にそれらの務めを果たしていた。


「神官としてお暮らしだった黄金王は、聖典の編纂をするうちに小さな疑問をつのらせていったようです。『太陽神を西へと見送るのではなく、東で迎えたいものだ』という言葉が記録として残されています。そんなことを考えた神官など今まで誰もいなかったでしょう。黄金王は何をもってそのようなことをお思いになられたのか……」


「神さまに会いたかったんだよ。その存在がどういうものか知りたかったんだ」


 まるでヒラクは自分のことのように言う。若き神官だった頃の黄金王の気持ちが重なる想いだ。それは神への好奇心というものとは質がちがう。なつかしいものに焦がれるような郷愁に似た想いだ。


「ええ、きっとそうなのでしょう。そのときからすでに王は太陽神に会うことを考えていたのでしょう」


 老神官は深くうなずいた。


「そして王は旅立ちを決意しました。神殿を出て東へ向かおうとしたのです。そして王にはそれが可能だった。王は太陽神の導きの証を手に持っていたのです」


「導きの証って?」


勾玉まがたまです」


「勾玉?」


「太陽の輝きを放つ黄金色の勾玉だったそうです」


 老神官の言葉にヒラクの鼓動が高鳴った。


「王が東へ向かう旅に力を貸したのはエルオーロを商いの拠点とする商人たちでした。彼らは東に販路を求めていました。他国の記録では、この聖なる航海はエルオーロの王の東の地への侵攻とされていますが、それはあくまで結果的なことです」


「王は武力船で航路を開いて、貿易を活性化させたんでさぁ。資本となる莫大な富を築き上げた上でね」ハンスが言った。「黄金王の名は、黄金をもたらした王であるということに由来するんです。王の逸話は結構あって、その勾玉から金があふれ出たとか、鉛を金に変えたとか……。王の話で最も有名なのは、何もない土地に黄金の国を築いたってことです」


「黄金の国?」ヒラクは興味を示した。


「オロブリーラと呼ばれた国でさぁ。今となっては幻の国ですがね。その地からはあふれるほどの金が出たといわれています」


「へえ」


 ヒラクはわくわくとした気持ちで目を輝かせてハンスを見た。


「もうずいぶん昔のことですよ。今じゃ跡形もなく消え失せたとされている。黄金王が一代で築いた夢の国でさぁ」


「なぁんだ。もうなくなっちゃったんだ」


 ハンスの言葉にヒラクはがっかりした。

 そこでジークが話を戻す。


「とにかく、多くの船を所有し商業地であるエルオーロとしっかりと結びついたオロブリーラは豊かに発展し、他国を制していったのです」


「それはあくまで表向きの歴史にすぎないでしょう」


 老神官は咳払いする。


「王は太陽神の恵みを受け、地の神となり、この世界に豊かさをもたらされたのです。オロブリーラは王が存在されたことで地上の楽園となったのです」


 ヒラクは老神官の言葉をふと疑問に思った。


「王ってその黄金の国にずっといたの? 東への旅はどうなったの?」


 ヒラクの質問を老神官は鼻で笑う。


「王はご自身が太陽神の化身であることに気づかれたのです。そして世界の王となった。自ら神となられたのに今さら何を求めるというのです」


「黄金の国で豊かに暮らすことで物語は大団円ってとこでさぁ」


 ハンスが横やりを入れる。

 ヒラクはどこかすっきりしない思いだ。


「ふうん。自分が神になって、王になって、国ができたらそれで終わりか。おれならそれでも旅を続けるだろうな。神ってそもそも何なんだって、やっぱり知りたいと思うから」


「神である王がそれをどこに求めるというのです」


 老神官は子どものたわ言を相手にするかのように笑う。


「わかんないけど、それならおれは何なんだって、おれ自身に聞いてみる」


 ヒラクの答えにハンスもふきだした。


「何がおかしいんだよ。自分が神なら自分に聞けば一番わかるじゃないか」

 

「『私は誰~?ここはどこ~?』ですかい」


 ハンスはますますヒラクをからかう。

 ヒラクは怒ってハンスにつかみかかった。

 そんな二人のやりとりをあきれたように見ていた老神官はふと入り口の方に目をやった。そこには先ほどお茶を運んできた修道着の少年が立っていた。

 老神官は立ち上がり、ヒラクたちに声を掛ける。


「夕刻の礼拝の時間です。よろしかったらあなた方もご一緒にどうぞ」


 部屋を出て行く老神官の後にヒラクもついていった。ジークとハンスも後に続く。ユピも立ち上がったが、すぐには部屋を出ず、黄金王の肖像画をじっと眺めた。


「……黄金の輝きも今や見る影もなし」


 ユピは誰にも聞こえない声でささやいた。

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