第2話
相川は授業後、必ず図書室で本を読んでいる。
俺もここ1ヶ月間、図書室へと通い詰めていた。適当に科学系の本を手に取り、相川の座ってる席に近い席を選定して座る。
この際に注意することは一点。『選ぶ本』と『座る席』をランダムにすることだ。同じことをずっとしていると相川に怪しまれる確率が高くなる。俺はあくまで『最近、図書室に通うようになった』という体でいなければならない。
本を広げ、読むふりをしながら相川の読んでいる姿を横目に見る。相川の表情から読み取れる感情は依然として『無関心』。図書館にいても、それは変わらない。
彼女の机には『恋愛』や『ホラー』、『コメディー』など多種多様のジャンルの本が置かれている。
ただ、どの本にも共通しているのは『感情を抱く』ということ。恋愛もホラーもコメディーも、どれをとっても読者の感情を揺さぶることを目的としている本だ。
しかし、彼女はいずれも『無関心』のまま。何を思ってあのジャンルの本を読んでいるのか皆目見当もつかない。
そうして図書室に居座ること1時間30分。相川は机に置かれた本を自分のバッグに入れると、そのままバッグを肩にかけて、図書室を後にした。
いつもなら、下校を告げるアナウンスが鳴るまで読書に勤しんでいるのだが、今日は30分早めに帰宅するようだ。
今日も今日とて彼女の感情が変わることはなかった。
一体いつになったら、変わるのだろうか。そして、一体なぜ感情が変わることもないのに恋愛やホラーなどを読んでいるのだろうか。本当に相川は不思議なやつだ。
相川が目的であるため、もう図書室には用がない。相川が図書室を出たところで俺は持っていた本を本棚に置いて、5分くらいしたところで図書室を後にした。タイミングをずらすことで鉢会う可能性をできる限り下げる。
図書室は校舎3階にあるため、階段を降りて下駄箱へと足を運んでいく。
「あっ……」
人知れず、小さな声を響かせ息を漏らす。一つ降りた3階と2階の間のスペースで相川がこちらを見て佇んでいた。何のつもりだろうか。俺はできる限り平静を装いつつも、軽く会釈して2階につながる階段へと足を運ぶ。
「ちょっと待って」
そう言って相川は肩を握ると自分の元へと俺を引っ張る。どうやら、バレたらしい。
「何だよ?」
「入江くん、最近、私のことよく見てるよね? どういう理由か教えてもらってもいい?」
「はあっ? そんなわけないだろ。自意識過剰にもほどがある」
バレた可能性は高いが、俺は悪あがきをするかのように惚けることにした。
「自意識過剰ではない。証拠にこれを見てもらっていい?」
そう言って、相川は数取器を俺へと見せてきた。なんで学校にそんなものを持ってきているのかと思ったが、それは置いておこう。数取器に表示された数字を見ると20と記載されていた。
「これが?」
「今日、あなたが私のことをチラ見した回数。図書室ではざっと10回見ていた。一応、私以外の生徒に対しても、チラ見しているのか気になって調べてみたけど、せいぜい5回がいいところ。どうして私だけそんなにジロジロみているわけ?」
「特に理由はないさ。たまたまだろ」
流石に「お前の感情を知るためだ」なんて気持ち悪いこと言えるはずもない。まあ、今でも十分気持ち悪いんだが。
「ひょっとしてだけど、入江くんって私のこと好きだったりする?」
「はあ!? そんなわけないだろ。何で俺が相川のこと」
「だって、それくらいしかジロジロ見る理由はないと思ったから。それとも、霊的なものが見えていたりする?」
「俺に霊能力はないよ」
そんな非科学的なものを信じてはいない。心霊写真にしろ、心霊現象にしろ、合成だったり、まだ人類が解明できていない科学的な現象が発生したに過ぎないのだから。
「じゃあ、どういう理由なの?」
「だから、たまたまだって言ってるだろ」
「相川くん、昨日あなたが読んでいた『空想科学シリーズ』に書かれていた内容覚えているかしら?」
「ああ、人間が蜘蛛の糸を上ることができるかだな」
「他には?」
「デコピンで人は何メートル吹っ飛ばせるかとか」
「他には?」
「……」
尋ねられた時用に抜粋して項目を読んでいたが、流石にもうストックはない。
「もう出てこないの?」
「忘れちまったよ」
「そんなことはない。いつもテストで高得点を取っている入江くんが18項目の中の2項目しか覚えていないなんてありえないことだと思う」
相川のやつ、良い勘してやがる。まったく、勘の良いガキは嫌いだ。
「仕方ないだろ。それだけしか頭の中に入らなかったんだからよ!」
キレるように言って、俺は逃げるように2階につながる階段へと歩いていった。これ以上、尋問されたらボロが出てしまいそうなのが怖かった。まさかあそこまで入念に調べられているとは。むしろ相川の方が俺のこと好きなんじゃないか?
「待って! 話はまだ終わっていない」
階段を降りようとした時、再び相川が俺の肩に手を置いて引っ張る。俺はそれを振り払って相川に罵倒を浴びせようと思い、腕を思いっきり上にあげて彼女の方を向いた。
刹那、勢い余ったからか俺は自分の足を絡ませ、背中越しに倒れそうになった。
あ、やばい。これ死ぬやつだ。
倒れる寸前、走馬灯のようなものが浮かんだ気がした。しかし、相川が俺に覆い被さったことでそれはすぐに破壊された。
何でお前まで一緒になって落ちるんだよ。俺は前にいた相川の頭を胸に抱くとそのまま二人一緒に2階へと落ちていった。
「痛って……」
幸い、頭を強打することはなかった。見ると相川の持っていたバッグがクッションのように頭に敷かれていた。あの状態でよく冷静に俺の頭にバッグを敷けたものだ。さすが無感情。パラメーターが全部思考に注がれている。
「相川……大丈夫か……」
俺は胸の中で抱えた相川へと目を向けた。手を退けると彼女はゆっくりと状態を起こす。
その瞬間、俺と相川は至近距離で互いの顔を見ることとなった。紺碧の綺麗な彼女の瞳が俺の瞳と交差する。きめ細やかな肌。柔らかそうな唇。シャンプーの心地いい香り。彼女の口から流れる吐息。それらの要素が合わさり、心臓の鼓動が強く打たれるのを感じた。
相川は俺の顔を見るとすぐに顔を退けると状態を起こす。相川の咄嗟の行動に救われた気がした。あのままの状態が続いていたら、俺は危なかったかもしれない。
「ごめんなさい」
「いや、別に。助けてくれてありがとう」
「いえ、私が無理に引っ張ろうとしたのが原因だったから」
相川とやりとりをしていると2階の教室から先生がこちらへと駆けつけてきた。大きな音がしたようで何があったのか見にきてくれたらしい。二人とも運よく大きな怪我はなかったので、そのまま一緒に帰宅することとなった。俺たちは帰路を分かつまで、最後の「さよなら」を除いて一言も話すことはなかった。
分かれ道、彼女の帰る背中に目をやる。
相川と顔が近づいた時は、冷静さを失っていたが、今になってあの時の詳細が蘇る。
あの時、確かに相川の感情は『羞恥』そして『驚愕』へと感情が灯り、推移していた。
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