【短編】表情観察感情読取機『Refa(リーファ))』

結城 刹那

第1話

「入江、ノートサンキュー。やっぱ、天才は頼りになるわ。また宿題が出たら貸してね」


 そう言って、クラスメイトである星野 愛羅(ほしの あいら)は俺にノートを渡した。サンキューと言いながらも、彼女の笑みから読み取れる彼女の感情は『無関心』だった。俺からノートを借りるのは当たり前だと思っているみたいだ。


 星野は自分の友達のところへ行くと彼女たちの会話に混ざる。その時の星野から読み取れる感情は『幸福』。俺にお礼を言った時に見せた笑みと今の笑みは雲泥の差だった。

 雲泥の差と言いつつも、スマートコンタクトレンズにインストールされたアプリ『Refa(リーファ)』を通してでしか分からない。裸眼の状態で渡されていたら、喜んでいると思って俺も嬉しくなっていたことだろう。


 まあ別に、喜んでいようがいまいが俺にとってはどうでもいい。彼女にノートを貸したからって俺の成績に響くわけではないのだから。それに、喜んでいなかったからと言って貸さないと星野は不満を抱く。貸してゼロか、貸さなくてマイナスかと言われれば、貸した方がお得であろう。


 あいつには、関心を持たれない方が今後の人生においてはプラスなる。あいつだけじゃない。このクラスの大半に該当する話だ。関心を持たれたくない人間には、都合の良い存在でいつつ、いなくなったら忘れられるくらいがちょうど良い。


 そういえば、あいつの名前、『あいら』じゃなくて『てぃあら』だったか。全くもって、覚えにくい名前だ。


「入江くん。これもついでに渡しておくね」


 星野の方を見ていると不意に手に持っていたノートの重量が増す。見ると俺のノート上に『学級日誌』が重ねられていた。俺は日誌を置いた少女の顔を覗く。

 黒髪のロングヘア、先天的な鋭い目つきは近寄りがたい雰囲気を醸し出している。事実、彼女の周りに寄ってくる生徒は皆無だ。


「何で俺に渡すんだよ。相川が書けば良いだろう?」

「前回私は『学級日誌記述』で入江くんは『黒板消し』だった。だから、今回は逆にするのが定石かと思ったのだけど何か間違っているかしら?」


 相川に言われ、俺は教室前の黒板に視線を移す。前の授業で先生の書いた板書は綺麗さっぱり消えていた。これでは、違うと言ってももう手遅れだ。


「わかった。学級日誌記述でいいよ。ただ、担当決めは先に報告してくれ。俺が『黒板消し』大好きで『黒板消し』やりたいって言ったらどうするんだよ?」

「……それもそうね。ごめんなさい。私が悪かった」

「いや、謝ることじゃないけど……次からは分担決めはやる前に先に相談してくれ」

「わかったわ。じゃあ、ごめんだけど、学級日誌よろしくね」

「了解」


 俺はペンを持つと学級日誌の未記載の部分に日付と前授業の科目・授業内容を明記した。ついでに今日一日の科目も記述し、一日の感想も記載しておく。

 できることは早めに終わらせる。それが俺のやり方だ。


 書き終えるとチラッと隣に目をやる。隣の席には、先ほど学級日誌を渡してくれた相川の姿がある。彼女は小説を読んでいた。図書室での借り物のためかカバーはない。ジャンルは恋愛だった。


 彼女の表情から読み取れる感情は終始『無関心』だった。それは俺と話す間もずっと同じ。それどころか、俺が『Refa』を使い始めてから感情はずっと『無関心』のままだ。一度も別の感情になったところを見たことがない。


 クラスの大半が示す無関心には興味がない。

 だが、彼女が見せる無関心だけにはずっと興味があった。

 俺は相川 春海(あいかわ はるみ)が感情を灯す瞬間を見てみたかった。


 ****


 想像力というのは使い方次第で武器にも凶器にもなりうる。

 都内有名大学を卒業した両親から生まれた俺は、幸いにも想像力に恵まれていた。自分の行動がどんな結果を招くのか大体のことは想像できる。


 しかし、どれだけ想像力が豊かでも人間の感情まで想像することはできなかった。

 今から5ヶ月前、中学2年の5月頃のことだ。当時、俺の後ろの席にいた女子が積極的に俺に対して話しかけてきた。


 授業で分からないところがあったらすぐに聞いてきたり、グループワークで席をくっつけたら俺の筆箱を探って中身を確認してたり、俺が困っている時はすぐに声をかけて手伝ってくれた。


 ある程度の想像力があれば、彼女が俺に好意を抱いていると思うに違いない。少なくとも俺はそう思った。だから彼女に聞いたんだ。「お前って俺のこと好きなの?」って。そしたら、彼女に「馬鹿じゃないの。そんなわけないでしょ。キモッ」って罵られた。その日から俺はクラスの笑い者になった。


 ナルシストや変態妄想野郎と言われる日々。今思い起こしても、どうしてそこまで言われなければいけないのか意味がわからなかった。

 もうあんな失敗は起こさない。そのために俺は下校すると部屋に閉じこもって『Refa』の作成に勤しんだ。


 通称『Reading emotion from aspect』。その名の通り、表情から相手の感情を読み取るアプリだ。これを使えば、表情から相手がどんな感情を抱いているのかが手に取るようにわかる。それ以降、俺は自分に頼らず、全て『Refa』が解析した感情に従うことにした。そうしたら、面白いことに誰も俺のことをよく思っていなかった。積極的にアプローチしていたのは優秀である俺を落とすことを楽しんでいるだけだったらしい。


 それからも俺は『Refa』の解析に従うことにした。これさえあれば、俺は対人関係において何一つ間違った選択をせずに済む。そう思っていた。

 ただ一人の生徒を除いては。


 それが相川だ。

 俺がからかわれていた時、彼女だけは前と変わらず俺と接してくれた。彼女は何を思って俺と接してくれているのだろう。そう思い、『Refa』を使うと答えは『無関心』だった。それだけなら、失望して終わりだ。ただ、彼女はあらゆる物事に対して『無関心』だった。


 俺は彼女の存在が不思議でたまらなかった。

 彼女が何を思って日々生活を送っているのかとても気になった俺は、終始彼女を観察することにした。それから4ヶ月。彼女の感情は依然として『無関心』のままだった。代わりに俺の彼女に対する『関心』だけが増すばかりだった。

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