エピソード24:決まりね
ちょうど17時より10分前。
待ち合わせ場所に到着した俺は、彩乃さんとラブちゃんが向かって来る姿を確認すると同時に、叫び声も聞こえてきた。
「あっ! ラブ!! 待ちよ!!!!」
「えっ!?」
ラブちゃんが例の如く彩乃さんが持つリードを振り切り、トップスピードで向かって来る。
『ワンワン!! ワンワン!!』
「え? え? ぐほっ!!」
『クゥ〜ン』
「ラブちゃん、くすぐったいよ」
ラブちゃんを抱えるように尻餅をついた俺の頬を、いつものようにペロペロしてくれる。正直、オケツが痛くて、割と大きめのラブちゃんが、ちょっと重たかったりしてる。
「ラブ!!!! いけんっち言いよるやろ!!」
彩乃さんの言葉に、さっきまで取れるんじゃないかと心配になるぐらいにブンブンしていた尻尾が、ピタッと止まった。ラブちゃんはそのままプイっとそっぽを向く。
「もぉ! ラブ!? 連れてこんよ」
叱られたラブちゃんは『クゥ〜ン』と弱々しく鳴きながら、俺の後ろへと隠れるように回り込む。
その姿がなんだか可哀想で、俺はラブちゃんの頭を撫でてあげた。
「大地君、大丈夫? いつもながらごめんね」
「気にしないで下さい。ラブちゃんに好かれて嬉しいですから」
俺はその場から立ち上がり、ラブちゃんのリードも拾い上げる。嬉しそうに俺の周りをくるくると回りながら、時折足に体を擦り付けてくる。
「うちがラブを置いて大地君のところへ行ったこと、ラブは怒っちょんに」
「そ、そうなんですか」
ラブちゃん、人の言葉が理解できるのか? 確かにめちゃくちゃ賢いのは知ってるけど。
そんなラブちゃんは『ワン!!』っと大きな鳴き声を上げ、歩けと言わんばかりに俺の足を押して来る。
彩乃さんはそんなラブちゃんの姿に苦笑いをしていた。
「大地君、喫茶 Night viewの制服、本当に似合いよったよ。執事って感じで」
「そんな風に言われると、恥ずかしいですよ。でも、有難う御座います。彩乃さんも、とても素敵でした」
彩乃さんは『ん?』っと不思議そうに俺を見返す。
「あ、いや、いつもジャージだったから」
「大地君!」
「イテッ」
彩乃さんはバシッと俺の肩を叩きながら『年上をそんな風に揶揄からかったらいけんよ?』と、わざとらしく頬を膨らませてみせる。
「大地君に言われると、お世辞でも嬉しいよ。有難う」
「お世辞なんかじゃないですから……」
そう返した俺に彩乃さんはグッと近づいて、頬をツンっと指で突っつかれる。
「んーー? お店で覚えたんかな? ダメよ、大地君。今はお店じゃないんやけん。勘違い、させちゃうんだから」
すぐに本当ですって口にしようとした俺は、彩乃さんの眼差しに呑まれるかのように、一呼吸置いた。
今、目の前にいる彩乃さんは、お店に来られた時とは違って、黒に近いような濃いデニムパンツに淡いグリーンのブラウスを合わせていて。
フワっと吹いたそよ風が、ポニーテールを揺らしている。そんな彩乃さんを、やっぱり俺は素敵だと思うから。
「本当です」
改めてそう伝える。彩乃さんからは『ふーーん』っとジト目を向けられた。
「彩乃さん?」
「勘違い、しちゃうんだから」
「えっ!?」
「なんでもないです!」
彩乃さんの言葉をちゃんと聞き取れなかった俺に対して、少し怒ったように返事をされてしまう。そのまま彩乃さんは手を後ろに組みながら、俺とラブちゃんよりも歩く速度を早めていく。
「ま、待って下さいよ」
少し先を行く彩乃さんは歩を止めて、そのまま俺の方へと振り返ってくれた。
『この時間帯の風は、気持ちいいね』と言いながら、いつものように優しく微笑んでくれる。
『はい、そうですね』そう返しながら、再び俺は彩乃さんの隣に並んだ。
『ワンワン!!』
そんな彩乃さんと俺の間に、ラブちゃんが強引に割って入ってきて。俺の足に体を擦り付けている。
「もぉ、ラブったら」
「ラブちゃん、しんけん俺に懐いてくれてます」
「大地君、また揶揄いよんに! 酷いなぁ」
「あはは、すみませんって、ラブちゃん!?」
「ラブ!?」
ラブちゃんは突然、俺を引きずるように前へ進もうとする。
幼い男の子を咥えて泳げるぐらい、体躯がしっかりしていて。相手が女性とはいえ、リードを振り切れる程、ラブちゃんはパワフルだ。
「ん?」
ラブちゃんが目指した先は公園で、少年たちがサッカーをして遊んでいた。
「ラブね、サッカーが好きなんよ。変わってるでしょ」
「そうなんですか?」
「サッカーっちいうより、サッカーボールが好きなのかもやけど」
「ワンちゃんって、ボール遊びが好きですもんね」
「ふふふ、それって小さなボールやない? まぁ、ラブは大きいから」
ラブちゃんは、今にも少年たちの元へ駆け出しそうなほど、ジィーーっと見つめている。楽しそうにサッカーをしている少年たちを見て、俺も懐かしい気持ちになった。
あの日以来、俺はサッカーボールに触れることすら、無くなっていたからーーーー
「……君?」
「ねぇ……君?」
「……大地君?」
「あっ! ……はい」
「ねぇ大地君、大丈夫?」
「大丈夫です。すみません、ぼぉっとしてしまって」
「ううん。ごめんなさい。辛くない? 本当に大丈夫?」
「大丈夫です。すみません、本当に大丈夫ですから」
彩乃さんは『大地君』っと俺の名前を呼びながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。少しの沈黙の後、ハッと何かを思い出したように
「そうだった! 大地君、今日の夜ご飯は?」
「え? スーパーかコンビニで、何か買おうかと思ってます」
「やっぱり。今日の夜ご飯っち、うちと一緒にどうかな?」
「え?」
「今日はみんな帰りが遅いんよ、両親も弟も」
「そうなんですね」
「家うちに食べにおいで、大地君」
「えっ!? そ、それは」
「あっ? 疑っちょん? うちの料理の腕」
「そうじゃないです! そこじゃないです」
彩乃さんは『うふふ』っと笑ったかと思うと、少し大きな声で
「ラブぅーー!! 大地君、お家うちへ遊びに来てくれるっち」
「あ、彩乃さん?」
『ワン!! ワンワン!!!!』
サッカーをしている少年たちを見つめていたラブちゃんは、彩乃さんの声を聞いて、俺を目掛けてもうダッシュして来る。
「うわっ!!」
『クゥーン、クゥーン』
さすがに後ろへ倒れ込むことは無かったけど、ラブちゃんは頭を俺の太もも辺りに何度も擦り付けながら、甘えるような鳴き声を出す。
一度、スゥっと俺から離れると、ウルウルした瞳で俺を見つめていた。
ラブちゃん……
「決まりね、大地君。ラブはしんけん、大地君に懐いちょんから」
「いいんですか? ご迷惑じゃ……」
『ワンワン!!!!』
俺のそんな心配をかき消すかの様な、ラブちゃんの大きな大きな鳴き声だった。
『あとがき』
帰り道
彩乃「大地君は、何が食べたいん?」
大地「本当にいいんですか?」
彩乃「今日の夜ご飯、うちは一人やけん、大地君が来てくれると嬉しいな」
『ワンワン!!』
彩乃「ほら、ラブも嬉しいっち」
大地「ラブちゃん、言葉がわかるんですか?」
彩乃「ラブに聞いてみたら?」
大地「ラブちゃん、俺の言葉がわかるの?」
『クゥーン?』
彩乃「ぷっ……くっくくく……あははっ! ほんとに聞くっち思わんやった」
大地「彩乃さん!?」
彩乃「いつも揶揄いよんのは、大地君やに」
大地「今のは酷いです」
彩乃「もぉ、怒らんで。大地君、何が食べたいん?」
大地「何でも大丈夫です。ほんと、何でも大丈夫ですから」
彩乃「そう言うと思った。うちの得意料理はハンバーグなんやけど」
大地「ハンバーグ! 大好きです」
彩乃「じゃあ、麻婆豆腐にしましょうか」
大地「え? ハンバーグじゃ?」
彩乃「大地君……何が食べたい?」
大地「ハンバーグが、食べたいです」
彩乃「はい、よく出来ました」
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