エピソード11:それぞれの教室で
「隅っこ、さっき財布出してたよなぁ?」
「金払って椎名さんと飯食うとか、新手の援助かよ」
俺の予想通り、教室は凄い騒動となっていた。
せっかく美香とのランチタイムだったのに。二人ともなんとなく落ち着かなくなって、早めに教室へと戻ることにした。
「椎名さんって変わってるとは思ったけど、あんなのがタイプなのかな?」
「違うでしょ! 財布から何か渡してたから。彼女にとっては、パパ活の延長みたいな感じなんじゃない」
「ありえそぉ。椎名さん、派手だもんね」
「でしょ!!」
酷い言われようだな。少なくても椎名さん、お前らより派手な格好はしてないぞって、うわっ! 宍戸に至っては、絡まれてるし。
「なんとか言えよ!!」
「なんでいつも黙ってんだよ!?」
事あるごとに宍戸を貶してる二人組か。
俺もあの二人、嫌いなんだよな。彼女がいるからって言っても、ウザいぐらいに合コンへ誘って来る。それで断り続けてたら、なぜか宍戸へ嫌がらせをするようになっていた。
「黙ってるってことは、椎名さん、学内で援助してるってことかよ」
「シッシィはいくら払ったんだ? 俺らが広めてやるよ? 金さえ出せば、椎名葉月は何でもするってな」
突如『ガタッ!!!!』っと、凄い音が教室中に鳴り響く。
クラス中の視線を集めた宍戸が席から立ち上がり、鬼みたいな顔して二人を睨みつけていた。
「おい! 訂正しろよ。俺のことはいくらでも馬鹿すればいいさ。彼女は何も関係ないだろ」
シーンとなった教室に、寒気のするような声が響き渡たる。
「はぁ!? 何言ってんの、隅っこのクセに」
「俺らに喧嘩売ってんのかよ!?」
「自分より弱そうな奴にしか粋がれないクズが。いいからかかって来いよ。俺は何をされても、どこにも言わないから」
宍戸は、右手を仰向けに伸ばして、人差し指で『ちょいちょい』っと、馬鹿にするように挑発していた。
身なりとのギャップがあっても、その姿に周囲が釘付けとなるぐらい、サマになっている。
そもそもアイツが【偉大なるキャプテン】そう呼ばれていたのは、サッカーの実力だけじゃない。素行の悪さでも有名だった東中学を纏まとめ上げた、そのキャプテンシーだ。
当然、腕っ節もかなりのはず。
ある意味止めないとヤバイけど、このカオス的な状況が、面白過ぎる。
『粋がってるのは、お前だろうがぁーー』っと、激昂した一人が宍戸に殴りかかっていた。
「いっイデェーー!! おっ折れる、折れるぅぅぅ!!」
殴りかかってきた相手を軽くかわして、宍戸は、その腕を取りながら背後へと回っていた。逆の腕は首を締め上げるように極まっている。
たぶんあれは【チキンウイングフェイスロック】だ。アイツ、プロレスも好きなのかな。初代タイガーマスクの得意技の一つだったな。でも、フェイスじゃなく、チョーク気味に入ってるけど。
腕もしっかりと極めながら、宍戸はもう一人の相手へ向き合っていた。
「おい、お前が動けば、こいつの腕をへし折るぞ」
「たっ助けて、助けて! イデェ、折れる! 折れるぅ!!」
『ちょっちょーしに』もう一人が、そう言いかけた瞬間
「いてぇーーーー!!!!」
教室に悲鳴のような叫び声が木霊する。
「脅しじゃない。次は折る」
もう一人はその光景に、震えながら『クソっ』と口にしていた。
「反省の色が見えないな。一本ぐらい折ってみようか? どうせ二本あるんだ。いや、お前のと合わせて四本か」
「許して、許して下さい。折れる、折れちゃうぅ……うっぐっ」
極められている方は、もう涙を流しながら懇願していた。
「俺だちが悪がったでず。許しで下ざい。もう馬鹿にじまじぇん」
その姿を見て、もう一人も震えながら、泣きベソをかいて謝罪している。
今起こっている衝撃の出来事に、静まり返った教室は『チィ』という宍戸の舌打ちさえも、クラス中に届けていた。
同じように椎名さんを馬鹿にしていた女子グループも、どこか青ざめた表情をしている。
宍戸は極めていた一人を解放すると、背中を押してもう一人の方へ追いやっていた。
「俺は別に、いくら馬鹿にされても構わない。お前らは、誰を馬鹿にしたんだよ? 何が広めてやるだ! そんなことになってみろ? お前ら、五体満足でいられると思うなよ」
宍戸を散々馬鹿にしていた二人組は、涙を流しながらコクコクとその場で頷いていた。
怖っ! 宍戸、怖っ!! アイツ、切れるとあんなにヤバイんだな。ていうか、むちゃくちゃ強いじゃん。
あーーあ。今までアイツを馬鹿にしてた奴、生きた心地してないぞ、これは。
シーンっと静まり返った教室は、誰も何も喋らず、誰一人として動こうともしていない。そんな中、宍戸だけが歩き出していた。
陰口を叩いていた女子グループの横を通り過ぎようとした時、『おんなじだ』そう宍戸は口にしてから、そのまま何事も無かったかのように、教室の外へひとり出て行った。
ってかアイツ、戻ってこれないんじゃね?
俺は教室に、たぶん入って来れないであろう宍戸を連れ戻す為、後を追うことにした。
~~~~~~~~~~
あっ、葉月いるじゃない!
葉月は窓の外を眺めているようで、私が教室に戻ってきたことには、気付いていないようだった。
「美香、おかえりぃ」
「今日は早かったね!」
「うん、ちょっとね」
よく一緒に行動する二人が、声を掛けてきてくれる。
「なんか葉月ね、戻ってきてから、ずっとああなんだ」
「ボーーっと外眺めてるの」
「えっ!? 一緒にいたんじゃないの?」
「いないよ」
「ちょっと用事があるって、お弁当持って出て行ったから」
「そっそうなんだ」
葉月、やっぱり宍戸君のところへ行ったんだ。
「私、ちょっと葉月とお話があるから」
「うん、わかったぁ」
「また後でねぇ」
二人組は手をひらひらさせながら教室を出て行く。ちょうど、お手洗いへ向かう途中だったみたい。
「外、何か見えるの?」
「えぇぇ」
「あっ! 宍戸君!!」
「えっ!?」
「えへ」
『ちょっと美香、どういうつもり』っと言いながら、振り向いた彼女にジト目を向けられる。
「やっぱり行ったんだ」
「美香が意地悪するから」
少しだけ頬を膨らませた葉月は、冗談抜きで可愛いと思う。
こんな彼女の姿に、宍戸君、メロメロにされたのでは? っと思ったけど、昨日のバイト姿を思い出して、ちょっと笑えてしまった。
「何が面白いの?」
葉月の表情が険しくなる。普段、誰にでも丁寧な言葉で話をする彼女は、私にだけは素で接してくる。
「で、どうだったの?」
「ジャジャーン! これ見て」
そして本当は、とても子供っぽかったりする。
彼女が見せてきたのは、喫茶 Night viewの名刺。
「美香が教えてくれないから、自分でゲットしてきたの」
葉月は凄い得意気に胸を張っていた。そんな彼女の姿を見ながら、どうしてそこまでっと、疑問だけが残る。
「美香は、行ったことあるんでしょ?」
「うん。あるよ、啓二とだけど」
「いいなぁ」
ちょっと! いいなぁって、なに? 今まで男子に一切興味無かったじゃない。
私はそんな素直な葉月が、とても可愛く思えて。
「今度、一緒に行こうよ」
「えっ!? いいの? 一人じゃ入りにくいなって思ってたの」
あっ、行くつもりだったんだ。本気だよね? 宍戸君に
「宍戸君のこと、気になるの?」
「……うん」
白い肌を真っ赤に染めて、俯きながら答える彼女に、同性の私でもドキッとした。クラスの男子たちが、何かを言いながら私たちを見ている。
だけど、視線もその声すら、葉月に届いていないんだろうな。
「明日、一緒に学食へ行かない?」
「学食はちょっと」
「彼、来るかもよ?」
「行ったことがないから、学食に行ってみたいかも」
「本気なんだね」
「えっ? んーーヒミツ」
もうバレバレだけど? あっ、啓二からSNSだ。
小栗:『こっちのクラスでは、ひと騒動あったよ。噂でそっちにも出回るレベル』
「はぅぅ」
「はっ、葉月、どうしたの?」
「連絡先ゲットするの、忘れてた」
なに、この可愛い生きモノは……
『あとがき』
失踪者を追え
小栗:「いた!!」
宍戸:「なんだ、小栗か」
小栗:「いや、もうちょっとなんか無いの?」
宍戸:「……」
小栗:「いいよ。もう戻ろうぜ」
宍戸:「やり過ぎたかな?」
小栗:「正直な。ただ、俺含めてアイツらを嫌ってる奴も多かったから、そこはなんとも」
宍戸:「そうだったんだ」
小栗:「ホント、興味ないよね? クラスメイトの名前、全員言える?」
宍戸:「記憶力には、割と自信があるんだ」
小栗:「お前、プロレス好きなんだな」
宍戸:「そうなんだよ! 昔から大好きなんだ!!」
これはデレモードか? 急にテンション上がったぞ!!
小栗:「俺も好きなんだよ」
宍戸:「マジか!? 持つべきものは友達だな!」
え!? そこまで? プロレスだけでここまでなるの?
宍戸:「今日もバック取ってそのままドラゴンスープレックスにしようか、一瞬迷ったんだよね」
饒舌だ。あの宍戸がこんなにペラペラと。ただ話の内容が物騒過ぎる。
小栗:「いや、良かったよ、チキンウイングフェイスロックで」
宍戸:「おーー!! ちゃんと技、分かったんだな! ホントはあれじゃ折れるどころか、肩脱臼も厳しいけど」
小栗:「もちろん! 俺はニワカではないからな。しかもフェイスではなく、チョークだったぞ」
宍戸:「やるな!!」
小栗:「色々あったから、明日昼飯でも奢るよ」
宍戸:「なんかそれは悪いよ」
小栗:「いいよいいよ。バイトの件もあるしさ、それにプロレス仲間だろ?」
宍戸:「そうだな! プロレス仲間だしな!!」
小栗:「じゃあ、明日に学食行こうぜ!」
宍戸:「おう! いいぞ!!」
美香、俺はやったよ! 宍戸を連れ出すことに成功した。
プロレス凄え
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